東京ベイエリアに誕生した23区唯一の都市型サーキットコースが、インバウンドに沸いている。お台場の複合施設、パレットタウン跡地に開業した株式会社トムスが運営する「シティサーキット東京ベイ」は、2023年10月のプレオープンから、グランドオープンを経て24年7月末時点で延べ6万人以上が来場した。そのうちEVカートに乗車した約2万人のうち約6割が外国籍と、多くの訪日外国人を惹きつけている。
スポーツ庁による日本のスポーツ産業の国際展開を支援するプラットフォーム「JSPIN」事務局が、同施設にインバウンド集客戦略について聞いた。(初出=JSPIN)
6万人以上が訪れた「誰もが楽しめる都市型サーキット」
豊洲駅から新交通ゆりかもめに乗り、東京ビッグサイト駅を過ぎて間もなく青海駅に到着するころ、豊かな緑と水辺の美しい景観に突如としてサーキットコースが姿を現す。開放感のある全長400mの屋外コースを、最高速度70km/hのEV(電動)カートが駆け抜ける。その爽快感にハマる人が今、続出している。
2023年10月にプレオープン後、12月にグランドオープンしたシティサーキット東京ベイは、コンセプトを「誰もが楽しめる都市型サーキット」と設定。屋外コースのほか、キッズ向けの屋内コースや本格的なレーシングシミュレーター、パウダールームやシャワールームも完備されており、アクセスの良さも抜群だ。
日本国内のサーキットはほとんどが車で1~2時間かかる郊外にあり、「コアファン以外の人には敷居が高い」という課題がある。だが騒音や排気ガスの心配のないEV専用のサーキットであれば都市部につくることが可能だ。仕事帰りやショッピング、外食のついでに立ち寄るなど、年齢・性別を問わず誰でも気軽に楽しめる施設となっており、昨年10月のプレオープンから2万人以上が来場している。
開業当初はインバウンドに力を入れていなかった
特筆すべきは、訪日外国人客の多さだ。2024年のゴールデンウイークを過ぎたころから急増し、夏には多い日で来場者の9割を占める日もあった。
だが開業当初は、メインは日本人向けのサービスを考えていたという。インバウンドに力を入れるきっかけは、外国人客とのコミュニケーションだった。まだ外国人客の来場が今ほど多くないころ、現場を観察している中で、日本人客と外国人客の走り方に違いがあることに気付いた。
海外からの来場者は仲間同士でカートをぶつけ合いながら抜いていくなど、とにかく“エンジョイ”している印象だったという。東京の都市部でアドレナリンが出るような、他では味わえない特別な体験を求めていると感じた。
昨今の観光トレンドとして注目される「イマーシブ体験」(※1)と「ナイトタイムエコノミー」(※2)も満たす。自分たちのコンテンツは外国人客の方がより“刺さる”のではという思いも強まった。そこで、インバウンドの強化を決め、体験価値の向上に取り組むこととした。
(※1 イマーシブ(没入)体験:その世界観に入り込んだような体験ができる没入型コンテンツ)
(※2 ナイトタイムエコノミー:観光・体験や飲食など18時から翌朝6時までの時間帯を活用した経済活動)
インバウンドのポイントは「認知」と「体験価値の向上」
体験価値の向上として、通常7分間の走行に加え、30分間の「走り放題」を開始した。7分間の走行でも、約12~13周することができることから、日本人客の多くは1回で十分満足していたが、外国人客の場合、2回、3回と繰り返し乗車していくことが多かったからだ。
試験的に30分間走行のサービスを始めたところ、ほぼ毎日満枠になり、ニーズがあることを確信。さらに日本人客はまず走行練習をするのに対し、海外からの来場者は最初からレースをしたがる傾向があった。
そこで始めたのが「レースパック」だ。予選(10周)+決勝(20周)のフォーマットで本格的なレース体験ができ、実際のレースでも使われるトロフィーで表彰式+記念撮影もできる。オプションでスパークリングウォーターを購入すればシャンパンファイトも楽しめるなど、外国人客から好評を得た。
併せて、インバウンド集客の施策にも力を入れ始めている。ポイントは「来日後に知ってもらう機会を増やす」ことだ。例えば、シティサーキット東京ベイ周辺のホテルとの連携。周辺にはナイトタイムにエンタメ体験のできる施設が充実していないことから、外国人旅行者を取り込むのを狙う。
他にも外国人旅行者に人気の高いサービスとの連携も進めている。例えば近年、公道を走るカートがインバウンド需要に沸いているが、予約が埋まっており体験できないことも多く、そうした旅行者の取り込みも図る。
さらに、旅行代理店への働きかけも始めた。公益財団法人東京観光財団のイベントで旅行代理店にシティサーキット東京ベイを紹介する機会を得て、多くの旅行代理店との関係性を築くことにつながったほか、そうした旅行代理店には、個人の旅行や企業の報奨旅行(※)のパッケージツアーにシティサーキット東京ベイを組み込んでもらうよう協議している。
(※ 優秀な成績を収めた従業員を会社が招待する旅行。インセンティブツアーとも言われる)
旅行代理店と話している中で気付いたのが、同施設の屋内コースがある屋根付きの建物にニーズがあることだ。例えば、訪日外国人により日本を味わってもらうために、和太鼓を体験してもらおうとしても、ホテルの宴会場は騒音でNGになるが、同施設の屋内施設であれば、食事をしながら和太鼓を味わいつつ、さらにカートも楽しめる。こうしたニーズを掘り起こすことで特別な体験を提供していきたいと考えている。
今後、積極的に取り組んでいきたいと考えているのが、日本のIPコンテンツとのコラボだ。今年3月のフォーミュラE 東京大会で、トムスが来場者エリアで運営したキッズEVカートのコース上に、ポケモンをあしらったデザインを掲出した。
日本人も外国人も誰もが知るこのキャラクターを求めて、ポケモンファンが数多く会場を訪れた。インバウンドはもちろん、より多くの人とモータースポーツの接点をつくるための起爆剤として期待がかかる。
新たなモータースポーツ経済圏をつくる
今後の展望としては、国内外でシティサーキットの店舗を展開していくことを目標に掲げている。
国内においては、主要都市に東京ベイと同じ規模の直営店をつくりたいという。トムスは、全日本カート選手権EV部門を開催・運営しており、3年目を迎える今年はシティサーキット東京ベイでも選手権を開催した。
今後より多くの人に参加・観戦してもらえるよう、都市型レースが開催できるサーキット場を増やしていく。また、そこにも通えない人のためにフランチャイズで大型ショッピングモールの中に小型カート場をつくることも視野に入れている。
海外でEVカートの選手権を開催していくという野望もある。北米や欧州はモータースポーツの文化も興行も確立されていて新たに入っていく余地は少ないことから、狙いに定めるのはアジア・中東・アフリカ地域だ。
業界として未成熟でありながら、経済も人口も伸び盛り。上述のように日本のIPコンテンツとコラボできれば、北米・欧州に対抗できるような新たなモータースポーツ経済圏をつくるチャンスは十分にある。すでにいくつか具体的な話も進んでいる。
株式会社トムスのモビリティ事業本部 本部長で、シティサーキット総合ディレクターを務める井上貴弥氏は、こう話す。
「日本のモータースポーツ業界は団体もチームも収益づくりに苦心しており、いろんな人の負担でどうにか回しているのが現状です。だからこそ、この事業をビジネスとして成り立たせたいという思いが強くあります。インバウンドや海外進出を通じてあがった収益を還元して、多くの人たちが報われる業界にしていきたいですね」
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