スポーツ産業における海外展開の成功事例(スポーツシンクタンク戸井田朋之)

たとえ資金力のある大手企業であっても、海外進出においてやはり失敗はつきものです。海外進出においての失敗の本質は、資金力ではありません。企業理念の不浸透、現地責任者の人選、価値基準の温度差、競合マーケティング不足などが挙げられます。資金力や予算の乏しい中小企業やプロジェクトであっても、その失敗の本質を理解しておくことが重要でしょう。その本質をつかむことが、日本企業の海外進出成功のカギとなります。

現在、日本企業にとって、海外進出の必要性はますます高まっています。少子高齢化や人口減少により、国内市場は確実に縮小しています。現在の日本の人口は約1億2,500万人。一方、内閣府によって発表された2021年版の高齢社会白書によると、2050年には約9,900万人まで人口が減少すると予想されています。さらには全人口の約35%が65歳以上の高齢者とされていて、消費市場が縮小するとともに、働き手も減少しているのです。これは全てのビジネス事業者にとって、危機感を持たなければいけないことでしょう。

一方で、中国や東南アジア諸国(ASEAN)などの新興国では、急激な人口の増加による市場拡大や、若く豊富な労働力、そして高水準での経済成長が続いています。また、先進する欧米にも巨大市場が存在します。コロナでブレーキは掛かっていますが、確かなことは海外には日本にない商機が拡大しているということです。

スポーツに限らずその周辺産業にも目を向けて、良いところは積極的に吸収し、自社流に料理をして発展につなげてきた企業の軌跡を辿りたいと思います。日本の経営陣と現地責任者の目標の共有と、それまでの設計図を描くことが大切です。国内企業の海外進出成功事例だけでなく、海外企業の海外進出成功事例も参考にすべきだと思います。海外ブランドの国際戦略と国内ブランドの2つの視点に分けてご紹介します。

「BtoB」から「BtoCtoB」に視点を変えたAdidas

前回のコラムでも触れた世界最大のスポーツ展示会、ドイツ・ミュンヘンの「ISPO展」。その主役は入口すぐの「B-1棟」に大きく構えるAdidasでした。地元ドイツの最有力企業で、それまでは1日3回の大々的なファッションショーを行い、世界中から集まる来場者の注目を一手に惹きつけていました。

しかし、今から32年前の1990年2月に開催された会では、毎回恒例となっていたファッションショーを突然取りやめたのです。当時、同行した日本のお得意先さまやジャーナリストには大きな衝撃が走りました。業績が芳しくないのか?とも心配されたほどです。しかし理由は違いました。

小売店向けのビジネス、いわゆる「BtoB」を行ってきたAdidasにとって、すでに受注活動が済んでしまっている時期に開催されるISPO展は大きな意味を持ちません。受注には直結しない、どちらかというと威厳を保つためだけのファッションショーは取りやめ、そこにかかっていた費用を違った形で有効活用したいと首脳陣から発表があったのです。

その活用法というのが「ハリウッド攻撃」でした。それまで、ドイツを中心にヨーロッパでは極めて順調な業績を収めてきたAdidasですが、アメリカ大陸ではNIKEの影響力もあってなかなか芳しい成長を見せていませんでした。その方法は次の通りです。

  1. アメリカ大陸でのAdidasイメージ訴求と成長を促す
  2. アメリカのシンボルという人にAdidasを着せる
  3. アメリカの象徴はハリウッドスター
  4. 具体的にはマドンナ、シルヴェスター・スタローン、RUN DMC
  5. スポーツ選手ではなく「アスリート系イメージ」を持つ歌手、映画俳優、ラッパーというキャラクター
  6. スポーツを取り巻く「音楽、映画、ストリート」からヤング層のココロを取り込む
  7. お客様から「逆指名」を受けるようなアイテムを作り上げ、小売店や百貨店に買いに行かせる
マドンナのCD。筆者私物

今でいう「BtoCtoB」の構図そのままに実行してみせたのです。その額はISPOのファッションショーで費やしていたのと同額の3億円と言われています。受注をとるための小売店への投資ではなく、エンドユーザーへの投資に切り替えたのです。

消費者に直接働きかけることによって、ブランドの認知度向上につながり、ファン層も増え、販売されている小売店に買いに行ってくれるという「3重効果の設計図」を描き、ものの見事に成功させました。

いまでは普通のことに聞こえますが、ファッションショーを取りやめる決断はたいへん勇気のあったことだと評価できます、それによるイメージダウンの代償よりもアメリカ発のイメージ訴求に変換させることによって、米大陸はおろか世界中に大きなインパクトを与えました。その結果は、次のような大きなエポックメイキングだったと思います。

  • アメリカ大陸でのAdidas浸透
  • スポーツの隣にあるのは音楽、映画、ストリートという発見
  • アスリートだけではなく芸能人や文化人もキャラクターに起用できる
  • 白人だけでなく黒人も黄色人も人種の隔てなく大きなファン層に

海外展開を進める上で、卸ビジネスであれ直営店舗であれ一番大切なことは、アタックする国や大陸のことをよく調査・理解することです。そこに住む消費者にいかにスムーズに入り込めるか。どのボタンを押せばスイッチが入り効果を最大化できるか、よく検討してみることが必要です。

ヨーロッパ大陸と同じやり方で進めてきたために、Adidasはアメリカ大陸で大きな成長が果たせませんでした。視点を変えて、戦略を変えて、手法を変えた結果、北南米アメリカ大陸はおろか全世界に大きな成功を及ぼした事例です。

AdidasとRUN DMCのコラボ。筆者私物

ASICSは自社の「強み」を活かせる場所に展開

アシックスは売上高の約80%を海外で占めています。世界で 1,900店舗を誇るグローバル企業です。東京オリンピックのオフィシャルサプライヤーであり、これをステップにNIKE、Adidasに次ぐ世界第3位の地位を築こうと大きなチャレンジに出た同社ですが、頼みの綱であるランニングシューズでは「厚底NIKE旋風」に脅かされました。

しかしながら、ランニングシューズのみならず多方面で世界をリードされてきた同社ですので、アスリートからの信頼はとても大きく期待もされています。ロンドン店は街の中心であるオックスフォード・サーカスとハイド・パーク近くにも大型店舗を構え、公園を走るランナーに優しい対応を行うサービスステーションでもあり、ロンドンっ子のランニングの集合場所になっています。

ロンドン市内のASICS店舗。筆者撮影

次にご紹介するのはカーナビー・ストリートにある「オニツカタイガー」。現在は、アスリートだけでなくヨーロッパを中心とした世界中の人々から絶大な支持を得て、国内でも高い人気をシューズブランドとなっています。

レトロ感があるデザインと履きやすさが魅力で、男女ともにスニーカー人気が続いています。ニューバランスやVANSなどの定番ブランドはもちろん、ここ数年注目を集めている「オニツカタイガー」も人気です。日本生まれのブランドですが、実は海外、特にヨーロッパで人気を博し、日本でも再び注目を集めるようになりました。

オニツカは敢えてスリムなシルエットにこだわって、日本発の洗練されたイメージで勝負しました。それが功を奏してヨーロッパで人気に火が付いたのです。あえてスポーツ専門店ではなく、ファッションブティックやセレクトショップでスニーカーを展開。カラフルなスニーカーは、欧州のファッションピープルはもちろん、日本のセレクト系のバイヤーたちからも絶賛され、インディペンデント的な逆輸入というかたちで日本に入ってきました。

オニツカタイガーの店舗。筆者撮影

販売チャネルを限定し、高いブランドイメージを維持

オニツカタイガーは、日本でもディスカウントショップなどでは販売していません。当時からのブランド戦略に則ったチャネル選定を行っています。長い間のデフレもあって、多くの企業が価格競争を仕掛けがちです。目先の利益を求め、量販店やディスカウントショップでの販売を実施してしまうところです。

一方で、オニツカタイガーの販売チャネルは、スポーツシューズであるのにも関わらず、あえてスポーツ用品店ではなく、ファッションブティックやセレクトショップなどで商品を展開しました。カラフルなスニーカーは瞬く間に人気になりました。成功した要因は「弱者の戦略」、つまり徹底して攻めるべきターゲットを絞り、メインターゲットがどういった人たちなのかを細かく明確にしてきたことです。

そのメインターゲットの中でシェアを獲得していく動きが、結果的に多くの人に愛されるスポーツシューズになったのだと思います。アシックスが1960年代後半から1970年代の「オニツカ」のスポーツシューズを、ストリート向けのレトロ・スニーカーとして復活させたのです。

レトロなデザインと履き心地の良さ

履き心地の良さと個性的なデザインが、日本のみならずアメリカやヨーロッパでも人気の秘密です。オニツカタイガーの成功要因は、繰り返しますがスリムなシルエットにこだわり、日本発の洗練されたシューズとして売り込んでいったことでしょう。こういったサービスを徹底してブラッシュアップしたことが、海外での人気に火をつけたのだと思います。

リーズナブルな価格設定

洗練されたデザインであり、高いブランドイメージを持っているオニツカタイガーですが、価格設定についてはリーズナブルです。ほとんどの商品が現地価格でも13,000円以下で購入可能です。

映画『キル・ビル』にも登場。海外での人気のきっかけに

クエンティン・タランティーノ監督が手がけた映画『キル・ビル』。日本を舞台にしたこの映画で、女優ユマ・サーマンがオニツカタイガーを着用して話題となりました。彼女が着用したモデルを限定で3,400足販売したところ即完売したことからも、人気に火がついたことが伺えます。これがキッカケとなりオニツカタイガーの海外での認知が高まりました。

これは、複数のブランドを管理するためのブランド・ポートフォリオという考えのもと、マーケティングを行った成功例でしょう。以前は良い商品を作れば作るほど売れる時代でした。そんな時代ではブランド戦略もなく、商品のネーミングがあるくらいに留まっていました。そして、いざマーケットがコモディティ化して質の高い商品でも価格競争に巻き込まれると、太刀打ちできないという状況に陥ってしまっていました。

したがってブランドが利益を生むということを理解して、ブランドの適切な運用を行うことが必要なのです。アシックスの場合、普通の競技用のシューズとファッションシューズのオニツカタイガーとを分けることで、それぞれ違ったマーケティング戦略、販売戦略などを立てることで、それぞれの強みを生かすことができたのだと思います。

結果的に、確立したブランド力と洗練されたデザイン・サービスを追及したことで、顧客ロイヤリティを獲得しています。

「Team Outdoor Japan」人気の秘密

ヨーロッパでは1年間の有給休暇が約35日間もらえます。人それぞれですが、平均的には夏3週間、冬1週間、自由裁量1週間というバランスにしています。夏のバカンス、冬のバカンスは決まってリゾート地に向かい、長期滞在型で非日常的な生活を送る習慣があります。宿泊費を軽減するためにキャンピングカーの需要が多いのもその為です。

ですので、リゾート地には大都市と同じようなスーパーマーケットやリゾートライフを楽しむために、ラグジュアリーブランドの直営店もあるほどです。スキーショップやアウトドアショップもあって、現地で調達する人もかなり多いです。

あえて「チーム・アウトドア・ジャパン」と命名した理由は、アウトドアシューズもウェアも日本のメーカーが提供する製品は高機能・高品質とハイレベルで欧米人の心もがっちりつかんでいるからです。地元にも人気の2つのブランドをご紹介しましょう。

スイスアルプスの中でも有名な2つのリゾート地に店舗を構えるのがモンベルです。

ツェルマット

スイスの山岳リゾート・ツェルマット。筆者撮影

スイスの西の玄関口であるジュネーブからローザンヌ、モントルーというレマン湖畔の街を通り、電車で3時間。イタリア国境にも近いツェルマットに到着します。欧州6番目に位置する高峰、岩山マッターホルン(標高4,478m)の麓の街です。欧州第2位のモンブラン(標高4,808m)の麓の街・シャモニーと並び称されるアルピニストの街です。

マッターホルン峰は、世界最高峰エベレスト(標高8,848m)を目指すアルピニストにとってさまざま条件、気候対応に順応するために、トレーニングに励む登竜門となっています。ここの名物はスイス・フォンデュ、小型タクシーと、標高3,089mまで一気に登る高山電車。夏は高原植物を楽しむツーリスト、冬は全長20キロにも及ぶ国境をまたぐスキーツアーで世界中から観光客を集めています。

モンベルのショップは2015年12月にオープン。ツェルマット駅前の正面に直営店を構えました。広さは約50㎡、地上階は入口のみ。階段を下がって地下階がメインフロアです。店長にお話を伺うと、今の売れ筋はライトダウン、顧客の75%がツーリストだそうです。顧客層がツーリストに偏っていることこそが、今後の改善点と仰っていました。

後述するグリンデルワルド(スイス)の直営店はオープンして15年が経過し、やっとのことで地元の方々にも浸透し、今では地元客50%・ツーリスト50%の売上比率だと言います。地元の方々に定期的に販売ができ、つまりその分は定着した顧客を持つことがとても大切だと仰っていました。

ツーリストはあくまでも「浮動票」と受け止めているとも。その考えは小売店ビジネスを進めていく上でとても重要なポイントだと思います。

グリンデルヴァルト

現地のモンベル店舗。筆者撮影

スイスの首都ベルンの町から南へ1時間電車に揺られるとインターラーケンに到着します。東と西に大きな湖を擁し、その間の運河の上にあるとてもお洒落な町で、近年は中国人ツアーの目玉コースとなっています。ですので、街の専門店街、レストラン、お土産物屋さんには、すべての店舗で中国人スタッフが対応し、店内も中国語表記ばかりが目立ちます。

その高原リゾートのインターラーケンから山間にすすむこと20分の電車で、あの「アイガー北壁」を眼前に臨むグリンデルヴァルトの街に到着します。

前述したツェルマットに比較すると比較的コンパクトなリゾート地ですが、ツーリストの数だけはまったく引けを取らず、年間100万人を超えています。その理由はアルピニストの憧れである「アイガー北壁」や標高4,000mを超えるユングフラウヨッホを眺めながら、ゆったりと進む高山列車で海抜3,500mまで一気に登ることができること、そして山頂付近には世界でも例を見ない「氷の宮殿」であるIce Palaceという有名な観光スポットがあるからでしょう。

この氷の宮殿は、そもそもアルピニストがビバークをするために掘った氷の中の洞穴を、今では全長2kmにも及ぶ「氷の廊下・氷の洞窟」に仕上げ、多くの観光客を引き寄せています。なんでも、ここに訪れる観光客の体温や息で室内温度は上昇するのが避けられないために、特殊な冷却装置を備えて平均気温は氷点下5度にキープされているそうです。入場料が無料だというのも、旅行会社や観光客の心をつかんでいるのでしょうね。

ロンドン

ロンドンのスノーピーク店舗。筆者撮影

ロンドンの中心地・ピカデリーサーカスから南へ100m、リージェント・ストリートに新潟・燕三条発のブランドであるスノーピークが直営店をオープンしました。ISPO展にも2019年から出展されています。

店舗はアウトドアショップというよりも、笹がふんだんに飾られているなどオリエンタルなムード店というイメージでした。パリで人気のレストラン・OGATAの1階同様に、日本の漆器やお皿も陳列されています。もちろんそれら日本漆器の販売もされていますが、主役のアウトドア商品を引き立たせる脇役に日本独特のものを配するのは、欧州のユーザーにとっては興味津々のアプローチだと思います。

ロンドンは他のヨーロッパ主要都市と違い、日曜日営業が全面的に許されている大都市です。開店時間は12:00〜18:00と平日に比べ短い営業時間ですが、世界中から4,000万人以上の観光客が集うロンドンですので、日曜日に店舗が閉店してしまうと営業収入の機会損失でしかありません。

パリもやっとそのことに気づき、つい7年前より事前申請という形でルーブル地区、シャンゼリゼ地区、マレー地区の3箇所のみ日曜営業が許可されました。ただ、他の地域にある店舗は今でも日曜日は店舗を営業できず、宗教上の休息日になっています。そのような理由からも、諸外国から初めての直営店舗を欧州にオープンするには、6日間ではなく7日間の営業ができ、英語が公用語のロンドンからスタートする企業が多いのです。

キャンプ用品が並べられた店内。筆者撮影

上図は地下1階のレイアウトです。階段を下りていくと眼前には左側にテント、右側にはキャンピング用品が並んでいました。一見、何の変哲もない風景ですが、商品に近づくにつれヨーロッパの商品には見つけられないようなきめの細かい、手の込んだ商品が並んでおり、アウトドア派であればこれが欲しかったとうなるアイテムばかりが揃えてあります。

店舗では日本製の器も陳列されている。筆者撮影

地上階の右奥レジ前には、Made in Japanの陶器や漆器が並んでおり、このようなムードに弱い英国人の心をくすぐっているのです。この店舗のプロデュースは、日本人ではなくおそらく英国と日本に住んだことのあるデザイナーが店舗設計を担ったものと伺えます。わび・さびも理解しています。

日本では、俗に春夏物と呼ばれる商品で12か月中9か月を過ごします。つまり1年の内の3/4です。逆に、緯度の高い英国や標高の高いアルプスのリゾート地は1年の内の3/4以上は肌寒く、アウトドア商品や防寒具が必須アイテムになります。

突然の雨も多くアウトドアブランドにとっては絶好の販売拠点となっているのです。ここに挙げたモンベルもスノーピークも、さらにはデサントやゴールドウインも、日本製のアウトドア・スキー製品は欧米のユーザーからは絶大な信頼があります。

例えば、ポケットの中にもうひとつ小さなポケットがあるとか、裾紐がリフトなどに引っかからないように伸縮性がある。簡単にはほどけないシューズ紐や、フードで目が見えなくなることもなく、また降雨の水滴も顔に掛かってこない。こういった工夫が秀逸だからです。とにかく見えないところに多くの配慮がされており、着用して初めて気づかされる日本的気配り、「おもてなし着用技術」が優れているのです。

結びに

短い期間でしたがコラム寄稿をさせていただき、ありがとうございました。

スポーツ産業成長「7つのキーワード」#1:「勢力地図」と「トレンド震源地」

スポーツ産業成長「7つのキーワード」#2:「強みの把握」と「未来予測」

スポーツ産業成長「7つのキーワード」#3:経営もマーケティングも「人」

ニュースポーツに注目。世界スポーツ市場への「傾向と対策」

世界のスポーツ展示会比較と国別賃貸・労働条件の比較

海外展示会出展に関する注意点と成功事例

⑦ スポーツ産業における海外展開の成功事例(本稿)

コラムを通じて「海外市場」の魅力と、しっかりとした分析さえあれば海外市場は大きな可能性を秘めているということをご理解いただければ幸いです。今後、皆さまのお役に立てるようなことが何かあれば、お声掛けいただければと思います。


◇戸井田 朋之(といだ・ともゆき)

株式会社スポーツシンクタンク 代表取締役社長 CEO

1953年生まれ。元順天堂大学スポーツ健康科学部客員教授。文化服装学院・文化ファッション大学院大学客員講師。2024年パリオリンピック夏季大会国際アドバイザー。パリ在住。

慶應義塾大学卒業後、株式会社デサントに入社。入社3年目でフランスのパリに駐在し、ヨーロッパの主たるリゾートスキー場のスキースクールユニフォームの受注活動を行い、現在の欧州販売網の基礎を作った。1980年からIOC(国際オリンピック委員会)会長となった故サマランチ氏に息子のように可愛がられ、1984年サラエボ・オリンピック開会宣言の場でのデサントウェア着用シーンが世界中に報道され、一気に同社を国際ブランドとデビューさせた牽引者。

今まで計21回、オリンピックの現場で世界のトップアスリートやIOC(国際オリンピック委員会)を支え、並行して英仏語に留まらず多国語マスターの能力を活かしてデサントブランドの国際戦略を先陣。帰国後は、企画部長やSP販促部長を歴任し、取締役就任後は新たに地方自治体との官民コラボレーションにも成功。過疎地指定されている群馬県みなかみ町を復活させ経済産業省から表彰される。

また一方ではDA PUMP、モーニング娘。、加藤あい、優香など新人タレント発掘の傍ら、スポーツ業界のCMに初めて芸能人を起用するなど、業界きっての積極的な「仕掛け屋」。そして再度のヨーロッパへ赴任。パリ、ローザンヌ、ロンドンで駐在後、2017年7月起業独立し、現在は国内外の大学で教鞭をとる傍ら、海外企業・国内企業複数社とコンサルティング契約を結び活動中。JALの機内食「うどんde SKY」の名付け親。

スポーツ産業の国際戦略には、情報力・販売力・物流力・交渉力そして継続的マーケティング力が必要と説き、グローバルな視点に立つモノの見方は、シャープで素晴らしいと評価されている。


[問い合わせ先]

スポーツ庁「令和3年度スポーツ産業の国際展開促進事業」

JSPIN運営事務局 info-jspin-ext@nri.co.jp

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