2025シーズンのサッカーJ1リーグは、鹿島アントラーズが9年ぶり9度目の戴冠を果たした。就任1年目の鬼木達監督のもと、勝利のために試合終了の笛が鳴るまで走り続ける姿は、王者の名にふさわしいものだった。今季はクラブ史上最多のホームゲーム平均入場者数を記録するなど、ファン・サポーターの応援もチームを後押しした。
鹿島アントラーズはいかにしてこの熱量を醸成してきたのか? 同クラブでコミュニケーショングループ マネージャーを務める内藤悠史氏が、都内で開催されたスポーツビジネスカンファレンス「HALF TIMEカンファレンス2025 Vol.2 supported by アビームコンサルティング」で語った。
J1リーグV9とともに達成した、クラブ史上最多の平均入場者数
試合終了を告げるホイッスルが鳴った瞬間、スタジアムは歓喜と高揚に包まれた。シーズンMVPに選ばれたGK早川友基は大声をあげ、チームの象徴であるFW鈴木優磨は相手選手をねぎらった後、堅守を支えたDF植田直通と熱い抱擁を交わした。
この日、スタンドに集まったファン・サポーターの生み出した雰囲気は圧巻だった。その声援は、間違いなく選手に勇気を与えた。9年ぶり9度目となるJ1リーグ制覇に、ファン・サポーターの存在が必要不可欠だったことは疑う余地もない。
同クラブで広報・PR、オウンドメディア、コンテンツ等のコミュニケーション領域を統括する内藤悠史氏は、スタジアムに渦巻く熱狂についてこう語る。
「勝つと観客動員は確かに増える。でも、結果が伴わないときにいかに下支えできるか。勝ったときにいかにモーメントを逃がさないか。そこが我々の日々の積み重ねです」(内藤氏)
その言葉の通り、今季の年間入場者数は52万615人(1試合平均2万7401人)で、昨季から実に19%も増加し、クラブ史上最多のホームゲーム平均入場者数記録を更新した。
新規ファン獲得&育成を目的としたデジタル戦略
内藤氏が所属するコミュニケーショングループでは、新規ファンを獲得し、育成することをメインミッションに掲げて活動している。
ファン・サポーターを5つのセグメントに分類して、よりロイヤルティの高いセグメントへと誘導することを目的に、各セグメントに対してさまざまなコンテンツを展開する。
例えば、潜在層に対しては、いかにタッチポイントを増やすかにフォーカス。「アントラーズを知ってもらう、興味を持ってもらうきっかけは本当に何でもいい」と内藤氏が言うように、芸能人やIPとコラボしたコンテンツをTikTokやInstagramなどSNSで展開し、新しいファンの開拓を目指す。
ロイヤルティのライト~中間層に対しては、より深く興味を持ってもらうことを狙う。例えば、YouTubeで配信している「よくわかる!」シリーズでは、鹿島アントラーズがどんなチームか、ここまでどんな戦いをしてきたか、これから何に注目して見ればいいのか、時にドラマ仕立てに、時にラップにしながらわかりやすく伝えている。
「きっかけを持っていただけるタイミングは人それぞれ。どのタイミングでアントラーズを知っていただいたとしてもスムーズに(コンテンツの内容に)入ってもらえるように意識しています」(内藤氏)
中間~コア層に向けては、チームに密着したインサイドカメラで試合の裏側を届けるオリジナル映像「MATCH DAY」などのより深く掘り下げたコンテンツを展開。「試合の興奮を追体験することでより深くハマってもらう」(内藤氏)ことを目標に置く。
コンテンツ接触・消費におけるロイヤルティの最上位層は有料会員制サイト「FREAKS」に課金するようなセグメントで、選手・監督の独占インタビュー記事、トレーニングの様子、厳選オフィシャルフォトギャラリーなど、よりマニアックでディープなコンテンツを展開。満足度の向上をはかるとともに、収益にも貢献している。
入場者数増加のKSFは「日常でつながること」と「熱量の醸成」
セッションでモデレーターを務めた株式会社ヤプリ 執行役員CMOの近藤嘉恒氏は、入場者数を増加させるKSF(Key Success Factor:重要成功要因)として「日常でつながること」と「熱量の醸成」の2点を挙げる。
Jリーグクラブが年間に戦う公式戦の試合数は、国際大会を含めてもおおよそ45~50試合程度。年間にならせば1週間に1試合も無い計算だ。「だからこそ“非試合時間”のコミュニケーションが重要になる」と近藤氏が口にすれば、内藤氏も「試合が一番バリューのあるコンテンツなので、そこから逆算してどんなタイミングでどんなコミュニケーションを取れば熱量を醸成して試合を迎えてもらえるか、“タイムライン”を常に意識している」と語る。
また近藤氏は、「プロスポーツのマーケティングは、生活に“なくてはならない存在”になることが重要。ファンの楽しみ方は多様化していて、それに伴い知りたい情報も多岐化している。そこにどれだけ寄り添っていけるかが大切」と語り、鹿島アントラーズの取り組みを「コンテンツマーケティングの極み」と表現した。
「勝敗はもちろん、同じ感情を共有できるのがプロスポーツの醍醐味です。一般的にマーケティングというと、『観客を増やしたい』とか『新規層を取りたい』といった話になりがちですが、アントラーズはファン・サポーターの方々を“アントラーズファミリー”と呼んでいる。同じ感情を共有できる仲間、ファミリーを増やしていくことがマーケティングなのではないかと考えています」(内藤氏)
35年間変わることのない哲学「すべては勝利のために」
王座奪還を果たした鹿島アントラーズが来季、掲げる目標は何か。
一つは、「明治安田J1百年構想リーグ」制覇だ。2026年はJリーグのシーズン移行に伴い、2月から6月までのハーフシーズンで特別大会が開催されることが決まっている。あくまでも“特別大会”としてこれまでのリーグとは異なるものの、内藤氏は「最初で最後になるかもしれない1回限りの大会なので、優勝を目指したい」と意気込む。
8月に開幕する2026-27シーズンのJ1リーグ連覇、ならびに2018年以来となるACLE優勝も目標に掲げる。これまでにJクラブでJ1リーグとACLEの2冠を達成したクラブはなく、前人未到の記録に立ち向かう。
また、今季に続いて最多観客動員数の更新にも挑戦する。来季はACLE出場により平日開催の試合が増加すると予想されるが、内藤氏は「観客動員を考えれば大きなハードルとなるのは間違いないが、その中でいかに増やしていけるかというのは新しいチャレンジ」と意欲を燃やす。
鹿島アントラーズは来年、創立35周年を迎える。その中で、変わることなく追求してきたフィロソフィーが「すべては勝利のために」だ。選手、コーチ、フロントスタッフなど、クラブには実にさまざまな役割の人がいるが、「全員が常に勝利(優勝)から逆算した仕事ができているか、自分たちに問い続けている」(内藤氏)。
“常勝軍団”復権の、さらにその先へ。新時代を迎えた鹿島アントラーズの挑戦から目が離せない。
カンファレンス・アーカイブ動画
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※一部ライブ配信のみの箇所があります。悪しからずご了承ください。