非日常体験の提供で「磁場」になるクラブへ。アルバルク東京・林社長に聞く、クラブ経営のカギ

実業団トヨタ自動車バスケットボール部として長い歴史を持ち、実力面でも日本のバスケットボール界を牽引してきたアルバルク東京。日本初のプロバスケットボールリーグ「Bリーグ」の誕生とともにクラブに求められたのは、参入するクラブは独自の運営会社を持つという条件だった。初代社長の座に就いたのは、トヨタではなく新運営会社に株主として参入した三井物産出身の林邦彦氏。林社長が考える「クラブ運営のカギ」について語ってもらった。

前回:「選手とスタッフ、両方がいてこそのプロスポーツ」 アルバルク東京・林社長が語る、これからのクラブの人材戦略

生きた三井物産でのファシリティマネジメントの経験

「アルバルク東京の運営会社設立に当たって、私が勤務していた三井物産にパートナーとしての出資の打診がありました。三井物産が10%の出資をさせていただくことになったのですが、運営会社の社長はトヨタ社外の人材でという考えがあったようです。そこで私にクラブ運営会社の社長をという話になったのではないかと」(林氏)

バスケットボール界が統一されてのプロ化にあたり、クラブ運営のトップを社外に託すという方針を決めたトヨタは、パートナーとして広島東洋カープや中日ドラゴンズなどプロ野球団のスタジアム運営などで実績のあった三井物産を選んだ。

特にカープのホームスタジアム「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」を初期の構想段階からサポートしてきた成功例は、チームの立ち上げだけでなく、プロスポーツクラブの将来を見据えた選択のようにも感じられる。

「初めは迷いました。前職の三井物産フォーサイトでも、広島東洋カープの事業を担当したりして、スポーツはいつも自分の身近にあったのですが、クラブマネジメントの経験はゼロでした。もちろん不安もありました」(林氏)

ビジョンとプランを可視化 株主にとってすべては「投資」

トヨタアルバルク東京株式会社 代表取締役社長 林邦彦氏

「いまのところは、トヨタ、三井物産も初期投資として考えていてくれているんだと思います」(林氏)

元々の “オーナー”だったトヨタも、出資してパートナーになった三井物産も、クラブにとっては「株主」となる。スポーツの社会的価値に魅力を感じているとしても、収益性の高くない事業、先行きの見えない事業に資金を投下し続けることはできないだろう。

「チームの方向性には納得してもらっていると思います。クラブ運営の面では、まずは優勝という結果を出すことができました。2連覇、3連覇というように勝利を重ねていくことも重要ですが、勝つということにこだわらない、アルバルク東京ならではの戦い方、お客さんを魅了する戦い方を追求していきたいと思っています。プロスポーツは興行ですから、観客が魅力と感じるものを創り上げないといけません」(林氏)

株主を説得するためには、クラブの描くビジョンやプランを明確にする必要がある。

「このあたりは、投資先を探すのと一緒です。事業計画書を綿密に練って、投資家が『お金を出しもいい』と思えるようにしなくてはなりません。リターンのイメージがないところに、投資はしてもらえませんから。こちらが仮に『10出資して下さい』といったときに、『そのアクションプランであれば10ではなく15出しますから成功させて下さい』といってくれるような関係性を築くことが、私の役割になっていくのかなと思っています」(林氏)

アルバルク東京の長・中・短期のビジョンをクリアして、最終的に目指すのは「しっかり自分の力で自走できる組織」づくりだと林氏はいう。

「まず短期的には、チケットの有料率を上げることですね。2019-20シーズンは、入場者に対して81.1%の方が有料で来場していただけました。チームが魅力的な試合をして勝利を収めることで、チケットを購入して観にきていただけるお客さまを増やしていきたいと考えています」(林氏)

その先に見据えるのは都心への移転、東京を代表するクラブとしてのあり方だ。

「中期的には、都心型のプロスポーツチームを作り上げることです。2022-23年シーズンより都心にある代々木第一体育館をホームアリーナとすることから、東京の中心地でのプロスポーツチームならではと言われることができるように頑張っていきたいと思います。具体的にいうと、インバウンドのお客さまが、観光の中にアルバルク東京試合を観るというイベントを盛り込んでくれるといいなと。いわゆる『スポーツツーリズム』というものですね。これは長期的なビジョンともつながりますが、アジアなどをターゲットとして、よりグローバルな展開を目指したいということによります」(林氏)

海外市場も見つめるなど長期視点を持つ林氏だが、足元の課題への対応への言及も忘れなかった。

「そのために、長期的視点でサステナブル(持続的)なチーム運営をしていかなくてはなりません。私は『自走式運営』と呼んでいます。『専用アリーナ構想』も、そうしたものの先にあるといえますね。ただし、コロナ禍の中で、どのように価値提供していくかについては、今後の大きな課題になります」(林氏)

勝利を絶対条件に、魅力的な場=磁場をつくっていく

野球、サッカー、卓球・・・次々とスポーツのプロ化が実現して、観る人たちの目も肥えてきている。さらにはオリンピックも控え、アマチュアスポーツも多くの人の関心を集めていくだろう。

この環境下で、林氏がプロスポーツ経営の好例として挙げたのは、三井物産フォーサイト時代にスタジアムの建造と併せて “ファンが集まる場”としての価値づくりでもサポートした広島東洋カープだ。

「クラブとして継続していくには、リーグの中での競争に勝っていかなくてはなりません。プロは、絶対に勝利しなくてはならないんですよ。カープだって、僕が子どもの頃はリーグ下位が指定席でした。でもセ・リーグを3連覇して、スタジアムがお客さんで一杯になっている。今シーズンは低迷していますが…(苦笑)。クラブの経営には浮き沈みがあると思いますが、チームは絶対に勝たなきゃダメです。球場のアミューズメント化とはいっても、万年最下位だったらあんなにお客さんは入りません」(林氏)

チームの強化と運営の事業強化をともに成し遂げてこそ、「自走式運営」が実現する。勝利があった上で、その先に人々を引きつける「磁場」が生まれる。

「我々の持っているもっとも価値の高い商品は、選手個人ではなくバスケットボールの『ゲームそのもの』なんです。いくら良い選手を抱えていても、お客様を魅了するゲームができなければ意味がありません。材料や設備はいいけどアウトプットされた商品がダメだったら、商品は売れないのと同じです。持っているものを最大限活用して、いかに価値を提供できるかが重要なのです」(林氏)

選手やスタッフ、アリーナなどの設備すべてを使って、お客様が求める価値を提供するというのは、プロクラブであるアルバルク東京の責務であると林氏は考えている。

「ご家族連れで来場されたお客様がいたとしましょう。家族全員がバスケが大好きでアルバルクファンというわけではない場合もあります。ご両親がファンでも、一緒に連れてこられたお子さんは、試合に飽きちゃうこともありますよね。彼らを飽きさせないために、バスケットボール以外の魅力をアリーナで提供することも大切です。試合の前やハーフタイムでショーを展開したり、試合会場の外で参加型のイベントを実施したりして、開場してから閉場するまでの約4時間を、家族全員が『来て良かったね』、『また来たい』と思ってもらえるような非日常体験にしなければいけません」(林氏)

このスタジアムやアリーナのエンタメ化は、まさにさまざまなプロスポーツで試みられている流れでもある。

門外漢が感じたバスケットボールという競技の可能性

この職に就くまでは無縁だったが、林氏はバスケットボールという競技に、他のスポーツにないアドバンテージを感じているという。

「自分がやっていたサッカーを中心に野球やいろいろなスポーツを観てきました。バスケットボールはあまり観たことがなかったんですが、そのスピーディさに驚きましたね。攻守の切り替えが早く、得点シーンも多い。手を使ってプレーをすることで、これほど多彩なテクニックが見せられるのかと感心してしまいました。サッカーとは大違いです(笑)。得点が入りやすいというのは、それだけシーソーゲームになる可能性が高いので、観ている方もエキサイトしますよね」(林氏)

さらに、選手と観客の距離感も、その魅力の原因だと語る。

「試合が始まると『選手が近い!』と驚きました。展開が早いので飽きるヒマもないし、試合中に音楽が流れていて、MCが観客をあおる。これはサッカーでも野球でもあり得ないことですよね。この面白さは、観てもらえばわかるはずです」

林氏は、「ファンの皆さんにも自分たちがゲームをつくるプロデューサーの一人なんだと思ってもらえるようにしていきたいと思っているんです」とも語り、ファンも魅力あるゲームをつくる仲間の一員だとの考えを示す。

「最初は、観客のみなさんがどう応援していいかわからなくて、いわゆる『応援団』を入れるという話もあったんです。でも、私は反対しました。クラブから働きかけるのではなく、ファンの人たちが自発的に応援するスタイルをつくってほしいと思ったんです。おかげさまで、いまでは他を圧倒するような応援ができています」(林氏)

観客と選手の距離が近いだけに、悪意を持った人間が選手に危害を加えたり、試合を妨害するような懸念もゼロではないが、ルールでがんじがらめにしたり、ファングループを登録制にしたりするような施策は採りたくないと林氏はいう。

「これだけ近くで選手が観られるというバスケットボールならではの魅力を、守りたいんですね。それはファンのみなさんも同じだと思います。何か問題が起これば規制をかけられて、その特権が取り上げられてしまうわけですから。そうならないようにファンの間での自浄作用が生まれることもあるでしょう。みんなで一緒に楽しもうという雰囲気が、アルバルクのアリーナにはすでにあると思っています」(林氏)

代々木第二体育館をホームとした1年目、アリーナ立川立飛と駒沢オリンピック公園総合運動場体育館を使用した2年目、3年目も観客動員数は好調。4年目の昨シーズンは新型コロナにより途中で終了するも、平均入場者数は約2700人を超えた。

会場キャパシティに対する席の埋まり具合は、観客総数で上を行くクラブにも負けておらず、最初のフェーズとしては順調なスタートを切ったと言っていいアルバルク東京。5年目を迎え、次の「自走式」のフェーズに徐々に入る中、今度は自前のアリーナという新たな目標も見えてくる。

最終回となる次回は、引き続き林邦彦社長に、アルバルク東京の「夢のアリーナ構想」について伺う。


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