例えば、「鹿島アントラーズの歯医者さん」があったら、診察に行く子どもの不安は少し和らぐかもしれない。待合室に『ジーコ HISTORY BOOK」があったら、大人もすすんで通うかもしれない。チーム付きの歯科医がいれば、選手の嚙み合わせ改善がパフォーマンス向上につながるかもしれない。
そんなサッカークラブ×オーラルケア(口腔ケア)の取り組みが、実際に始まっている。Jリーグの9クラブが歯科医院向けのテクノロジーサービスを提供するSCOグループと提携し、専門クリニックの開設がすすむ。昨年7月に開院した「アントラーズオーラルケアクリニック」は毎月の新規来院数が100名を超えるほど大盛況だ。
鹿島アントラーズの小泉文明社長(写真左)、SCOグループの藤本公浩社長(同中央)、アントラーズオーラルケアクリニックの山本千博院長(同右)に、プロジェクトの発足経緯や現在の手応え、今後の可能性を聞いた。
今まで着目されていなかった「サッカーと歯の健康」
――これまでサッカーと口腔内の健康はなかなか結びついていませんでした。プロジェクトはどのような経緯で発足したのでしょうか。
藤本公浩氏(以下、藤本):もともとSCOグループでJリーグクラブのスポンサーをしたり、天皇杯の特別協賛をするなどしてサッカーとの縁が深まり、「地域に根ざし、人を集めるパワー」を強く感じたのがきっかけです。2024年12月には鹿島アントラーズさんなど4クラブと、オーラルケアクリニックの開設などを見据えた「オーラルケアプロジェクト」発足の合同記者会見を行いました。
私たちが対面する歯科業界には2つの大きな課題があります。1つは国民に口腔ケアの重要性が広まっていないこと。現状「歯医者は痛くなってから通う」もので、予防の概念が浸透していません。2つ目は歯科業界の人手不足。人件費の高騰もあり経営面の苦しさがあります。この課題を当社のテクノロジーとサッカーのコンテンツ力で解決して、歯科医院を「行きたくなる場所」へ変えられないか。そう考えたのがスタートでした。
小泉文明氏(以下、小泉):最初はクラブも口腔内の健康に対する意識は高くありませんでしたが、お話を聞くと口の中の状態が全身の健康に関わることがよく分かりました。鹿島アントラーズにはチームドクターが地域の方向けにも医療を提供する整形外科「アントラーズスポーツクリニック」があるのも、理解が早かった理由だと思います。
クラブとしては将来的に医療全般を一つの事業ドメインにしていきたい。整形外科の次は何かと考えた時、「オーラルケア」はやるべきことのひとつだと感じました。クラブは行政とも距離が近いので、小学生などの次世代への教育・啓蒙活動においても力になれると思い、参画を決めました。
――山本先生はサッカークラブのオーラルケアクリニックの院長という珍しい役割です。歯科医から見たこのプロジェクトの意義は何でしょうか。
山本千博氏(以下、山本):歯科医師として「歯科から人々の健康寿命を最大化する」ことに努めていますが、医療従事者の発信力には限界がある。今はSNSもありますがそれでも限定的で、一部ではエンタメ化しすぎている傾向もあります。
そこでSCOグループというパートナーのもと、鹿島アントラーズという強力なブランドと組めば、医師やスタッフは医療現場に集中しながらメッセージを広く世間に届けられます。特に地方だと、都心部と比べて予防意識の格差もある。このクリニックがモデルケースとなって価値を示すことは、地域医療を発展させる点においても非常に重要だと思います。
開院以降の稼働率は8~9割。見えてきた地域のニーズ
――開院から半年、実際の利用状況や患者さんの反応はいかがですか。
山本:オープン前の内覧会からアントラーズのファン・サポーターの来院が多く、反応は驚くほど良かったですね。「内装の写真を撮りたい」方もいれば、長年のサポーターで「ここに来てみたかった」と足を運んでくださる方もいました。
歯科医院に対し、「怖い」「痛い」などマイナスイメージを持つ方が多いのは現実です。でも、アントラーズのエンブレムを背負ったクリニックだと来院ハードルは劇的に下がります。実際、10年以上歯科医院に行かなかった方が「ここだから来た」と言ってくださるケースもあり、入口としての信頼性は“圧倒的”です。
新規来院数でいえば、都心だと月に10~15名程度ですが、ここでは100名以上になる時もあります。現在は提供枠をベースに稼働率を見ると、ほぼ8~9割埋まっている状態で「好評」と言えます。スタッフ教育を急がず確実に進めて増員し、より多くの患者さんに満足いただけるサービスを提供していきたいと思います。
――クラブ側にはファン・サポーターの方々からどのような声が届いていますか?
小泉:すでに運営しているアントラーズスポーツクリニックでは、現在カルテ数が5万以上あり、一定数の認知を獲得しています。ですからファン・サポーターの皆さんからは「次はオーラルか!」と、ポジティブな驚きを持って迎えられました。単に歯の痛みを取り除く場所でなく、自分の身体をメンテナンスする場所だと認識してもらえたのは、大きな一歩だと思います。
1店舗目としてはつくば駅の駅前に開院しましたが、場所柄教育熱心な家庭も多く、新しいコンセプトが受け入れられやすい街だと感じました。アントラーズのアカデミー拠点もあり、多くの子どもたちが通っていますので、アクセスの良さも成功要因だと思います。
オーラルケアドクターが地域住民を診察・治療
――山本先生は鹿島アントラーズのオーラルケアドクターとして、選手のケアにも関わっています。
山本:アントラーズでは、Jリーグクラブとして初めてメディカルチェックに歯科検診を導入し、全選手の口腔内の状態をデータ化してフィードバックすることから始めています。現在は希望する選手に対し、メンテナンスやマウスガードの作成、噛み合わせ矯正などのサポートを行っています。
私の考えでは、口腔ケアは勝利に直結するもの。例えば、口腔内の炎症は血液を通じて全身の炎症とリンクします。口の中で出血があると、常に体内に菌を取り込んでいるのと同じ。これがリカバリー能力低下や怪我のリスク上昇を招くというエビデンスも確立されつつあります。選手たちには口腔ケアは「コンディショニングの一環」だと伝えています。
藤本:トップアスリートの知見を一般の方へ還元するのがこのプロジェクトの肝です。クラブが実践している高度な口腔ケアを、ファン・サポーターや地域住民が同じように受けられる。そこに価値があります。さらに選手がアンバサダーとなり、その重要性を発信することで、子どもたちの意識も変わっていくでしょう。
将来的にはマウスガードにセンサーを搭載し、そこから得られるデータで全身疾患の予兆を察知したりできる仕組みなども考えられます。そんな世界観が実現できれば、医療業界にもさらに貢献できます。
多店舗化、新スタジアム…未来への一歩へ
――今後見据える展開、未来へのビジョンなどを教えてください。
小泉:「アントラーズオーラルケアクリニック」2号店、3号店の展開はもちろん考えています。さらに、より草の根活動を強化したいですね。行政と連携して小学生の頃から口腔内メンテナンスの重要性を教育して、健康診断と同じぐらいの感覚で歯医者に通う文化にしたい。
現在クラブでは、2033年の開業に向けて新スタジアム計画を進めています。そこでは、ヘルスケアのエッセンスを色濃く反映させたい。例えば、試合前の待ち時間に健康診断や歯科検診を受けられれば「滞在型のスタジアム」にもつながりますし、スタジアムに来ることが健康のきっかけにもなる。そんな輪を広げていきたいですね。
藤本:2040年には日本の歯科医院の数が激減すると予測されています。その一方で地域の人々の健康を守る必要性は、より高まる。だからこそ口腔内から全身の状態がわかる仕組みを早期に実現し、歯科医院を「病気にならないために行く場所」として確立させたいですね。
美容院に行くような感覚で、歯科に通って自分の人生を豊かにしていく。そんな「生き生きとした世界」を、サッカーの力を借りて作り上げたいと思っています。今回の鹿島アントラーズさんとの取り組み、その他クラブとの取り組みが未来への一歩になると信じています。
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