名門ユヴェントスは、なぜアジア市場で生き残ることができたのか。「48.5%」のポテンシャルと「アジア戦略」の全貌

かつて、海外サッカーの頂点といえば「セリエA」だった。中田英寿がジダンら擁するユヴェントスと対峙した時代、その白と黒のユニフォームは「世界最強」の象徴だった。時は流れ、世界の潮流はプレミアリーグへとシフト。海外メガクラブの多くはアジア進出を果たしたが、パンデミックを境に撤退したクラブもある。ただ、その逆風の中でアジア拠点で収益を過去最高にまで伸ばしたクラブが、ユヴェントスだ。

ユヴェントスのアジア太平洋地域マネージングディレクターのステファニー・チェン(Stephanie Chen)氏は、厳しいアジア市場をどう切り拓いてきたのか。その取り組みをスポーツビジネスカンファレンス「HALF TIMEカンファレンス2025 Vol.2 supported by アビームコンサルティング」で明かした。

なぜアジア?データが示す「48.5%」のポテンシャル

セリエA優勝38回と圧倒的な実績を誇るユヴェントス。ユニフォームに入れられた3つの星は、1つにつき「セリエA優勝10回」を意味し、「3つの星が付いているのはユヴェントスだけ。クラブが持つレガシーの証左です」とチェン氏は胸を張る。

その伝統を持つユヴェントスが、アジア市場を重視した理由とは何なのか。進出にあたってクラブは、主に2つの視点を評価したそうだ。

まずひとつは、「ファンベース」だ。ニールセンスポーツ(世界最大級のマーケティング調査会社)のデータによれば、全世界のユヴェントスファンの半数近く、48.5%はアジアに存在する。「これはファンベースの規模として十分な数字です」と、チェン氏。

もうひとつは「ビジネス」面である。長期パートナーのCygames(サイゲームス)は日本企業で、中国のGanten(ガンテン/ミネラルウォーターブランド)とは11年の関係がある。「これはアジアがビジネス面で成長の可能性があることを示しています」とチェン氏は強調する。

かくしてユヴェントスは、2019年12月に香港オフィスを開設。アジアでの活動を開始した。だが、そのわずか1ヶ月後、新型コロナによるパンデミックが始まったのだ。

ユヴェントス・フットボール・クラブ APACマネージングディレクター ステファニー・チェン氏(中央)

なぜユヴェントスは生き残ることができたのか?

UEFAの専属代理店、TEAMマーケティングでアジア事業を20年見てきた岡部恭英氏は、ひとつの問いを投げかける。

「欧州クラブはアジアに関心を抱き、次々と香港や上海などに進出した。しかし、特に新型コロナ後は撤退するクラブが増えた。“巨大なアジア市場”の幻想は、実際簡単ではなかったからだ。その中で、なぜユヴェントスは生き残れたのか?」

この問いにチェン氏は、クラブにゆるぎない信念があったからだと説明する。

「パンデミック後も私たちはコミットメントをやめませんでした。大小様々なイベントを開催し、昨年には新たな3ヵ年の『アジア戦略』が取締役会で承認されるに至った。ビジネスには一貫性と長期的なコミットメントが不可欠です」

モデレーターを務めた日本サッカー協会(JFA) エグゼクティブ・フェローの岡部恭英氏

アジア文化への理解も重要なポイントだ。広大なアジア地域は一括りにできないと考えたクラブは、以下の3ステップを策定。徹底したローカライゼーション戦略を展開した。

  1. Understand(理解:地域に対する知識を蓄積する)
  2. Invest(投資:実際にリソースを投じる)
  3. Implement(実行:市場に合ったアプローチを行う)

結果、ユヴェントスFCの香港オフィスは、開設から6年の今年、過去最高の収益を記録。財政的にも持続可能な状態を維持している。

エンブレムから「J」へ。ライフスタイルブランド目指す

ビジネスでの大きな成功要因のひとつに、ユヴェントスが仕掛けたリブランディングがある。2017年、クラブはロゴを伝統的な紋章(エンブレム)からアルファベットの「J」をかたどったものに変更。劇的な変化だったが、これこそがユヴェントスの転換点だったとチェン氏は語る。

「ロゴのリブランディングは、単に応援されるだけのサッカークラブではなく、人々の生活に溶け込む『ライフスタイルブランド』になるためでした。ラテン語でJuventusは“若者”の意。このグローバルメッセージを、アジアに向けてどう翻訳するかが私たちの仕事です」

ユヴェントスはロゴの変更も含めブランドのアイデンティティを大きく進化させた

ひとつのブランドとしてアイデンティティを持ったユヴェントスは、2024年、新しいメッセージ『WE ARE YOUTH Since 1897』を打ち出した。「Youth(若さ)」とは年齢のことではなく「精神」のこと。常に新しい文化を取り入れ、進化していく姿勢を表した。

現在、それに基づき各国で施策が展開されている。例えば日本では、若手書道家の原愛梨氏とコラボレーション。「シマウマ(クラブの象徴)」を書道アートで表現した。当初は日本向けのSNS施策だったが、そのクオリティがイタリア本国でも高く評価され、結果的にグローバルチャンネルでも配信。ファンがこのタトゥーを入れる現象まで起きたという。

他にも、ベトナムのラッパーとコラボ、中国では旧正月キャンペーン開催と、ローカル施策を続けている。「現地のカルチャーを尊重し、現地のクリエイターに投資することで、グローバルなブランド価値を高めていく。これが私たちのローカライズ戦略です」と、チェン氏は説明する。

重点市場の日本「日本人スタッフの採用も」

まさに「Youth」のパイオニア精神で突き進むユヴェントスは、引き続き意欲的な取り組みをアジアで行っていくという。なかでも日本は重点市場のひとつだ。

「日本でのパートナーシップ拡大に向けては、まず『なぜユヴェントスなのか』という価値を高めることが必要。そのために、現在日本市場に詳しい日本人スタッフの採用を進めています。私たちは日本に合わせたアプローチを採り、長期的に取り組むつもりです」(チェン氏)と、今後の展開を示した。

セッション内では、具体的な収益構造の変化や、コロナ禍を乗り越えたオフラインイベント事例、そして会場からの鋭い質問などもチェン氏が率直に答えている。

「サッカークラブのアジア展開」という枠を超え、ユヴェントスはいかにして世界的なブランドをつくりあげてきたのか。そのヒントが詰まったセッション全貌は、ぜひ動画本編で確認してほしい。

カンファレンス・アーカイブ動画

セッション「Deep dive in Asia - ユヴェントスが取り組むファンエンゲージメントとビジネス成長」のアーカイブ動画(全編ノーカット版)をご覧いただけます。以下のフォームからアクセスください(無料)。