日本企業初の欧州クラブ経営――。DMMとシント=トロイデンVVによる「ここから、世界へ」(DMM塩谷雅子)

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「Football」という共通言語で成立したM&A

2016年夏、DMM.com(DMM)に一つのプロジェクトが舞い込んだ。

世界最高峰とされる欧州サッカーの舞台で若い選手がトップレベルの経験を積み、その経験を次世代へとつなぐ。そのために、欧州にクラブを保有するプロジェクトを立ち上げないか。そんな壮大な提案から始まった、日本企業初の欧州クラブ経営。

DMMは数多くの事業を展開しており、M&Aや新規事業、事業再建の相談が日々持ち込まれる。DMMによるシント=トロイデンVV(STVV)の経営もその一つだった。

プロジェクトに事業としての可能性を感じたDMMは、欧州市場のリサーチを開始。日本人選手が欧州で実践を積むために超えねばならない大きなハードルは「外国人枠」だ。実質的な外国人枠が存在しないのは、ベルギー、オーストリア、ポルトガルの3リーグだが、言語や慣習の違いから財務状況を調べるだけでも膨大なコストと時間がかかる。

そこで、英語が広く使われており、産業全体として外資受け入れに抵抗が少ないベルギーに絞り、デューデリジェンスを実施した。エージェント経由でクラブを紹介され、1クラブ目の交渉は不成立、2クラブ目に交渉したのがSTVVだった。

その後、DMMのM&A担当者とプロジェクト発起人でもあるサッカー業界経験者が渡欧。交渉を重ねる中で、重要なポイントとなったのは数字や条件だけではなかった。

前オーナーはベルギー国内で不動産投資等の事業を複数手掛ける一方で、一時は欧州にクラブを5つも所有するほどサッカーへの情熱に熱い人間だった。約100年の歴史あるクラブ運営のビジョン、ともに歩んできたファンへの配慮、人口4万人という小さな町との共存。

「Football」という共通言語での会話なくしては成り立たない交渉となった。しかし、このプロジェクトには、M&Aや事業戦略のプロの存在はもちろん、複数の「サッカー人」が存在しており、だからこそ互いをリスペクトする関係が構築できた。

結果的に、経営権取得までは段階的にステップを踏むこととなった。これは前オーナーの意向によるもので、まず2017年6月に株式の20%を取得。DMM、クラブスタッフ、ファン、町が互いに理解を深めながら、2017年11月、DMMは日本企業としては初めて欧州1部リーグのクラブオーナーとなった。

なお、当時から現在まで、DMMが持つSTVV株は99.99%であり、残りの株式はファンへの敬意として、サポータークラブが保有している。

欧州の「ショーケース」の活用

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前述の通り、ベルギーリーグには実質的な外国人枠がない(※1)。また、国として若手選手の育成に力を入れており、一定を超えた人件費については、選手の所得税の最大8割が還付される仕組みがある。

還付額は選手のバックグラウンドや年齢によって異なるが、年齢が若い選手の方が還付額が多く、また、同レベルの欧州リーグと比べると最低年俸が低いのも特徴だ(※2)。若手選手を保有しやすい制度設計がされており、さらに、若年層の頃から他クラブへの移籍が盛んで、有望な選手はトップクラブ、さらには5大リーグの下部組織へと成長の路を歩む。これが「ステップアップリーグ」と呼ばれる所以だ。

また、地理的優位性も大きい。ベルギーの国土は九州と同等程度。シーズン中のチーム遠征の多くは日帰りで、国土が小さいためコストが抑えられる。また、ヨーロッパ各地へのアクセスにも優れており、だからこそ「ショーケース」として欧州各国からスカウトや代理人が集まる。

ステップアップリーグにおいて、この「ショーケース」の機能を存分に活用することは、クラブ経営の根幹となる。欧州クラブの収益源には「移籍金」があり、これは日本のJリーグとの大きな違いだ。

欧州クラブにおいて、ショーケースを活用し選手をステップアップさせることは重要な経営要素の一つで、これを実現しているのがベルギー現地でCEOを務める立石敬之と彼の右腕であるスポーツダイレクターのアンドレ・ピントである(※3)。

DMMは、強化面はベルギー本国のSTVVフロントにすべてを委ねている。クラブ運営、スポーティブの現場はSTVVが担い、DMM Football事業部は日本での営業とそのための広報に尽力する。中長期的な事業戦略や収支計画は両者で作り上げていくものの、ベースとしてSTVVのジャパンブランチ(日本支店)としての役割をまっとうすることが、オーナー企業であるDMMの務めなのだ。

当たり前のことだが、DMMはビジネスにおいてはプロでも、サッカーにおいては素人なのだ。その点を全員が認識した上で役割分担をしたことが、事業として一定の成功を収めている要因といえるだろう。

※1:ベルギー国籍の選手が6人試合の選手登録をされていれば、国籍の制限なく選手登録、試合出場が可能

※2:EU圏外の選手は約8万2000ユーロで、オランダのエールディビジは20歳以上の選手で約40万ユーロとされている。EU圏内選手の最低年俸は月2,000ユーロ程度

※3:立石はJクラブで強化部長やGMを歴任し、アンドレはFC東京強化部に長く所属

巨大市場を主戦場に「ここから、世界へ」

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日本企業の欧州クラブへのスポンサーシップは一般的になりつつあるが、他競技をみてもオーナーシップを持ってのスポーツ市場への進出はまだ少ない。規模は様々で投資額だけでは一概には言えないが、参入・撤退のハードルという観点でみればスポンサーシップの方が敷居が低いのは間違いない。

しかし、特に欧州リーグでは肖像権や放映権にステークホルダーが多く存在し、スポンサーとして活用できるクラブ資源には限りがあり、オーナーシップのそれとは比べ物にならないのが現実だ。

また、我々は経営権取得後にクラブミッションを刷新した。「Team」、「Academy」、「Business」、「Stadium」、「Technology」の5つの分野で数年単位の具体的なミッションを示し、将来的にはヨーロッパリーグ、チャンピオンズリーグへの出場を見据えチームと経営基盤の強化を目標に掲げた。

古くからクラブに携わるスタッフや地元ファンは、これらのミッションや将来的な目標に対してかなりの驚きを持ったようだった。それもそのはず、STVVは1部と2部を行き来するような小さなクラブで、自分たちがいつかチャンピオンズリーグの舞台にあがるなど、想像さえしたことがなかったのだ。

しかし、入念なリサーチと試算の上で実現可能な目標であると熱意を持って説明していくうちに、彼らは他人事だった夢を「自分たちの夢」として捉えるようになった。

クラブとともにビジョン、ミッション、戦略を立てる。ともに未来を描くことことができるのはクラブと一心同体となるオーナーシップだからこそで、スポンサーシップでは及ばない領域といえるだろう。

その夢の先にはリーグ戦とは別の放映権料があり、さらには戦うリーグごとにスポンサーを変えることも可能で、収入面でも飛躍が見込めることは間違いない。これは世界トップレベルの欧州を拠点にしているからこそ与えられるチャレンジであり、「欧州クラブを経営するオーナーシップ」がなければ持ち得ないビジネスチャンスだ。

昨今は「スポンサー」ではなく「パートナー」という表現を用いるシーンが増えたが、企業自らが主体的にビジネスを開拓できるのがオーナーシップの醍醐味である。欧州サッカーという巨大な市場を主戦場に、「ここから、世界へ」と切り拓く同志が増える未来は、日本のスポーツ産業にとって間違いなくプラスになるだろう。

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◇塩谷 雅子(しおや・まさこ)

合同会社DMM.com コーポレート室 コミュニケーション推進グループ マネージャー

元雑誌編集記者。サッカーを中心にスポーツ系メディアに携わった後、日本スポーツ振興センターに転職し国立スポーツ科学センターに勤務。2016年11月DMM.com入社、デザイン本部、ブロックチェーン関連事業を経て、2018年7月よりFootball事業部に異動。STVVの日本広報責任者を務めた後、現職。現在は、DMMのインナーコミュニケーション、ブランド管理に携わる。


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