J1リーグで2連覇中のヴィッセル神戸は、リーグ戦の年間入場者数がこの10年で約50%増加するなど飛躍的な成長を果たしている。さらなる進化を求めて精力的に取り組んでいるのが、ファンのヘビー化と新規ファンの獲得だ。
これからのプロスポーツクラブのファンマーケティングはどうあるべきか? “勝敗にもスター選手にも依存しない”ファン育成戦略について、ヴィッセル神戸のファンマーケティング部 部長 大嶋麻奈加氏がヤプリ主催・HALF TIME協力のオンラインセミナーで語った。
アジアNo.1クラブを目指すヴィッセル神戸の現在地
「私たちの目標はアジアNo.1クラブになること。チームとしては地元から世界に挑戦し続ける育成型クラブを目指して、ビジネスでは地元や全国のパートナー企業とともに価値創造をして世界に挑戦していく。競技とビジネスの両面でアジアのトップに向かって活動しています」
ヴィッセル神戸で中長期のファン育成、興行売上の拡大、ブランディングなどに従事する大嶋麻奈加氏はクラブの展望についてそう語る。
ヴィッセル神戸はこれまで数多くのスーパースターを擁し、特にスペイン代表でもFCバルセロナでも世界一に輝いたアンドレス・イニエスタの加入に際しては、ホームはもちろんアウェーでもチケットの完売が相次ぎ、レプリカユニフォームなどのグッズも爆発的に売れ、日本中でフィーバーを巻き起こした。
現在は海外でのプレー経験も長い元日本代表の大迫勇也、武藤嘉紀、酒井高徳らがチームを牽引し、J1リーグを2連覇中。2024年は天皇杯も制して2冠を達成するなど、躍進を続けている。
優勝しても未認知が30%超。ファンマーケティングの命題
だが意外な現実もある。クラブが昨年実施した調査によると、兵庫県内で「ヴィッセル神戸を知らない」という未認知層が32.8%もいることが分かった。
「そもそもスポーツに興味のない方にとっては、サッカー自体がどんなスポーツかも分からず、当然クラブの名前も知らない」と大嶋氏が話すように、たとえスター選手を獲得しようとも、優勝しようとも、未認知層への訴求にはならないことが証明されたといえる。
勝敗にもスター選手にも依存しない形で、いかにしてファンを育成・拡大していくか。それがプロサッカークラブのファンマーケティングの命題だ。
ファンマーケティング部では中長期的なミッションとして、シーズンシートホルダーを増やして安定した売上を確立することを掲げており、短期的には「ファンのヘビー化(来場回数増)」と「定期的な新規ファン獲得(年間30%)」を目指している。
「ファンの行動を網羅的に把握」ファンのヘビー化施策
ファンのヘビー化に大きく寄与しているのが、「楽天ID」だ。
親企業である楽天グループの共通IDで、多様なサービスで形成される「楽天経済圏」が1つの楽天IDで紐づけられており、「ファンの行動を網羅的に把握できるようになった」(大嶋氏)。
ホームゲームの1日を例にとってみよう。
Aさんがホームゲームのチケットを購入。公式チケットサイトには楽天IDでログインが必要となり、クラブは誰がどの座席のチケットを購入したかを把握できる。Aさんは購入したチケットを、公式アプリを通じて一緒に観戦する友人Bさんに分配。受け取る側も楽天IDでのログインすることで、クラブは同行者Bさんの行動も把握可能に。
スタジアムに到着。チケットはQRコードになっているため、着券率が可視化されている。試合が始まるまでの時間に場内ショップでお買い物。楽天グループのキャッシュレス決済サービスである楽天ペイ/楽天Edyを利用することで、クラブは誰がいつ何を購入したか把握可能に。試合後には、帰宅途中に公式アプリで何を見ていたかなどのアクションも、クラブで追跡が可能になった。
「2019年にホームスタジアムのノエビアスタジアム神戸が完全キャッシュレス化したことが大きなターニングポイントでした」と、大嶋氏。取得できるデータ量が飛躍的に増えたことで、より詳細にファン行動の実態を収集・分析できるようになった。
例えば、2024年、来場回数別にファン行動を分析したところ、来場1回目では場内でドリンクだけを購入する人が多いが、2回目ではグッズ(タオルマフラー+小物)と飲食、3回目ではグッズ(アパレル+小物)、飲食に加え、ファンクラブに加入する人が多くなることが分かった。
また、楽天IDを取得したもののまだ来場したことのない人(見込顧客)のうち実際に来場したのは約42%、1回来場した人のうち2回目来場するのは約17%、2回来場した人のうち3回目来場するのは約47%。2回来場した人がその後も継続して来場する確率が高いことが分かった。
その理由の一つに考えられるのが、タオルマフラーの購入だ。セミナーでモデレーターを務めた株式会社ヤプリの伴大二郎氏は、「スタジアムでタオルマフラーを回して応援することで、ただ観戦するだけではなく、一体感を味わえる特別な体験価値が生まれる」と話す。
そこでヴィッセル神戸では、1回目の来場時にタオルマフラーの割引クーポンを個別に送るといったコミュニケーションで購入を促し、楽しみ方を知ってもらうことで、ヴィッセル神戸にハマってもらい、また、年間に使う金額を増やしていくかを意識しているという。
新規率は60%!20代へのアプローチに独自コラボ
既存ファンのヘビー化の一方、「定期的な新規ファン獲得」に向けても取り組みを進めている。
その一つが、小学生年代へのアプローチだ。神戸市と連携して市立小学校・義務教育学校・特別支援学校の新1年生全員にレッスンバッグを贈呈している。万が一の災害時には防災頭巾としても使用できるものだ。
取り組みが開始された2017年以降、現在まで延べ約10 万個が贈られている。「小学生がランドセルとこのバッグを持って通学することで、日々ヴィッセルを味わってもらっている」(大嶋氏)。
楽天モバイルとの連動キャンペーンも大きな成果を上げている。楽天モバイルの契約者限定で、シーズンシートやスタジアムでのユニフォーム等のグッズ購入で大幅なポイントバック、公開練習や選手トークショー、2ショット撮影会への参加抽選権の付与、スタジアム入場の専用優先レーンやオリジナルグッズの配布など、特別な体験価値が提供される。
楽天モバイルにとっては新規契約者が増加し、ヴィッセル神戸にとっては新規ファンの獲得に寄与しており、「双方にとってwin-winな関係となっている」(大嶋氏)。
また、若年層、特に20代へのアプローチとして独自のコラボレーションにも取り組んでいる。その一つが、神戸市出身の五百城茉央さん(乃木坂46)の30周年アンバサダー就任だ。キックインセレモニーへの出演やコラボグッズを展開し、新規率は60%を記録した(通常の施策では35%ほど)。
リピート率は8%(通常は20%)だが、この数値は決して悪くないと大嶋氏は話す。「最初はサッカーに興味があったわけではないと思いますが、スタジアムに行くきっかけさえあればリピートする方がいると分かりました。今後もいろいろなアプローチをしていきたい」(大嶋氏)。
伴氏も「アイドルのライブの盛り上がりとスポーツの一体感は似ている部分もあるのでハマる方も多いのではないか」と推察する。
震災から30年。神戸の街とともに歩むクラブ
ヴィッセル神戸には、今年創設30周年を迎えて強く抱く思いがある。
クラブ創設後、初めての練習を予定していた1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生した。炊き出しや支援物資の運搬などの復興作業から活動がスタートし、練習もままならない日々が続いた。存続すら危ぶまれる状況だった。
震災から30年、紆余曲折を経て、タイトルを争うまでに成長を果たした。クラブが歩んできた道のりは、神戸の復興の歴史と重なる。
「ヴィッセル神戸は、地元に根付いたクラブとして、神戸とともに成長してきました。これからアジア、世界へと羽ばたいていく中で、神戸の街についてもっと発信して、もっと盛り上げていきたいですね」(大嶋氏)
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2025年10月17日(金) 11:00-13:00 オンライン配信
進化するサッカークラブの挑戦 ヴィッセル神戸・鹿島アントラーズと語るファンマーケティング最前線