今年2月に始まったアスリート向けのキャリア教育講座が、盛況のうちに幕を閉じた。15競技、34名のアスリートが受講し、3ヶ月間にわたって講義とワークショップを交えて自らのキャリアを見つめ直す機会を得た。講座で得たものや今後の展望について、第1期を受講したサッカー 宇賀神友弥選手、自転車競技 深谷知広選手に話をうかがった。
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「社会」を知らないことが不安だった
――まずは受講お疲れさまでした。それぞれ、どんな課題を持って講義を受けていたのでしょうか?
宇賀神友弥選手(以下、宇賀神):私はプロサッカー選手と並行して、サッカースクールとフットサルコートを経営しています。20社ほどのスポンサーについていただいているのですが、ほとんどが浦和レッズや自分の知り合いを通しての関係性で成り立っています。つまり、自分のテリトリーでしか活動できていないんですね。
サッカー界だけで育ってきたので「社会」を知らないですし、他業種の方と知り合う機会もありませんでした。アカデミーでは、実社会で活躍されている方々のお話を聞けて、とても貴重な経験をしました。
深谷知広選手(以下、深谷):私は高校を卒業してすぐに競輪学校に入り、そのまま選手になったので、宇賀神さんと同じように「社会」を知らないことが不安でした。実は、以前に自転車の部品を取り扱う会社を立ち上げたんですが、選手との両立ができなくて失敗してしまった経験があります。
現在はパリ五輪(2024年)への出場を目指しているのですが、その後数年すれば引退を迎えると思うので、セカンドキャリアの準備をしていきたいと思って受講しました。
実は今まで、同じ自転車競技の新田祐大選手にいろんな会社の方を紹介してもらう機会があったのですが、その場の会話についていけなかったんです。会話の内容がわからない場合もありましたし、何か言おうと思っても言葉が出てこないことも…。自分の瞬発力のなさを痛感しました。自分ではいろいろとインプットしているつもりだったんですが、アウトプットする場がなくて、本当の意味で身になっていなかったんですね。
宇賀神:そうですか? アカデミーでは自転車競技の人たちの瞬発力はスゴイなと思っていました。学ぶ姿勢が真剣だったし、何でも吸収してやろうという意識が強かったですよね。
深谷:新田先輩はすごかったと思いますけど…(笑)。私たち個人競技の選手に比べて、チームスポーツの人たちはコミュニケーションが上手だなと思いました。
宇賀神:そうかもしれませんね。戦術やプレーについて話し合うことが常ですからね。浦和レッズはメディアに取り上げていただくことも多いので、場数は踏んでいるかもしれません。
新しい出会いが意識の変革をもたらす
――アカデミーを受講して学んだことや、気付きを得たのはどんなことでしょうか?
宇賀神:講師を務めてくださった田中研之輔さん(法政大学教授)が提唱されている「プロティアン・キャリア」については、本も読みましたけれど、「自分でキャリアを構築していかなくてはいけない」というのが刺さりましたね。
現在、フットサルコートの経営だけでなくNPOの代表もやっているのですが、誰かに指示されるのではなく、自分で決断していくキャリアが向いているなと再確認できました。もちろん難しいこともあるのですが、それが楽しいし、なかなか経験できないことですから、チャレンジする価値はあるものだと思っています。
深谷:グループワークでパラ水泳の木村敬一選手と一緒になったことがあったのですが、そのときのテーマが「(抽象的な)絵に何が描かれているかを説明する」というものだったんです。木村選手は目が見えないですから、描かれているものをまず私たちが彼に伝えなくてはならない。そこで感じたのが、言葉で伝えることの難しさです。でも、こうした経験は、コーチングでの言語化に活かせるんじゃないかなと感じました。
普段一緒になることがない人たちと同じ課題に取り組むことで、大きな気付きがありましたね。このつながりを活かして、何かを生み出したいと思いました。自分の中でいろんな意識が変わってきて、コロナ禍で苦労している人たちのために、医療への支援も始めました。
宇賀神:私は、本を読むようになりましたね。これまでは、活字を見ると眠くなっていたんですけど(笑)、書店に行ってビジネス書や自己啓発の書籍を探しています。日経新聞を読むように、ともいわれたけど、まだ新聞は…。深谷さんは日経、読んでます?
深谷:読み始めました。今まではネットニュースしか見なかったですけど、日経を読むようになって、ニュースの結果だけでなく経過がわかるようになりました。
宇賀神:すごいなぁ。
深谷:アカデミーでは、テレビで見てきた選手と一緒に学びましたが、実は自分と同じような悩みを持っているんだということがわかって、とても励まされたような気がしました。「自分が整っていれば、揺るがない」という有森裕子さん(マラソン五輪メダリスト)の言葉にも感銘を受けたし、北野唯我さん(著述家・IT企業取締役)の、「スポーツは決められたルールで努力するものだけど、ビジネスはルールを超えた世界で戦うもの」という話にも、学びがありました。
それぞれ課題に活かせる気付きと学び
――アカデミーで得たことを、今後はどのように生かしていきたいと考えていますか?
宇賀神:私は、スポーツの価値を高めていきたいという大きなテーマを持っています。アカデミーでは、各競技の選手が集まっているから、その力を結集できると大きな力になるんじゃないかなと思いますね。
個人的には、地元にボールが使える公園を作りたいと思っています。実は、私の地元の埼玉県戸田市にはボールを使ってスポーツのできる公園がとても少なく、学校の校庭が放課後に使えないことも多いんです。子供たちがスポーツに触れられる場所を作ることで、競技の裾野を広げていきたいですし、日本人の運動能力低下も改善していければと考えています。
深谷:自転車の場合、誰でも乗ったことがあるのに、それが競技に結びつかないんです。競輪場は全国に43ヶ所ありますが、公営ギャンブルなので子供たちが気軽に触れられない。競技としての「KEIRIN」とギャンブルの「競輪」の区別が、一般の人に浸透していないという現実もあります。
宇賀神:競艇は「ボートレース」としてテレビCMも流れていて、イメージが変わりつつありますよね。競輪はトップ選手の獲得賞金はすごい額だし、職業としてはとても魅力的ですけどね。
深谷:実は、(オリンピックや国際大会など)国際規格に合った1周250mの屋内木製バンクが千葉にできて、新しい形の「250KEIRIN」がスタートするんです。競技としてのKEIRINの強化と、新規ファンの獲得のための取り組みですね。やるべきことはたくさんあって、まさに伸び代だらけ。アカデミーで学んだことをもとに、自分なりに貢献したいと考えています。
具体的にいうと、競輪の自転車の認定制度をスピーディーにしたいと思って、取り組みを始めています。競輪で自転車の仕様を変えようとすると、認定に1年くらいかかってしまうんです。その時間をできるだけ短くして、トップ選手の(一般向け)モデルを製作したりして…というように、メーカーとも協力して進めています。
宇賀神:スポーツ以外の活動では、自分が運営するNPOを通して「きみのてプロジェクト」という、ひとり親家庭支援を行っています。いわゆるフードパントリーといわれるもので、企業などから寄付される食料を、生活困窮者へ無料で配布するという活動です。多くの人たちに協力してもらっているんですが、深谷さんもぜひ。
深谷:もちろん!
「若い人こそアカデミーの受講を」
――競技とアカデミー受講の両立は大変でしたか?
深谷:やり慣れないことなので、「明日アカデミーか…」と、初めのうちは緊張しましたね。普段感じないプレッシャーを感じました(笑)。でも、他の競技のアスリートと会話できるのが、だんだん楽しみに変わっていきました。
宇賀神:そうですね。グループ分けの緊張感はありましたよ(笑)。誰と一緒になるのかなとか。それが、どんな人と話せるのかなと楽しみに変わりましたね。私はオンとオフの切り替えができるアスリートこそが成功できると考えているので、とても楽しく受講できました。
――アカデミーは、これから第2期がスタートします。受講を検討しているアスリートに、メッセージをいただけますか?
宇賀神:デュアルキャリアやセカンドキャリアに少しでも興味のある人は、ぜひとも受講することをおすすめします。決して大げさな言い方ではなく、人生が変わると思います。これまで出会うことのなかった講師陣や、一緒に受講する他競技のアスリートたちから、刺激を受けることと思います。
深谷:一生アスリートであり続けるけることはできません。いつかは競技に区切りをつけるときが来るので、その後の人生の準備をできるだけ早く始めるべきだと思います。そういう意味では、若い世代のアスリートにこそ、参加してもらいたいですね。いろんな視点を持つことで、スポーツのキャリアの成長にもつながるはずです。勇気を持って飛び込んでください。
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