V・ファーレン長崎の代表取締役社長 髙田春奈氏に手記をご連載いただく本企画。リモートマッチ(無観客試合)を経て、観客を迎えてのホーム戦開催も果たした7月は、Jリーグクラブの中でも特に注目される、独自のホームタウン活動について綴っていただきます。
Jリーグクラブのホームタウン活動とは
6月27日、無事にJ2リーグが再開しました。2回のリモートマッチ(無観客試合)を経て、7月11日のトランスコスモススタジアム長崎での試合では、3,000人強のお客様をお迎えし、試合を開催することができました。少しずつ通常のサッカーに戻ってきた喜びがある一方で、その週は全国的に大雨の被害が相次ぎ、長崎の各地の様子も全国のニュースで流れるほどの影響を受けていました。
サッカーは基本、外で行うイベント運営ですので、クラブの仕事において天候による試合の中断や延期を考えることはとても重要です。しかしそれ以上に、県民の皆さんがどのような状況でいらっしゃるのかを想像し、自分たちにできることを考えるのもまた、地元に根差したプロスポーツクラブの使命だと改めて感じました。
特にJリーグクラブにとって、ホームタウン活動は生命線といえるものであり、理念そのものだと思います。自分が社長に就任して、これまでの企業経営と最も異なると感じたのもその点でした。
これまでであれば、事業を成功するため、利潤を得るために必要なステークホルダーとうまく連携することが求められていたのが、クラブ運営においては「役に立つかどうか」ではなく、「共に生きる仲間としての連携」が必要になる。自分たちの活動が苦しんでいる人を元気づけたり、この街を誇りに思ってもらう理由にもなる。
そのためにも、地域の現状を理解し、課題解決に向けて地域の方々と共に動くことが重要になります。それによってV・ファーレン長崎を応援してくれる人を増やし、さらにはこのクラブが世界に向けて発信したいことを共に伝える仲間ができるのだと思います。
県内それぞれの土地を理解する
V・ファーレン長崎は長崎県に所在する21の市や町のすべてがホームタウンのクラブです。1都府県に複数チームがある地域もある中で、V・ファーレン長崎のホームタウンが県内の全市町であるということは、サッカーを通してV・ファーレンを軸として長崎県が一つになることを示しています。
長崎は比較的規模としては小さい県ではありますが、南北に長く、離島も多いため、まとまりやすいとは言いにくい土地柄です。私は長崎県では2番目の規模の市である佐世保市の出身ですが、小さい頃から長崎市などのある県南地域に行く機会は本当に少なかったですし、離島に至ってはさらに行く機会もなく、知識もありませんでした。そこで自分が社長になってからは、まず自らそれぞれの地の状況や特徴を理解したいと思い、できる限り各市町にお時間をいただき、訪問させていただくことにしました。
7月現在で約3/4の地区を訪れましたが、それぞれの土地のV・ファーレンに対する温度差は確かに存在していると感じました。しかし、あまりV・ファーレンに馴染みのない土地の方でも、話をすればクラブの活動を理解してくださり、手を取りあうことの価値を共有し、次に向けて動き始める感覚を持って帰ることができています。
何より各地の魅力を自分が体感できていることの意味が大きく、また行きたい、もっと多くの人にその地を知ってほしい、と心から思うようになりました。長崎は歴史もあり、自然も豊かで、観光地や特産品などの魅力がいっぱいの土地でありながら、まだまだその発信ができていません。特に昨今の状況を考えれば、県内交流の重要性が叫ばれる中で、今こそ長崎の人が長崎のことを知り、さらに県外に発信していくことができるのではないかと思っています。
またホームタウン活動というとき、共に活動する主体は自治体のみではありません。世の中にはNPO法人や教育機関など、多くの団体や組織が、社会的な課題解決に動いていらっしゃいます。その活動を後押しし、地域を活性化したり、そのメッセージを県外に発信することも私たちの大事な役割です。
特に長崎として重視しているのは平和活動です。世界に2つの被爆地の一つとして、戦争の恐ろしさ、平和の重要性を発信していく役割を長崎という土地は担っており、V・ファーレン長崎においてもクラブ発足以来、平和祈念ユニフォームや平和祈念マッチなどを通して、そのメッセージの発信を続けています。今年は長崎市や各種団体との連携を強化し、よりそのメッセージの幅を広げようと、共同のイベントを実施したり、またメッセージの発信も一部多言語化することに取り組みました。
長崎は「愛」の街
平和活動に代表されるように、長崎の特徴はその「愛」の深さだと感じています。歴史的にも異国の文化を受け入れ、キリスト教文化も根付くこの土地は、時に不器用なほどの愛情深さで構成されています。
それはサッカーにおいても同様で、クラブが「平和を発信しよう」とか、「共に手を取り合おう」などと率先せずとも、自然とファン・サポーターの人たちがおもてなしの気持ちをもって外部を受け入れる気質を発揮されており、それがV・ファーレンらしさを形成してきたと思います。
前社長の時代からメディアが取り上げてくださることも多かった諫早駅からスタジアムまでの道「V・ファーレンロード」の商店街やボランティアの方のおもてなしも、その一部です。元々は、スタジアムが最寄り駅から遠いことで、試合当日にスタジアム周辺で起こってしまう交通渋滞を緩和したいと、最寄り駅から歩いてスタジアムに来ていただくことを促すために始まった取り組みですが、V・ファーレンロードの皆様の自発的なおもてなしが何度かメディアでも紹介され、長崎の名物となりました。
特に特徴的なのが、相手チームのユニフォームを着た方に対するおもてなしの深さで、同じサッカーを愛する仲間として、長崎の土地を訪れてくれた思い出にしてもらいたいという商店街の皆様の想いが溢れています。
Jリーグや各クラブの理念が投影
このようにホームタウン活動とは、その活動の内容も重要ではありますが、そこに向かう姿勢そのものに、Jリーグや各クラブの理念が投影されているものだと思います。どんな地域でも災害は起こりうるし、社会課題も存在します。一人ひとりの人生において、どの課題がより重要という重みづけはできず、出会いはすべて偶然でしかないからです。
私は神戸で阪神大震災に遭いました。手倉森監督は仙台で東日本大震災に遭いました。長崎では雲仙普賢岳の災害や長崎大水害などの経験もあります。日本中、世界中で様々な災害や課題が存在する中で、その土地が受けてきた被害や苦難と向き合える最も近い存在がその地域の人であり、その地域に根差すクラブです。それぞれが身近な課題に向きあって、得た知見やメッセージをシェアしていくことで、時や場所を超えてさらに大きな助け合いが実現できると思うのです。
ジャパネットでは2024年をターゲットに、「長崎スタジアムシティプロジェクト」を進行しています。スタジアムを中心として、周辺に宿泊施設、商業施設などを揃え、県内外から集う人々が、長崎を誇りに思えるような街づくりです。長崎市内ではすでに駅前の開発も進んでおり、変化の一途を踏み出しています。その中でスタジアムも一つのシンボルとして存在することになる未来に、緊張感さえあります。
このように変化する中でも、長崎の魅力や歴史に対する敬意を大切にし、長崎の「愛」を表現できるようなプロジェクトになっていくよう、そしてここから世界中に平和を発信していくにふさわしいクラブとなるよう、V・ファーレン長崎も頑張ってまいります。
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編集部より=J2リーグが再開し、V・ファーレン長崎でも観客を迎えての試合を開催するなど日常が戻りつつある中、クラブがその地域で果たす役割はますます重要になっていくでしょう。次回は、ここでも触れられた長崎ならではの「平和祈念活動」について、髙田春奈社長により詳しく聞かせていただく予定です。
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