スポーツ観戦の食・交通課題を解決へ――。料亭×スペースシェアが仕掛ける、ハンドボールでの新たな取り組み

スポーツ庁が2019年から展開するアクセラレーションプログラム「SPORTS BUSINESS BUILD」では、ハンドボールの現場へのサービス実装に向けて、4つのプロジェクトが昨年採択された。そのうちの一つが、料亭のフランチャイズとデリバリーを行う寿美家和久(すみやわきゅう)と、スペースシェアリングのサービスを行う軒先のコラボレーションによる、食と交通課題へのソリューションだ。今後の展開を、2社に聞いた。

元は老舗料亭。時代に合わせて進化してきた寿美家和久

スタジアムで美味しいものを食べられるのか?車で行きたいが駐車場は十分にあるのか?これらはスポーツ観戦に訪れる人にとって気になるポイントだろう。手に汗握る試合を観られるだけでなく、食や交通の利便性が高ければ、観戦者としては足を運ぶきっかけにもなる。しかし実際には、飲食が充実しておらず、駐車場のキャパシティも大きくないスタジアムも少なくない。

スポーツ観戦の食と交通の課題を解決する――。この核となるアイデアを、ハンドボールの現場で実現させていこうとしているのが、株式会社寿美家和久と軒先株式会社だ。両社は、それぞれのユニークな強みを生かすことで、顧客体験を向上させようとしている。

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Yuka Saeki
Director
株式会社寿美家和久 製造本部 取締役 製造本部長 佐伯有香氏

寿美家和久は元々、明治10年創業の老舗料亭である。

「三重県でお茶屋さんとして始まりまして、私の曾祖母が『これからコンビナートが発展していくので、お料理を出しておもてなしする場所が必要だ』ということで料理屋を始めたのがきっかけです。料亭というのは、特別な時に特別なお客様をご招待して、料理をお出しして喜んでもらうという、スペシャルな場所です。ですので、流通網を使っていい食材を調達し、鍛錬した職人が季節に応じた料理をお出しするということが特に重要です」

こう話す寿美家和久の佐伯有香氏は、製造本部 取締役 製造本部長としての肩書きだけでなく、若女将から転身した異色のキャリアを持つ。料亭という「非日常」を提供する空間は長い歴史をかけて地元の人々に愛されてきたが、一方で佐伯氏は業界の中で危機感も感じていたという。

「PRする力が料理屋にはあまりなくて、『知る人ぞ知るというのがいいんだ』、『宣伝をして色々な人に来てもらうより、昔からのお客様を大事にしよう』という考えが非常に強くありました。そのPR不足と不況が相まって、だんだん衰退してきてしまったのが現状です。食材や職人などすごくいいものを持っているのに、PRする力が不足しているというのは、どこの料理屋も一緒なんじゃないかと感じていました」

そうした中、リーマンショックにも重なる2008年に、寿美家和久はデリバリー事業を開始。その後全国の料亭のフランチャイズ化を推進し、現在約400店舗と提携することで、料亭の味をより多くの消費者に届けることに成功している。時代に合わせて、見事に業態を変化させてきた企業なのだ。

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Takumi Saito
株式会社寿美家和久 総料理長 齊藤巧氏

脈々と受け継がれてきた「伝統」という価値があるだけに、一歩踏み出すには勇気が必要だったはずだ。佐伯氏は、「昔からうちのことを良くしていただいているお客様から、『何でそんな安売りするようなことするんや』という言葉をいただくこともありました」とも話す。

現在、総料理長という立場で寿美家和久を支える齊藤巧氏にも、葛藤があったという。それでも、企業として革新を図ったことで新たな喜びも得られた。「より多くの人に料理を食べてもらえることがものすごく嬉しい。チラシも作るんですけど、それが全国に回るのはすごいなと思いますね。この会社にいなかったら、こういう経験はできなかったんじゃないかなと」と齊藤氏は相好を崩す。

佐伯氏も「今まで料亭を利用したことのない若いお客様だとか、それまで寿美家和久のことを全然知らなかったというお客様が、デリバリーのチラシを見て良さを感じてくださることがありました。それまで『あり得ない』と思われる取り組みが、新しい価値を生み出していくのかなという手応えは、その時に感じましたね」と語る。

国内シェアリングサービスのパイオニア・軒先

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Yota Hosojima
軒先株式会社 事業開発部 スポーツ・イベント担当 細島陽太氏

寿美家和久と今回の取り組みでパートナーを組むのが、軒先株式会社だ。事業開発部 スポーツ・イベント担当の細島陽太氏が、同社について説明してくれた。

「元々このシェアリングというのは、世界的に見るとAirbnbが最初だったんです。自分の部屋を他の人に貸し出すことのできるシェアサービスですね。その後、日本で最初にシェアリングサービスを手がけたのが、軒先です」

2008年に創業し、業界のパイオニアである軒先は、代表である西浦明子氏のアイデアがきっかけで生まれた。子育てをしながら仕事をしたいと考えていた西浦氏は、雑貨屋を開こうと計画。しかし、短期で店舗を借りることができなかった。その時、同様の悩みを抱えている人がいるのではないかと考え、短期でスペースを貸す『軒先ビジネス』を開始した。そして現在は、シェア型パーキングサービスの『軒先パーキング』も運営している。

では、スペースシェアリングとスポーツが、どのように関係するのか?

細島氏は、「スポーツや花火大会などのイベントの時に、軒先パーキングの需要がグッと上がるんです」と明かす。軒先パーキングは、個人や法人が所有するスペースを駐車場として貸し出し、ユーザーはインターネット上で事前予約ができるプラットフォームだ。遊休地の有効活用や駐車場混雑の緩和に期待が寄せられており、郊外にスタジアムが位置し、特定のタイミングで混雑が起こるようなスポーツとは、実は相性が良い。

もともと細島氏は大学時代にスポーツマネジメントを専攻しており、「マーケティングやスポンサーシップを通じ、どのようにスポーツがお金を生み出しているのかをメインに学んできました」と話す。当時からアルバイトしていた軒先で、就職活動中に代表の西浦氏に相談すると、「せっかく大学で専門的に学んできたスポーツを、軒先で活かしてくれないか」と話を受け、新卒で入社。現在はイベントの主催者と共に、駐車場の開拓やスペースシェアのPRを担当している。

こうして「社内にスポーツに詳しい人間がいなかった」(細島氏)というシェアリングサービス企業の軒先が、スポーツ領域に進出することとなる。

「食」と「交通」の課題。スタジアムで得た気づき

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Nagoya Grampus
寿美家和久は名古屋グランパスとスタジアムグルメの充実化で協業してきた。写真提供=寿美家和久

寿美家和久と軒先の2社は、これまでにもスポーツ領域での実績がある。寿美家和久は2018年、Jリーグの名古屋グランパスとスタートアップ企業を結びつけるビジネス交流会で、カップに入った和風弁当をスタジアムで提供するアイデアを提案。全国から集まった7社の中から最優秀賞に選ばれた。

4万人収容の豊田スタジアムにキッチンカーを出店し、『シャチカップ』や『グラカップ』と名付けた弁当を販売すると、開始から3時間で完売となり好評も博した。クラブから上々の評価を得る一方、佐伯氏はスタジアムでの食の提供について、さらなる知見を得るきっかけにもなったと語る。

「売り切れにはなったんですけど、隣で出店していた牛丼チェーン店さんには選手のカードが当たる付加価値の高い企画もありました。それから、(主食以外の)サイドメニューやちょっとした軽食もスポーツ観戦には必須で、用意しておかないとなと」

一方の軒先は、既にJリーグやBリーグの計10クラブと連携し、駐車場課題の解決に取り組んでいる。

「軒先パーキングはインターネット上で駐車場の予約ができますので、各スポーツクラブにはこのシステムを活用いただいています。どのクラブとも、来場者の利便性を図る取り組みをさせていただいています」と、細島氏は語る。

それでは、ユーザーの利便性を確保するために、軒先ではどのように駐車場を確保しているのだろうか?細島氏はこう説明する。

「クラブチームと連携しているというPRをさせていただき、スタジアム周辺の企業様や個人の皆様にチラシを配布するなどをして協力を募っています。『地域のスポーツを盛り上げるために、遊休地を駐車場として活用しませんか?』という発想ですね。

一方で、チームに駐車場を貸したいという法人様からお問い合わせをいただくこともあります。地元のクラブが駐車場に課題を抱えていることをご存知の方も多いんですね。普通の駐車場としては提供できる駐車スペースの数が多くないので貸せなかったけれど、10台など限られたスペースでも大丈夫であれば賛同したいという企業様は、結構いらっしゃるんですよ」

料亭とスペースシェア。2社の強みを融合させて

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2社が出会ったのは、今回の『SPORTS BUSINESS BUILD』がきっかけだった。どちらも相手の印象は良かったようで、軒先の細島氏はコラボレーションによる期待感をこう述べる。

「スポーツクラブと提携する際、駐車場プラスアルファで何かあったらというのは、営業をしていて常々思っていたことでした。今回、お弁当という華やかな商品とご一緒できる。軒先は駐車場を提供できて、寿美家和久さんは仕出し弁当を提供できますよとなったら、これはすごく面白いなと」

ハンドボールの競技者は、中学から高校の学生年代、社会人の実業団、そして日本代表と大きく3つのカテゴリーに分類される。身体に気を使う学生やアスリートに向けて、佐伯氏は、食事を通した栄養面で貢献していきたいと説明する。

「私たちは、栄養バランスの取れた食事として認証をいただいている商品があります。スマートミールというのですが、そういったものなど発育や身体づくりに適切なバランス弁当を提供したい。また、日本代表選手に監修いただくアスリートメニューや、地方食材を生かした料亭メニュー、キッチンカーでのお食事の提供もやっていきたいと考えています」

さらに寿美家和久は、食だけではないプラスアルファも狙っている。

「アスリートメニューなどの商品を通じてハンドボールのトップ選手の認知度を上げたり、食事の提供という接点で選手のカードなどを来場者にプレゼントすることもできますよね。ハンドボールに直接的に興味はなくても、イベントとして楽しんで来てくれるようなお客様、ライトなユーザーも取り込んでいければと思っています」(佐伯氏)

細島氏は、「学生の大会に選手の親御さんがいらっしゃるので、朝から駐車場を押さえたり、お弁当を作ったりとすごく負担がかかるというお話を聞いていました」と、ハンドボールの競技場が抱える課題を聞いたという。その上で、「軒先としては、会場近くの駐車場を予約制として提供できれば、親御さんの負担が軽減されるのではという思いがあります」と、自社の強みを生かしたアプローチ方法を語った。

来たる3月には、東京・駒沢体育館で国内ハンドボールのトップリーグ「日本ハンドボールリーグ」のプレーオフ大会でが開催される。そこで、2社によるコラボレーションが実現する予定だ。寿美家和久はキッチンカーを5台体制で用意し、食事の充実化を目指す。

軒先も駐車場の確保に動き出している。駒沢公園は体育館だけでなく陸上競技場など様々な施設があり、場合によっては各種イベントが同時に開催される。「駐車場もそれほど多くないので、車での来場者で争奪戦になるんです。そのため私たちとしては、近くの遊休地を駐車場として募ることになるのですが、今回のハンドボール協会との取り組みを周知して、地域の企業さんなどに、『この日だけ貸してください』と、まずは短期で契約をさせていただく取り組みを始めています」と、細島氏は言う。

すでにスポーツ領域で実績のある、寿美家和久と軒先。佐伯氏は「選手だけでなく、周りをサポートする人たちも一致団結できるので、関わっている人みんなが幸せになれるのがスポーツ」と述べると、総料理長の齊藤氏は「無限の可能性がある」とも口にする。細島氏は、「地域を元気にするだけでなく、日本の経済を回すことにもつながる」と語るなど、スポーツの持つ力について話が及ぶと、皆が頷くこととなった。

ハンドボール、ひいてはスポーツが持つ魅力が少しでも多くの人に届くよう、寿美家和久と軒先は、それぞれの強みを融合させたサービスを提供していくつもりだ。

スポーツ庁によるアクセラレーションプログラム「SPORTS BUSINESS BUILD」では、2月18日(火)に、各採択プロジェクトの進捗報告の場として「DEMO DAY」を開催する。同庁が主催するセミナー及び交流会「Sports Open Innovation Networking」の一部として開催されるもので、寿美家和久と軒先もプレゼンテーションを行う予定だ。詳細は、こちらのWEBサイトから。