モルテンが世界で評価される「ものづくりへのこだわり」と、ベールを脱いだ新拠点[the Box]【前編】

moltenの英字が描かれたボールを、多くの人が子供の頃から何度も見たことがあるはず。バスケットボールやバレーボール、サッカーなど、体育の授業や部活動でボールに触れる機会があっただろう。トップスポーツでも各種国際大会でモルテンのボールが使用されるなど、世界的なブランドとなっている。

一方で、企業としてのモルテンについてはよく知らない人もいるかもしれない。今回、同社のものづくり拠点として2022年にオープンしたテクニカルセンター[the Box]で、その歴史や事業、そして海外展開について、キーパーソンとなる2名に話を伺った。(初出=JSPIN

学校体育から国際大会まで。スポーツで存在感を高めたモルテン

1958年に広島で設立した株式会社モルテンは、売上高719億円(2024年9月、連結)で、従業員数は海外を含むグループ全体で3000人を超える。社名のモルテン(molten)は「溶解する、鋳造する」の意味を持つ英単語meltの過去分詞形で、「古いものから新しいものに脱皮する」という意味を表す。

モルテンのスポーツ事業は、1959年に生産されたドッジボールから始まった。技術開発統括部長の藤井毅浩氏は「当時、国の課題として学校体育の発展の必要性がうたわれていました。それに呼応する形で会社を設立し、1959年2月にドッジボールの生産が始まりました」と、説明する。

株式会社モルテン スポーツ用品事業 技術開発統括部長 藤井 毅浩氏(左)

もともと広島はゴム産業が盛んな地域。戦後の復興期にはゴム製の長靴や草履の生産が活発だった。モルテンはその産業基盤を生かし、「社会をより良くする」という企業理念のもと、「子どもたちの体を動かす環境を整える」ことを目的にスポーツ用品事業に参入した。

ドッジボールを皮切りに、1960年代以降、バスケットボールやバレーボール、ハンドボール、サッカーボールの製造を行うようになり、各学校でモルテンのボールが採用されていったことでスポーツ事業が拡大していった。

1990年代には、ボールだけでなく審判用ホイッスルやスコアボードなど試合運営用品にも事業を拡大。同時に海外の生産体制を確立し、アジアや欧州を中心に国際大会での供給網を拡大していくことでスポーツ事業の成長をもたらした。

こうした設立経緯やスポーツシーンにおける存在感からすると、モルテンの事業はスポーツが中心かと思うかもしれないが、必ずしもスポーツ事業ばかりではない。売上規模が大きいのは自動車部品で、その他、医療・福祉機器やマリン・産業用品も開発、製造している。

「スポーツ用品事業の後に自動車部品事業に参入しました。スポーツ用品の他にもゴム材料を生かせるものはないかと自動車部品に目をつけたのです。当時、マツダの前身である東洋工業が広島にあり、手を組みましょうとなりました」と、藤井氏は当時の経緯について説明する。

こうして、マツダを皮切りに自動車メーカー各社に部品や機器の供給を広げるなど、事業規模を大きくしていった。

モルテンのゴム加工技術は自動車のブッシュなどに活用されている

スポーツの価値は“勝ち”だけではない

とはいえ、モルテン創業時から力を入れているスポーツ用品事業。現在もその存在感は大きく、モルテン=スポーツ用品という印象は強い。ブランドマーケティングのグループリーダーとしてチームを統括する長谷川乃亜氏は2つの理由を挙げる。

「学校の部活動を通して広く周知でき、ブランドが想起されやすかった。また、もともとトッププレーヤーの最高のパフォーマンスを引き出すというのがコンセプトで、技術力や販売力を磨くのにも力を入れていました」(長谷川氏)

こうして国内のマーケットをつかんでいき、ブランド認知を高めていった。一方で、時代が変わる中でモルテンも変わってきているという。「スポーツを経験していない方や、これからスポーツしようという方など、より間口の広い層に目を向けています」と、長谷川氏。

2024年10月にはブランドステートメントを、これまでの「For the real game」から「Feel the emotion」へと変えた。

「スポーツの価値とは何か。今までは“プレーヤーのパフォーマンスと意思が100%発揮される瞬間=本物のゲーム”ということに重点を置いて製品展開を行ってきており、トップアスリートやトップコンペティションを強く意識していたと考えています。

 しかし、スポーツの価値を再定義していく中で、これまでの考え方に加え、スポーツには勝ち負け以上の価値があるということ。どんなカテゴリーであってもスポーツを通して、する人・支える人の色々な感情が引き出され、入り乱れる。その一つ一つに意味がある。それこそが一番の価値なのではないかと思うのです」(長谷川氏)

株式会社モルテン スポーツ用品事業 マーケティング統括部 ブランドマーケティング グループリーダー 長谷川 乃亜氏

五輪、世界選手権、国際大会に欠かせないモルテン

モルテンが開発したボールは、日本だけでなく世界で評価されてきている。1969年に国際バレーボール連盟(FIVB)から国際公認球として認定されたことを皮切りに、1973年には国際バスケットボール連盟(FIBA)からも認定され、現在では国際サッカー連盟(FIFA)や国際ハンドボール連盟(IHF)からも国際公認球として認定されている。

オリンピックでは、1984年のロサンゼルス大会のバスケットボールで公式球として採用され、モルテンの名は国際スポーツの舞台で一層広まることに。昨年のパリ2024オリンピック・パラリンピック競技大会では、バスケットボール、ハンドボール、シッティングバレー、車いすバスケットボール、車いすラグビーで公式球として使用され、大きな存在感を示した。

モルテンはFIBAの公式球となっている

モルテンが多くの国際競技連盟(IF)や国際大会から信頼を得ている背景には、徹底した品質管理と機能設計へのこだわりがある。

品質は耐久性やばらつきの少なさに代表されるが、機能性は多面的だ。藤井氏は「機能は数字に表せるものと表せないものがある。(ボールを地面に落とした時の)リバウンドの高さや反発係数のように可視化できるものはレギュレーション通りに作り込み、それ以外の“タッチ感”、“滑りにくさ”、“使いやすさ”といった感覚的な部分は経験とノウハウで補っている」と説明する。

例えば、サッカーボールやバレーボールでは、表面の突起構造で空気抵抗を抑えて飛行軌道を安定させる技術や、視認性を高めた多色デザインなど、選手のパフォーマンスを最大化する独自開発を徹底している。

「技術的な立場からすると、品質と機能には絶対の自信を持っています。私もその魂をずっと引き継いで、20年やってきていますから。だからこそ、主要なスポーツ連盟から信頼を得られているのだと思います」(藤井氏)

UEFAヨーロッパリーグでも2018/19シーズンからモルテンを採用 ※2018/2019から2023/2024シーズンまで

引き継がれる、「ものづくり魂」

藤井氏自身、入社してから、先輩の技術者たちから徹底的にものづくりのいろはを叩き込まれた。

「私は現場出身で、現場で(ものづくりの)訓練を積みました。会社でよく使われる言葉は『細部に神が宿る』。見えない場所でも手を抜くなと私も昔から言われてきており、モルテンにはそういう“ものづくりの魂”があるのです」(藤井氏)

例えば、バスケットボールには生産過程で機械を使って空気の入ったゴムの球体に糸を巻く工程がある。その後ゴムで覆って、皮を張り付けて、最終的に完成になる。

「糸巻きの部分は完成品の状態からは見えません。極端な話、糸巻きをいい加減にして作っても売り物にはなるのです。でも私たちは、糸の伸度を極限まで追求し、瞬間の精度にまでこだわっている。こうしたこだわりは、昔から技術者の中で脈々と受け継がれています」(藤井氏)

バスケットボールは皮を貼る前に「糸巻き」という工程がある

「見えない所も手を抜かないのがモルテンのこだわり」と藤井氏

こうして鍛え抜かれた藤井氏は、32歳の時にタイの生産工場に赴任する。当時、不良品が散見されていた現地工場で、品質管理を立て直すためだ。

「スポーツ用品事業の自社工場がタイと中国にあり、当時年間流通量のうち半分以上をタイの工場で生産していました。部下が100人ほどいたのですが、日本でのやり方では通用しないとすぐに気づかされました。タイ人のスタッフには、常に文字で見せる・数字で見せることで伝え、指導する時には1対1で行うことなどを徹底しました」(藤井氏)

当初は通訳がついていたが、通訳を介すと思いが伝わらないと感じ、語学学校に通ってタイ語を習得した。「細かなニュアンスはなかなか伝わらない。自身の言葉で伝え、示し、常に様々な角度から現場、現物、現象、原因を捉えるように心がけていました。」(藤井氏)

藤井氏がそれまで叩き込まれてきたものづくり魂を、地道に現地スタッフに伝えていった。新しい材料や機械も現地で開発した。すると不良品の割合が減っていき、見事に生産を立て直すことができたという。

「大変でしたけど、あの5年で成長しました」――そう話す藤井氏が今いるのが、2022年11月にオープンしたモルテンのものづくり拠点[the Box]だ。

後編では[the Box]のビジョンとその設立経緯、そして新たなものづくり拠点がもたらす、更なる海外展開へのインパクトについて紹介する。

JSPINでは他にも海外展開の事例を紹介しています。以下のバナー〈こちら〉から。