【岡部恭英#1】欧州CLやELから浮かび上がる、欧州サッカーのビジネストレンド

進化を続けるスポーツビジネスにおいて、その牽引役の一つとして存在感を強めているのが欧州サッカー界だ。UEFAや各国リーグ、そしてビッグクラブは、いかなるグランドデザインを描き、どのような世界戦略を展開してきたのか。そしてJリーグや日本人ビジネスマンがさらに飛躍するために、真に求められる要素とは? UEFA専属マーケティング代理店TEAMマーケティングでアジア・パシフィック地域の営業統括責任者を務める岡部恭英氏が、最新のトレンドを全3回にわたって解説する。

「Money talks(資金力が物を言う)」という厳然たる事実

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表=Deloitte Football Money League2019を基に編集部作成

先日行われたUEFAチャンピオンズリーグ(CL)の決勝と、ヨーロッパリーグ(EL)の決勝は、現在の欧州サッカー界におけるクラブ経営のトレンドを如実に示す結果となった。

まずマドリードで行われたCLのファイナルでは、2年連続で決勝に駒を進めたリバプールと、初めて決勝に進出したトッテナム・ホットスパーが対戦。リバプールが久しぶりに欧州王座に返り咲いている。これに先立って、アゼルバイジャンのバクで行われたCLの決勝では、チェルシーとアーセナルというロンドンのクラブ同士が激突し、チェルシーが優勝を収めた。

このような結果から導き出せる1つ目の結論は、「Money talks(資金力が物を言う)」という事実だ。デロイト社による欧州サッカークラブ年間収入ランキングを見れば明らかにように、CLとELの決勝に進出した4チームは、いずれも年間収入ランキングで上位10位に入っている。しかも興味深いことに、それぞれ優勝を収めたのは収入ランキングが高い方のチームだった。

第7位:リバプール(CL優勝

第8位:チェルシー(EL優勝

第9位:アーセナル(EL準優勝)

第10位:トッテナム・ホットスパー(CL準優勝)

上記4チームを合わせた年間収入は、1億8,870万ユーロ(約2,300億円)に上る。先日Jリーグで史上最高収入記録を大幅に塗り替えたヴィッセル神戸の年間収入が100億円にも満たないことを考えれば、これらの額が如何に桁外れであるかが伺える。

たしかに年間収入ランキングで上位6位に入ったチームは、いずれも決勝に進出していない。その意味では、必ずしも資金力だけで勝てるほどサッカーは甘くないとも言える。しかしリバプールが2年連続でCL決勝に進出したことや、昨季の優勝チームであるスペインのレアル・マドリーが、世界一の年間収入を誇っていることなどを踏まえれば、潤沢な資金力がピッチ上の成績に好影響を及ぼしていると見て間違いないだろう。

ひときわ顕著なプレミアリーグ勢の優位性

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表=Deloitte Football Money League2019を基に編集部作成

CLとELのファイナルは2つ目の事実も示唆した。プレミアリーグ勢の影響力拡大である。両トーナメントの決勝が、イングランドのクラブによって争われるというのは史上初の出来事だった。現在の欧州サッカー界では、プレミアリーグ勢の一人勝ちと言えるほどの状況が生まれている。

プレミアリーグのクラブは、なぜそれほど勢いがあるのか。その理由は、上記の年間収入ランキングを見れば自ずと明らかになる。上位20位まで枠を広げると、イングランドのクラブチームがまさに「Money talks」を地で行っていることが理解できる。

・上位10位:60%(10チーム中6チーム)

・上位20位:約半数(20チーム中9チーム)

枠を上位30位まで広げても、プレミアリーグ勢の優位性は揺るがない。

・上位30位:約半数(30チーム中13チーム)

プレミアリーグ勢の一人勝ちを支えるビジネス構造

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Deloitte Football Money Leagueトップ20クラブの合計収入では、放映権料の割合が最も高い。図=Deloitte Football Money League2019を基に編集部作成

そもそもサッカークラブの収入は、基本的に下記の三要素分けることができる。

・Matchday(試合チケット収入)

・Broadcast(放映権料)

・Commercial(スポンサーシップ、物販、スタジアムツアーなど)

各要素のうち、一番大きな割合を占めるのが放映権料だ。その割合は、総収入の約半分に及ぶ。特にプレミアリーグの場合は、国内市場からの放映権料が、3シーズンで約1兆円と世界最高額を記録しており、各クラブに競争優位性を与えている。この圧倒的な放映権料が揺るがない限り、プレミアリーグが優位に立つ現状は継続していくかもしれない。

上位20クラブで「1兆円」の大台に乗った年間収入と、欧州サッカービジネスのこれから

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Deloitte Football Money Leagueトップ20クラブの合計収入は約20年で7倍となり、右肩上がりで推移している。図=Deloitte Football Money League2019を基に編集部作成

とはいえ、このような羽振りの良さはプレミアリーグのクラブチームに限った話ではない。事実、上位20位に入ったクラブ年間収入は、総合すると初めて1兆円の大台を突破している。デロイト社がマネーリーグの調査を開始し始めた1996/97シーズンに比べると、約20年で実に7倍もの成長を遂げたことになる。

おそらくこれから注目されるべきは、過去20年で急激な成長を遂げてきた欧州サッカー界が、今後どのように変化していくかだろう。

上記の図を見て気づかれた方もいるだろうが、近年は成長に鈍化の兆しが見られるのも事実だ。これはあくまでも推測に過ぎないが、将来的にはビジネスモデルに変化が求められるようになる可能性もある。

その理由として挙げられるのは、放映権ビジネスに変化の兆しが見られることだ。急成長を支えてきたような右肩上がりの伸び率が期待できなくなった場合には、クラブ収入を支える3本柱のうち、他の2つの要素が大事になる。

ただし、スタジアムの収容人数には限界もあるため、「試合チケット収入」が天文学的数字になることは予想しにくい。その場合、今後の成長に重要なのは「コマーシャル収入(=スポンサーシップ、マーチャンダイジングなど)」となるが、これもやはり短期間に急激に成長するとは考えにくい。今後の見通しについては、機会を改めて論じたいと思う。

Jリーグの新たな稼ぎ頭、ヴィッセル神戸の世界的な立ち位置

最後は、これらの分析を踏まえた上で、Jリーグの生き残り戦略を考えてみたい。

Jリーグがスタートしたのは、1992/93シーズンにプレミアリーグとチャンピオンズリーグが発足した翌年だった。今となっては信じ難いが、当時Jリーグのクラブ平均年間収入は、プレミアリーグを凌駕していた。

ところがJリーグは、過去20年で横ばいの成長にとどまったため、欧州サッカーとは大きな差をつけられてしまった。

例えばヴィッセル神戸は、約100億円(96億6,600万円)の年間収入を記録。2017年度に浦和レッズが記録した79億7,100万円を大幅に更新し、Jリーグ歴代最高額に達している。

ただし欧州サッカー界では、上位30位内のクラブでも1億5,000万ユーロ(約180億円)の年間収入を記録している。詳細な資料が手元にないため推測に過ぎないが、おそらくヴィッセル神戸の年間収入は、欧州では上位50位に入るぐらいだろう。

Jリーグの未来に向けた生き残り戦略を占う

放映権ビジネスのトレンドは世界共通のマクロ経済的な話であり、多かれ少なかれJリーグにも当てはまる。

今後、Jリーグのクラブが欧州の名門リーグのクラブと伍していくには、放映権ビジネスの伸び率が鈍化しつつあることを踏まえた上で、その他の収入を伸ばしていくことが肝要になる。

ヴィッセル神戸は、その点でいい参考にもなっている。海外のスター選手を多数獲得して、日本版「銀河系軍団」を創設。「試合チケット収入」や「コマーシャル収入」を急増させ、Jリーグからの放映権料の配当だけに頼らずとも、収入を増やせることを初めて証明したからだ。

むろんサッカーは資金力だけで勝てる訳ではない。だがヴィッセル神戸の例は、「安全・安定・安心」優先で、経営基盤が強固な代わりに発想が保守的で、ともすれば華に欠けがちな他のJクラブにとっても、大いに参考になるだろう。

一方、Jリーグのマーケティング戦略を考えていく際には、人口減少による国内市場の縮小も踏まえて、海外市場の開拓を視野に入れていくことが不可欠だ。この海外市場の開拓については、次稿で論じたいと思う。


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