スポーツ産業が成長を目される中、アスリートのキャリア観と、企業とアスリートの関係性に大きな変化が訪れている。世界大手のコンサルティング会社、デロイト トーマツ コンサルティングのデジタル部門であるデロイト デジタルでは、スポーツ団体のDX、マーケティング支援などに取り組んでいるが、そのなかでアスリート人材として採用されたのが久古健太郎氏だ。
久古氏は東京ヤクルトスワローズで中継ぎ投手として活躍し、2018年、32歳の時に戦力外通告を受けて引退。翌年の2019年2月にデロイトに入社する。アスリートのセカンドキャリアとしては異色の経歴となるが、どのような経緯でコンサルティングという職種を選んだのか、そしてどのようなキャリアを目指しているのかをうかがった。
セカンドキャリアは「やりたいこと」でなく「できること」
――アスリートのセカンドキャリアが注目されてきていますが、久古さんは、現役時代に引退後のキャリアについてどのように考えていましたか?
久古健太郎氏(以下、久古):長い目で自分の生涯的なキャリアは考えていませんでしたね。ドラフトで東京ヤクルトスワローズから指名されたのは社会人野球でチームを移籍した年のことで、自分でも「本当ですか!?」と思ったくらいだったので。
プロ1年目は、とにかくそれまでやってきたことを出し切るつもりでやりました。2年目には、中継ぎ投手としてチームから求められていることを理解し、50試合登板、20ホールドという具体的な目標を立てて取り組んだりしました。
野球中心の人生を送ってきて、憧れのプロ選手となったからには、その世界で通用するかどうかの勝負でした。
――アスリートの全盛期は決して長くなく、いつかは競技から退く時が来るわけですが…
久古:引退後のキャリアについて考え始めたのは、自分のパフォーマンスが落ちて「引退」がちらついてきたころですね。ビジネス書を読んだり、社会の情報を気にしたり、「次」に備え始めました。
――セカンドキャリアとして一般的なのは、指導者としての道だと思うのですが、そうした選択肢は考えなかったのでしょうか。
久古:入団当初は考えていましたが、プロとしてのキャリアを重ねていくうちに考えが変わりましたね。自分のキャリアを長期的な視点で捉えたときに社会に出て新たなキャリアを築いていきたいと考えるようになったんです。
自分が「やりたいこと」を考えたときに、野球以上のものを見つけるのは難しい。そこで、自分が「できること」を目指そうと切り替えたんです。実際に社会に出て活躍されている先輩に相談したり、いろんな本を読んだりして、徐々に自分の気持を具体化してきました。
自分ができることを「コンサルティング」としたのは、野球を通して課題解決をすることに慣れていたからです。実は、学生時代から「野球ノート」というものをつけていて、毎日の練習での課題や気付きを書き留めていたんです。それを基に、自分のプレーを分析して解決していました。
――とはいえ、いわゆる就職活動というものは未体験だったわけですよね?
久古:一般的な就職活動は、したことがなかったですね。でも、コンサルという職種に決めていましたから、あとは自己分析とそのときの社会情勢を見渡して自分の方向性を出していけばよかったんです。そして、会社に入った後に「仕事でどんなことをやりたいか」というビジョンも作っていきました。
「結果を残す」スポーツとビジネスの共通点
――実際にコンサルティングという職業に就いてみて、スポーツとの共通点はありましたか? また、違っている点はどんなことですか?
久古:自分の裁量で「結果を残す」という点は同じですね。明確な数値目標があり、そこに向けて取り組んでいくというのは、スポーツもビジネスも共通です。
違うのは、アウトプットが「文字」だということですね。野球ではピッチングというパフォーマンスですが、ビジネスではコミュニケーションツールがメールだったり文書だったりするので、思いを整理した上で文字で伝えるというのが大きな違いです。慣れないことだったので最初は大変でしたが、徐々にアジャストしていきました。
いまの私は、土台作りの時期だと思っています。会社は初の“アスリート人材”としての期待をしてくれていますが、まだまだ応えられているとは思っていません。会社は学校ではないので、気付きを得たり、自ら学んだりすることでスキルを身に付けて、キャッチアップしていかなくてはなりません。
――ビジネスパーソンとしての現在の目標はどんなことですか。
久古:社内の役職として、マネジャーになることを目指しています。それ自体が目標というよりは、アスリートのキャリアチェンジの成功例として形を残したい。多くの経験をして自分自身のスキルをアップさせ、ビジネス人材としての価値を高めていきたいと思っています。
現在は、スポーツ領域のビジネスとしてサッカークラブのマーケティングを担当するだけでなく、官公庁や一般企業の支援も行ったりしています。スポーツマーケティングという専門性と、一般企業のビジネスもサポートできる普遍性を兼ね備えたビジネスパーソンになれるように、研鑽を積んでいます。
アスリート個人の意識だけでなく、環境を変えることが必要
――現在キャリアを築いている最中の久古さんから見て、アスリートキャリアに関する課題とは、どんなものがありますか?
久古:現役のアスリートは競技に集中するあまり、視野が狭くなってしまうのは仕方がないと思うんです。自分の「現在地」を客観視するのはとても難しい。だからこそ、キャリアについて周りのサポートが必要だと感じています。
私自身の経験でもあるのですが、現役中に次のキャリアを考えることが「逃げ」だと捉えられてしまいがちなんです。いま現在のパフォーマンスに集中すべきなのに、次のことを考えるのは何事かと。
――特に日本では、スポーツ選手に純粋さを求める風潮がありますから、セカンドキャリアやデュアルキャリアについての動きに批判的な目を向けられることがあるのかもしれませんね。
久古:生涯のキャリアについては、アマチュアのうちから考えておくべきだと思うんです。特に野球界は部活だけやっていればいいというような時代もありましたが、現役を終えた後のキャリアについても考えていくように指導していかなくてはいけないのではないのでしょうか?
現役アスリートはとにかく競技に対して一生懸命ですから、その個人に対して「意識を変えろ」と話しかけても、なかなか受け入れられないと思うんです。競技そのものを取り巻く環境を変えなくてはいけません。
最近は、セカンドキャリアやデュアルキャリアについて、いろんな方がメディアを通して発信してくれることも増えてきたので、それがスタンダードになってくれるといいですね。
個性を磨き、それを受け入れることで最良のキャリアが作られる
――現役のアスリート、そしてスポーツ界に対して、久古さんなりのアドバイスを送るとしたら、どんなことを伝えたいですか?
久古:私自身もキャリアの途中なので大きなことは言えませんが、アスリートのみなさんは、まだまだ自分の可能性に気づいていない人が多いと思います。スポーツを通して、練習を重ねることや自分を高めることはできているわけですから、後発的な努力でいろんなことができるわけです。
秘めた才能を持っているかもしれないのに、それに気がつかず、取り組んでいる競技以外はできないと決めつけてしまうのは、とてももったいないですよね。
一方で、受け入れる側はアスリート人材をひとくくりにしない方がいいと思います。競技によってもアスリートの特性はさまざまです。個人競技なのか団体競技なのか、また同じ競技でもポジションによって勝つためのスキル、求められる要素は異なります。当然のことですがアスリートも一人の人間ですから、考え方や性格は十人十色です。企業や組織の側は、その個性を受け止め、見極めていただけるとうれしいですね。
もちろん、アスリートの側にも努力が必要です。私の経験としても述べましたが、それまでとはアウトプットの手法が異なるので、それに順応しなくてはなりませんし、自分を客観視して自己分析していくことも欠かせません。双方が歩み寄ることで、よいキャリアが築いていけるのだと思います。
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トップアスリートから就職活動を経て、世界大手のコンサルティング会社、デロイト トーマツ コンサルティングへのキャリア・トランジション(転機)を果たした久古健太郎氏。野球選手として過ごしてきた時間で磨いた自己分析の能力と、社会の情勢を俯瞰する視点を持つことによって、新たなキャリアに挑戦中だ。
自身のスキルアップと同時に、アスリート人材としての社会的価値を築くことにも取り組んでいる。スポーツビジネスが進化する過程で、そこで活躍するアスリートのキャリアにも新しい価値が見いだされていくだろう。
■インタビューの模様はこちらから
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