昇格、そして総合型クラブへ、FC岐阜が考える「人」の重要性。宮田社長「今はレールを自分たちで敷きながら走る時代」

フロントスタッフの教育、そして現役選手のキャリア教育にも力を入れているFC岐阜。Jリーグのクラブとして初めて、HALF TIMEが展開する各教育講座を活用し始めた。プロスポーツクラブにとって「人材(タレント)」の重要性が高まるなか、取り組みを始めているFC岐阜の宮田博之社長と、クラブのパートナーにも就任したHALF TIME代表 磯田裕介​が語り合った。

外部の力を活用して人材育成を進める

――宮田社長は、スポーツクラブのトップとして、人材育成に関する課題感をどのように感じていらっしゃいますか?

宮田博之氏(以下、宮田):私はこれまでいくつかの企業の役員として勤めてきて、人事にも携わってきました。ここ10〜20年ほどで、企業における人材育成のスタイルが変化してきたと感じています。

かつて勤務していた会社では、社員一人ひとりと面談しながら「目標」を定めて、それを1年ごとの「契約」と見なしてお互いにサインをし、それを目指して働いてもらうというシステムを採用し活性化に役立ちましたので、これをFC岐阜のフロントスタッフに対しても取り入れています。

一方で、人材育成に関しては、外からの刺激が欠かせないと感じています。FC岐阜を取り巻く環境は、スポンサーや地元自治体、サポーターなど、当然のことながら岐阜県内が中心となります。限られたエリアで完結するのではなく、広い視野と多くの視点が必要ではないでしょうか。

磯田裕介​(以下、磯田):人材育成をプロに任せたいというのは、時代の流れとなっていますね。FC岐阜からは、フロントスタッフの3名の方にHALF TIMEのグローバルアカデミーを受講していただきました。

グローバルアカデミーは、世界中のスポーツの現場で働いているエグゼクティブからオンラインで学べる講座です。現在、スポーツビジネスの新しいトレンドは欧米から発信されています。私は、日本には固有の文化があるので、欧米のやり方をそのまま日本に取り入れるだけではうまくいかないと考えていますが、世界という広い視野でビジネスを考えることが重要ではないでしょうか。

宮田:初期のFC岐阜は運営規模も小さく、ご支援いただいている県・市や企業から、オール岐阜の出向体制で要職を担っていただいていました。14年経ってお陰様で人材も育ってきましたので、今では適材適所でローテーションも実施して、皆が年々成長しています。

右肩上がりの環境では、かつての企業は敷いたレールを一生懸命走っていればよかったのですが、変化の多い今はレールを自分たちで敷きながら走る時代です。つまり変化に応じて皆で考えながら即応していく時代であり、失敗を恐れず、積極的に手を打っていく時代です。

スタッフにはどんどん新しいことを提案してもらっています。ダメならやめればいいだけで、「責任は社長のオレがとる!」とハッパをかけています。スポーツビジネスは、これからの日本の産業のひとつになると思うんですよね。「失敗経験は各自の将来の宝として大切にしてもらいたい」とも言っています。今までは成功だけが重宝されてきましたが、これからは失敗からもっとたくさんの成功が生まれます。

チームの「新たな魅力」を作っていく

FC岐阜の宮田博之社長。2015年12月から運営会社である株式会社岐阜フットボールクラブの代表を務める。岐阜県出身。総合建設、不動産業業界での要職を経て、クラブの顧問を務めていた。

――クラブ経営としては、どのようなビジョンを持って取り組んでいますか?

宮田:まずはチーム強化をして収益を増大させたいと思っていますが、いきなりチームが強くなれるわけではないですし、チケット収入やスポンサー収益が増えるわけではありません。そこで、「強い」というだけでなく、事業領域を拡大させて、さまざまな面でチームの魅力を作りながら、お客様を増やしていきたいと考えています。

磯田:スタッフの方に目標を持って主体的に働いてもらう組織にしていくのは、どのように取り組んでいらっしゃいますか?最近のFC岐阜の選手補強を見ていると、早くJ2、そしてJ1に上がろうという意志が感じられますが…

宮田:現在FC岐阜はJ3にいます。J2時代は、なかなか上位に食い込むことはできませんでした。サポーターもスポンサーも、念願はまずはJ2に上がることです。お客様を集め、資金を集め、強くなってチームの魅力をアップさせる。この目標に向かってすべてのスタッフに動いてもらっています。

磯田:かつての最高位を越えていこうという意志が見えますね。

宮田:実は、今が最大の好機なんです。2020年は新型コロナウイルス感染症の影響でJリーグの降格がなかったので、2021年終了時にはJ1もJ2も下位4チームずつが降格し、J2とJ3のそれぞれ上位2チームが昇格することになります。ですので、J2リーグにはJ1から4チームが降格し、一方でJ3からは2チームが昇格します。大幅に入れ替わりますから、2022年のJ2は大変チャンスのある面白いリーグになります。

選手のセカンドキャリア、まずは意識づくりを

HALF TIME株式会社 代表取締役 磯田裕介。日系人材紹介会社に入社後、シンガポール、ベトナムに出向。その後スポーツ業界特化の英系ヘッドハンティング会社シンガポール法人に入社し日本事業を立ち上げ。2017年HALF TIME創業。

――FC岐阜では、現役選手もHALF TIMEのアスリート向けキャリア講座を受講していますね。選手のキャリアについては、どのようにお考えですか?

宮田:FC岐阜の選手は25〜26歳くらいが中心なんですが、将来にキャリアの終わりが必ず来ることがわかっていながら、日本人はサッカーの夢だけで、自分の長い人生の夢を持っていない人がほとんどです。一方で、外国人選手は、「将来は学者になる」とか「実家の商売を手伝う」とか、しっかりと次のキャリアの展望を持っている人が大勢います。

これは選手個人の問題というよりは、日本の文化的なものが影響しているのではないかと感じています。今やっていることに集中していないと、「裏切り者」と思われてしまう風土がありますよね。

磯田:そうですね。選手を取り巻く外部環境の整備が重要ですね。HALF TIMEでは、アスリートのキャリア教育のための講座を開設しています。

近年は、プロアスリートになるための学びを提供する機関は増えつつありますが、将来のキャリア形成について学ぶ機会はとても少ないんです。プロアスリートになってからも、自分の長期的なキャリアについては考え続けなくてはならないので、それを学んでほしいですね。

宮田:芸術家は歳を重ねることで表現に味わいが増していくこともありますが、アスリートは運動量の低下によってそうはいきません。私も折に触れて選手に話して聞かせていますが、外部から客観的に伝えてもらうほうが効果的だと思いますね。

磯田:FC岐阜からは4名の選手が参加してくれていますが、とても積極的です。「発信することが大切」というテーマを学んだらすぐにTwitterを始めるなど、学ぶ意欲のある選手に参加いただいていますね。

宮田:SNSはとても可能性のあるメディアですね。私も海外勤務のときに、いろんなコミュニティを経験しました。バックボーンの違う人たちとの交流が大切だと、身を持って学びました。

講座に参加した選手が、チームに戻ってから学んだことを広めてくれるとうれしいですね。資格を取得するとか勉強するとか、現役のときから次のキャリアの準備を始めておかなくては間に合いませんから。先日、かつてFC岐阜のプロ選手だった方とお会いしたのですが、現在は公務員として働いているということでしたが、とてもキラキラと輝いていてうれしく感じました。

磯田:スポーツを頑張ってきた人は、大きな力を秘めていますよね。それでもセカンドキャリアの問題がなくならないのは、アスリートが自身で納得し、覚悟を決めて次のキャリアを選択できていない方が一定数いらっしゃるからだと思います。自分を深く知り、世の中にどんな選択肢があるかを理解した上で、今後のキャリアの計画をして納得して歩んでいければ、セカンドキャリアでも成功していけるはずなんです。

宮田:お手軽な誘いでセカンドキャリアに進んでしまう選手が多いんですよね。だから「オレは、本当はサッカー選手なんだ」という意識を捨てきれずに働いてしまうんです。

磯田:確かに、アスリートの引退後の仕事探しで縁故による就職が多いのは調査でも出ています。私たちは、企業への啓蒙活動もしていこうと思っています。中途採用では、一定の職務経歴を求められます。でも、20代後半から30代の元アスリートには、職務の経験はないわけです。だから企業とのマッチングが極端に少なくなってしまう。

宮田:職務経験のない人材を採用することは、企業にとって冒険になるわけですよね。でも、3〜4年で追いついて、10年後には逆転してしまうことは十分あり得ますよね。野球で言えば甲子園を経験した人や目指した人は企業にとっては文句なしに魅力的な人材ですし、同様にJリーグに所属した人はそれ以上に魅力的な人材です。

磯田:その数年の間に元アスリートも一生懸命学んで、企業も育てる意識を持てば、将来的にWin-Winとなるはずですね。

総合型スポーツクラブへ 担う人材を育てる

――FC岐阜のクラブ経営に関して、将来のビジョンを教えて下さい。

宮田:いずれ「総合型スポーツクラブ」という形を模索しています。今は「フットゴルフ」も行っていますが、サッカーが安定したら、オール岐阜体制の下に、複数の競技チームのクラブになるべきだと思っています。競技が違っても、クラブ運営のノウハウは近しいものがあるので、シナジー効果を見込めると考えています。海外との提携も視野に入れているので、そうしたことを任せられる人材を育てていきたいと思います。

磯田:海外の事例などを参考に、それをローカライズして活用していくといいかもしれないですね。私たちもお手伝いしていきたいと思います。

FC岐阜は将来的なクラブ経営に関して明確なビジョンを設定し、スタッフと選手の育成に取り組んでいる。クラブ内だけでなく、外部の専門的な知見も活かしながら、効率的に進めている点が特徴的だ。FC岐阜のピッチ内外での動向に、これからも注目が集まる。