「目標を掲げ、夢を共有し、それを成し遂げる」 日本唯一のBMXプロチーム阪本章史代表が語る、競技の普及とチーム経営

オリンピック競技種目である自転車競技BMXレーシング。迫力あるレースが展開される競技の魅力と日本での普及、そしてプロチーム設立の想いから経営までを、北京五輪日本代表に選出された日本初のプロBMXライダーであり、日本唯一のBMXレーシングのプロチームである「GANTRIGGER(ガントリガー)」の代表を務める阪本章史氏に伺った。

「きっかけ」を作るプロチームに

GANTRIGGER代表の阪本章史氏。運営会社の株式会社GANalliance代表取締役を務める同氏は、北京オリンピックBMX日本代表のオリンピアンであり、日本自転車競技連盟のBMX委員会委員も務める。©Callais, Inc.

日本で唯一のBMXレーシングのプロチーム「GANTRIGGER」。チームを立ち上げたのは、本場アメリカのトップカテゴリー「AAPRO」で活躍した経験を持つ阪本章史氏。自身のレース活動における経験を元に、あとに続く才能ある若いライダーのサポートと育成を目的として、プロチームを発足させた。

BMXには大きく分けて、速さを競う「BMXレーシング」とパフォーマンスを競う「BMXフリースタイル」がある。BMXレーシングは8mもの高さに設置された「スタートヒル」というゲートから、最大8人の選手が斜度約35度の坂を一気に駆け下りてスタートする。最高時速は60kmにも達し、大きく起伏のあるコースで、ときに高々とジャンプをし、傾斜のついたコーナー(バーム)をクリアして約400m先のフィニッシュを目指す。転倒などの危険がつきまとうため、フルフェイスのヘルメットやゴーグル、手袋などで防護して競技を行うが、選手同士の接触があるコンタクトスポーツであることも特徴の一つだ。

「BMXを始めたきっかけは、友達に誘われて見たBMXのレースでした。『普段乗っている自転車があんなに飛ぶなんて!』と、日常慣れ親しんでいる自転車の中に、非日常が潜んでいることに衝撃を受けたんです」

BMXのレースは数十秒で勝敗が決する。そこではスタートが何よりも重要だ。

「スタートがコンマ1秒遅れただけで、肘1個分のディスアドバンテージになってしまうんです。レース中にその遅れを取り戻すのは、とても難しい」

阪本氏はこのスタートダッシュに極めて優れていた。

「そこで付けられたアダ名が、拳銃を意味する『GUN』をもじった『GAN』だったんです。拳銃から飛び出すタマのように、スタートを決めるという感じでね。そして、『TRIGGER』は拳銃の引き金のこと。転じて「きっかけ」という意味も持っているので、このチームが世界へ羽ばたくためのきっかけになれるように、という想いを込めました」

こう話す阪本氏は、チーム発足の想いについても明かす。

「BMXの本場であるアメリカでは、チームとプロ契約をしているライダーは当たり前の存在です。多くのチームが各地を転戦して盛んに活動していて、私もその中に入ってレースに挑んでいました。しかし、日本には選手とプロ契約しているチームは1つもなかったんです。私は18歳でプロとなって、成績を残すことで多くスポンサーを獲得することができましたが、残念ながら他にプロでやっていける選手はいませんでした。自分の経験をもとに、より多くの選手をサポートできるようにとプロチームを作ったんです」

「自転車の街」堺市 地元のサポートが大きな力に

画像提供=GANTRIGGER

GANTRIGGERが本拠地を置くのが、大阪府堺市。いわずと知れた「自転車の街」だ。シマノを始めとして、100年前から自転車部品の工場が多かった堺市は、「自転車のまち堺」として取り組みを進めている。その近隣である大阪府岸和田市には、GANTRIGGERのホームコースである「サイクルピア岸和田」がある。

「街なかにBMXコースがあるというメリットは大きいです。私をはじめ多くのライダーがBMXに魅せられたのは、実際に走っている光景を見たからです。信じられないくらいのスピードで、信じられないくらいのジャンプをする自転車を見ることで、幼い感性に火が灯ったりするわけです」

実はBMXライダーが競輪選手にもなっている例がある。古性優作選手は、2006年から2008年までBMX全日本選手権を3連覇した後に競輪選手へ転向している。

「BMXライダーはペダルを踏み込む力が強く、あらゆる自転車競技の中でも最大のワット数が高いと言われています。そのパワーを活かして競輪でも活躍している選手がいます。古性選手もこれからを期待されている一人ですね」

「自転車競技のなかで、唯一大きな「タテ」の動きがあるのがBMXなんです。これに幼少期から取り組むことで、バイクコントロールが身に付きます。ヨーロッパでは、小さなうちにまずはBMXを体験し、大きくなるにつれてさまざまな自転車競技へ転向していくという育成システムを実践しているところも多いんです」

日本でも、ストライダー(ペダルなしの幼児用自転車)が人気となってきたが、そこでレースを経験してもその先のステップアップが用意されていないという現状がある。

「日本には『ママチャリ文化』があり、いわゆるスポーツタイプの自転車に乗る機会がそれほど多くないんです。子供が成長するにつれて、荷物を乗せて快適に走れるママチャリに乗るようになってしまうので、自転車をスポーツと捉える目線がなくなってしまうのではないでしょうか?ヨーロッパにはママチャリタイプの自転車があまりないので、子供でも大人でも、移動するのにスポーツタイプの自転車に乗る機会が多くなります。自然と、自転車をスポーツとして捉えるようになるのではと考えられますね」

このあたりが、欧米における二輪文化に日本が追いつけない理由かもしれない。

「そういった意味でも、行政として自転車への支援を行っている堺市の存在は大変ありがたいです。岸和田市にしても、サイクルピアが駅のすぐ近くにあることで、多くの人にスポーツとしての自転車に触れてもらうことができますから」

オリンピック競技となり、認知度が向上

阪本氏はBMXレーシングがオリンピック正式種目となった北京2008大会の日本代表。BMX界のパイオニアだ。©Callais, Inc.

BMXレーシングは、北京2008大会からオリンピックの正式種目になった。しかし、BMXはまだまだマイナースポーツだといえる。

「オリンピック競技となって露出が増えたことは、大きなメリットがありましたね。私自身もオリンピックに出場することでスポンサーを獲得し、プロとして競技を続けてきました。しかし、もっともっとその存在を知ってもらわなくてはなりません。そのために、GANTRIGGERでは、世界チャンピオンを育てることを目標にしています。本場アメリカのプロツアーで活躍することもそうですが、ミドルレベルの選手層が厚いヨーロッパでのレースを選手に経験させ、実績を積ませることも取り組んでいきたいと考えています」

GANTRIGGERには、将来有望な選手が所属している。

「吉村樹希敢はオリンピック強化指定選手で、アジア選手権で優勝しています。BMX界の次世代を担うと期待されている島田遼選手は、日本自転車競技連盟強化指定選手で、2019年は全日本シリーズチャンピオンです。そして大きな期待をかけているのは、中学生の時からプロ契約をしている西村寧々花です。8歳でBMXに出会い、そのわずか3年後、小学5年生で日本代表に選出されるという逸材です」

爆発的な威力を発揮する脚力や類まれなるバランス感覚などを持つ彼女だが、阪本氏はその強靭なメンタルにも注目している。

「小さなころは、結果にとらわれない指導を受けていたようです。目先の結果に一喜一憂するのではなく、練習や実践を通して課題を見つけ、それに対してどのようにアプローチしていけばいいかという点に取り組んできたんですね。BMXは、スタートで勝敗の8割が決まるといわれています。西村選手は、そのスタートダッシュを最も得意としているんです」

「トップオブトップの競い合いの中では、技術以上にメンタルでの勝負が重要になります。速い、上手い選手はたくさんいますが、西村のように『強い』選手はなかなかいませんね。まだ高校生ですので、2020の次、2024パリ、そして2028ロサンゼルスオリンピックを照準に入れてレース活動に取り組んでいます」

アスリートとスポンサー サポートの意味

GANTRIGGERでは選手が積極的にスポンサー企業との取り組みに参加している。画像提供=GANTRIGGER

アスリートを取り巻く環境は、大きく変わってきている。学校教育の一環だった「部活」だけでなく、クラブチームなどでスポーツを始める子供たちも増えてきた。阪本氏は次のように話す。

「GANTRIGGERの役割は、有望なBMXライダーをサポートし、育成していくことです。すべてのアスリートは、自分1人だけでは競技を続けていけません。周りがサポートすることで、最大限のパフォーマンスを発揮できるようになります。幼少期には親がその役目を果たすこともあるでしょう。地域のチームに入れば、そこの指導者や近所の方たちが支えてくれるかもしれません。学校の部活動であれば、先生やコーチが指導してくれます」

「しかし、かつてのように学校の部活からしかスポーツ選手が育たないという時代でもありません。スポーツ環境の幅が広がることで、アスリートをサポートの方法も多様化してきています。プロ契約するアスリートも増えています」

欧米では、企業がマーケティングやブランディングの一環としてスポーツイベントやチームをスポンサードすることが一般的だ。有名なところでは、レッドブルなどが多くの若いファンを惹きつけるアクションスポーツにスポンサードして名をあげてきた。

その流れは日本にも訪れている。GANTRIGGERもいくつかの企業からサポートを受けているが、大手タイヤメーカーのTOYO TIRESもそのうちの一社だ。同社コーポレートコミュニケーション部の中村慶氏に話を聞いた。

「阪本さんから『TOKYO2020へ向けて時流を作りたい』というメールをいただいたのが、最初でしたね」

「北米では、当社のオフロード系の大口径タイヤがご好評をいただいています。大きなタイヤをしっかり真円を維持して回すというのは、実はとても技術力がいることなんです。このタイヤを履くのは、当地で若い人たちに人気のピックアップトラックですが、BMXのプロチームも、そこに自転車をのせて各地のレースを転戦して行きます。そういう意味で、BMXプロチームをスポンサードすることは、マーケティング的に見ても理にかなっているという判断でした」

中村氏はさらに、マーケティング以外のスポンサーシップのもう一つの役割についても言及する。

「世界に挑戦するスポーツチームを応援することで、実はインナーブランディングにも大きく貢献していただいているんです。社員向けのイベントに選手の方々をお招きするなどして、社内のブランディングにもご協力いただいています。サポートしているチームをただの『広告塔』として利用するというのではなく、困難なことにチャレンジする姿勢を学ばせていただいたりしながら、お互いに活用し合える存在であれたらいいなと考えています」

BMXの社会的価値を高めていく

阪本氏はチームだけでなく、BMXという競技自体の発展も見据える。©Callais, Inc.

スポーツは老若男女に響く、他には類を見ないコンテンツだという認識が浸透しつつある。その価値を発揮するには、競技性と社会性の両輪をいかに高めていけるかがカギだ。

「GANTRIGGERと所属選手は、多くの方々の支援をいただいて活動しています。その恩に報いるには、とにかくいい成績を残すことだと考えています。『世界チャンピオンを育てる』、『オリンピックで活躍する』といった目標を掲げ、サポートしてくれる人たちと夢を共有し、アスリートは全力でそれを成し遂げることが、最大の恩返しとなるのだと思います。認知度が上がることで、より支援の輪も広がっていくと思いますし、その結果が選手へのさらなるサポートにつながります」

最後に阪本氏は、他の競技を例に出しながら、BMXが目指すプロスポーツとしての姿について力強く言い切った。

「私はBMXの社会的地位を向上させたいのです。日本では、野球やサッカーがプロスポーツとして成功していますが、BMXにもそれだけの価値を持たせたいと考えています」


※中村氏の所属に関して「コーポレートコミュニケーション部」へ訂正しました[2020/7/6]