エイベックスのダンススクール、今後の鍵は「リアル+デジタル」。オンラインダンス育成アプリの本格提供で目指す「新たな市場」

日本のエンタメ界をリードするエイベックスが、これまで積み上げてきたノウハウと先端技術を組み合わせ、昨年10月にリリースしたのがダンスのスキルアップサポートアプリ「Dance COMMUNE」だ。3月には新型コロナウイルスの影響で学校の休校が広がったことを受け、周知を広めると、瞬く間にアプリ利用者を増加させた。エイベックスのダンススクール事業の展望について、アカデミー事業を統括する鎌田博氏と、新規事業担当でアプリ開発を取りまとめた星野拡氏に伺った。

試験導入を経て、ダンススクールで利用拡大

左から:エイベックス株式会社 新事業推進本部 新事業開発グループ チーフプロデューサー 星野拡氏、エイベックス・マネジメント株式会社 アカデミー事業グループ ゼネラルマネージャー 鎌田博氏。インタビューは3月に同社オフィスで行われた。

今年3月から政府の要請で行われた一斉休校。教育の現場はもちろん、各家庭でも大きな混乱をもたらしている。そんな中、自宅に居続けなければならない子どもたち向けに、各社ではオンラインコンテンツを提供する動きが活発化しているが、エイベックスはいち早く動いた企業の一つだった。所属アーティストのライブ動画を無料公開し全国の子どもたちにエンタメを届けると共に、運営するダンススクールに通えない生徒たち向けに、ダンスのスキルアップサポートアプリ「Dance COMMUNE」を広くリリースした。

「もともと2クラス約20人程度で試験的に運用していて、それを4月から徐々に広げることを考えていた中で、急遽不測の事態ですが新型コロナウイルスの対応に迫られました。臨時休校で家から出られず、スクールも休講になり満足な練習環境が得られない受講生に、少しでも家の中でダンスの練習を楽しんで貰えるようにDance COMMUNEを開放しました」と星野氏。

はじめの1ヶ月で、アプリが使えることを周知したエイベックスの直営スクールの生徒3,500人のうち、約1000人がダウンロード。外に出かけられず体を動かすことが難しい状況にいる子どもたちが喜んで使い始めた。もともと試験運用の時点で「アプリがあるおかげで、家で練習するきっかけになった」という生徒の声や、「自発的に練習するようになった」、「親子の会話が増えた」という親の意見が寄せられていた。今回それが多くの人に受け入れられたことについて、星野氏は「受講生のスキルアップをサポートすることが私たちの目指してきたことなので、自信にもなっています」と頷く。

このコロナ禍で休校対応を余儀なくされ、6月現在もスクールは休校が続く。そのような時期だからこそ、より「Dance COMMUNE」は生徒やその家族の助けになるだろう。またエイベックスでは3、4月と休校が2ヶ月続いたこともあり、満足のいく練習環境が得られない受講生たちのために、4月16日からは、ダンスやボーカルのオンラインレッスンも始めて生徒のサポートを進めている。

新たなアプリ開発のポイント

スマホファーストの利便性、そしてダンススキルを「評価」しスコア化できるのが特徴だ。画像提供=エイベックス株式会社

この「Dance COMMUNE」、何が画期的なのか?

ポイントは大きく2つだ。1つは、利用者が自分の持っているスマートフォンのカメラで踊っている姿を撮影し、その動画をアプリでアップロードするだけという利便性。もう1つは、動画解析や独自のデータ解析技術によって、その動画だけで「ダンスのスキル評価」を行ってスコア化までできることだ。2018年10月の研究開発の開始から2019年10月に試験導入するまで、1年以上の歳月をかけて開発してきた。

普通、人がダンスなど激しく動く姿を正確に捉えるには、特殊なセンサーカメラやマーカーが付いたスーツなど、特別な器具がないと難しかった。だがエイベックスでは多くの人が簡単に利用できるようにするため、当初から“スマホファースト”で解析することを目指した。これには技術パートナーのネクストシステム社が提供する、Webカメラだけで姿勢解析を行うAI骨格検出システム「VisionPose(ビジョンポーズ)」を応用している。

さらに動画から「ダンススキル」を正確に測るために、丸1年をかけて数えきれないほどのダンス・インストラクターをインタビューし、どのポイントを見たらスキルが測れるのかという仮説検証を繰り返した。アビームコンサルティング社との提携で、10人ほどの専属エンジニアが「ダンススキル」を定量評価する解析システムを作りあげた。

「動画解析でダンススキルの評価にチャレンジしているのは、日本ではまだ僕らだけだと思います」と星野氏は胸を張る。

アプリが活きるのは、「リアル」の場

優れた技術性能を持つ「Dance COMMUNE」。これを武器に今後はオンラインでの展開に大きく軸足を変えるのかと思いきや、エイベックスの考えは違った。

「私たちは今までオフラインでやっていたことをオンラインでとは考えません。リアルなスクールでしっかり練習できるという価値を提供しながら、オンラインでサポートする。そのようなツールがあることを強みとしたいと思っています」(星野氏)

ダンススクールを含むアカデミー事業を統括する鎌田氏も「例えば週1回のレッスンに行く子が、アプリを通して自宅で練習をしたり、親子のコミュニケーションが生まれたり、アプリ上で先生とコンタクト取れたりすることで成長率を高めていく。ここが一番期待したいところだし、私たちの狙いでもあります。教育ビジネスは生徒を成長させないことには、長いビジネスにならないですから。私たちが一番やらないといけないのは子どもを成長させること」と付け加える。

あくまで基本は子どもたちが通うスクールで、それを補完・支援するのが「Dance COMMUNE」であるという姿勢だ。

さらに星野氏は、「この2年くらいプロジェクトをやってきて気が付いたのですが、ダンスは人と一緒に練習する方がいいです。音楽に合わせてみんなで踊ったり、隣の子と息を合わせたり、お互いを意識しながら踊ると成長のスピードが早まっていく。極端な例で言えば、5Gが普及して先生がどこからでも映像でレッスンできるようになっても、生徒たちは一つの空間に集めたほうがいいと思っています」と見解を示した。

エイベックスが狙う「巨大市場」

もちろんオンラインの強みで、サービスの発展可能性が大いにあるのも事実だ。鎌田氏は「リアルのスクールで補えない点の1つは商圏です。リアルだと3キロ圏からせいぜい10キロ圏が(スクールに)通える距離。アプリだとフィールドが“世界”に変わる。ここに大きなビジネスの可能性があります」と語り、次のように続ける。

「私たちはオンラインでコンテンツを提供し、中国でビジネス展開をしていこうとしています。ダンス界はオンラインと親和性が低かったのでチャンスがあり、かつ同業他社にとってはきちんとしたコンテンツやアプリを作って海外に進出するというのは参入障壁が非常に高いですから」(鎌田氏)

この「参入障壁」について二人が指摘するのが、ノウハウ・ナレッジの「体系化」だ。エイベックスが長年にわたり組織的にダンススクールを運営してきたことで、社内にはダンスの指導・教育システムが培われてきた。

「中国で私たちが評価されているのは、仕組化されたカリキュラムをしっかり持っていることでした。日本式、エイベックス式のカリキュラムがいいよねというところで、引き合いがあります」と星野氏は自信を見せる。

鎌田氏も「トップのダンサーのレベルは、世界中どの国に行ってもあまり変わりません。ただ日本と中国で圧倒的に違うのが、指導メソッドが体系化されているかいないかです。日本は圧倒的に体系化されている。中国でも評価されている私たちがもっているカリキュラムなどを、ライセンスアウトしていきたいと思っています」と構想を語る。

現在は日本のみだが、当然将来的には「Dance COMMUNE」の海外展開も視野に入っている。エイベックスが海外、特にお隣の巨大市場である中国で戦う武器は十分揃っている。

現在エイベックスグループ全体に占めるアカデミー事業の売上は1.5%程度。「Dance COMMUNE」を活用した取り組みと、主に中国となる海外進出、そして現在はフランチャイズ校がない都市への国内展開という3本柱で、さらに引き上げグループ貢献を目指していると鎌田氏は話す。

エンターテインメント、そしてクリエイティブ産業を支えていく

ビジネス展開と共に、アカデミー事業の根幹の1つがスターの原石の発掘と育成だ。グループの中からアーティストを見つけ、育てるという機能が重視されてきたこともあり、エイベックスのアカデミーからは数多くのアーティストが輩出されてきた。

Da-iCEやlolといったグループは言うに及ばず、フィギュアスケートの紀平梨花や、その姉の紀平萌絵らはダンススクールの卒業生であり、さらにEXILEのTAKAHIROや三代目J Soul Brothersの今市隆二などもボーカルを中心にレッスンを受けていた。トップアーティストのバックダンサーや振付師などで活躍している人も多い。

卒業生の進路として、「(ダンスの)インストラクターは一番一般的ですね。アーティストのバックダンサー、ツアーダンサー、CMのキャストダンサー、CMやアーティストのステージの振り付け演出家などが次にきます。当然、一番狭き門ですがアーティストになるという道もあります」と鎌田氏は補足する。

ここまでなら想像がつくが、そこから先は今の時代ならではだった。

「今増えているのがダンサーを中心に“クリエイター集団”の会社を作ることです。映像制作やWEBデザイン、グッズデザインなど、自分たちで価値あるモノを生み出していく人たちです。企業とタイアップしてデザインしたシューズや帽子を作るとか、世の中にないクリエイティブを生み出しています。既存の“ダンスを踊る”といった職業だけでなく、新たな発想を持って価値を生み出しているダンサーが今後さらに増えていくと思います」(鎌田氏)

ダンスを通して、育んでいきたいもの

画像提供=エイベックス株式会社

急速な技術の進歩や社会の多様化により、これまでのように「明確な正解」というものがなくなってきている。それだけに、自ら何かを作り出すクリエイティビティやその基礎能力が重要となるだろう。その一助になるのがダンスなのかもしれないと二人は示唆する。

ダンスを通して情報感度が高くなると言うのは鎌田氏だ。「少し軽い言い方になりますが、(スクールの)生徒たちを見ていると、おしゃれになったり、異性にモテたり(笑)、洗練されていくのを感じていました。また、うちの娘は小学4年生になったのですが、暇さえあればYouTubeで洋楽アーティストを探しています。また真剣に動画を見て振付を真似しています。ダンスをやっていなければこうはならない(笑)」。大学まで体育会系で野球を続け、一時は高校野球の指導もしていた父は、愛娘がダンスを通して「流行を掴んだり、クリエイティブを育む感性が身についていく」のを感じているという。

星野氏は、運動的な側面を指摘する。いわゆる「運動神経」に関係すると言われるコーディネーション能力には7つの要素があるが、ダンスを通してそのうちの5つを育むことができるという。「論文などでも見かけますが、基礎運動能力としてリズム感を養っておくと将来的にあらゆるスポーツにいいと言われています」と星野氏は話す。

幼い頃からダンスを習うことで、情報感度を高めてクリエイティビティ―を育て、洗練されたセンスと鍛えられた運動神経で、正解がない世界を渡っていくというのは、子どもにとっても親にとっても魅力的な選択となるかもしれない。

今後のさらなる展開について尋ねると、星野氏は「ダンスは非言語のものなので、特に中国、そして世界に広げていくチャレンジをしたい」と改めて強調し、鎌田氏は「質の高いスクール展開をしていきたい。圧倒的な質の高さとスピード、成長度合いが実現できるスクールが、結果的に残って世界に羽ばたけるのではないかと思っています」と語った。

エイベックスは緊急事態宣言の解除を受け、7月上旬よりアカデミーを再開予定。今後は徹底した衛生管理とソーシャルディスタンスによるコロナ対応のスタジオレッスンに、アプリを活用したオンライン指導を組み合わせることで、「オフライン(リアル)+オンライン(デジタル)」のサービス提供を進めていく方針だ。

「Dance COMMUNE」や体系化されたノウハウなど良質のコンテンツを核にした新たな手法を武器に、2人の目線は国内だけでなく世界に、そしてアフターコロナの未来に向けられていた。

Dance COMMUNE https://dancecommune.com/

エイベックス・アーティストアカデミー https://aaa.avex.jp/