ラグビートップリーグ2021シーズンが、1月16日に開幕する。昨シーズンは新型コロナウイルスの感染拡大により第11節以降の試合が中止。ラグビーワールドカップ2019日本大会の盛り上がりを受けてトップリーグの人気も高まっていた矢先、選手をはじめ多くの関係者に甚大な影響が出てしまった。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。「#ラグビーを止めるな」のキーワードのもと動き出したのは、元ラグビー日本代表主将の廣瀬俊朗氏だ。その想いから日本ラグビーの展望までを、前後編の連載で伺う。(聞き手は小林謙一)
未来ある選手たちのために、自分たちのできることを
――多くのスポーツが止まってしまっていた状況で、「#ラグビーを止めるな」に参画しようと動き出したきっかけとは、どんなことだったのでしょう?
廣瀬俊朗(以下、廣瀬):高校生が自分のプレーをアピールする場が失われてしまい、リクルートする大学側も困っているということで、誰かが動かなくてはならないという野澤武史さん(一般社団法人スポーツを止めるな 代表理事)の考え方に賛同して「できることをやらせてもらいたい」と思ったからです。
ラグビー界では、2020年3月の全国高校選抜大会が中止になった。この大会は、高校の新3年生がその力をアピールする場で、多くの大学のリクルーター(スカウト担当)が集まることでも知られている。元ラグビー日本代表の野澤氏は、日本ラグビー協会でリソースコーチを務め、若手選手の発掘と育成に力を注いでいた人物で、多くの大学関係者から「いい選手を知らないか」と相談が持ち込まれたという。
そこで、仲間に声をかけツイッターに「#ラグビーを止めるな2020」とハッシュタグを付けて自らのプレー動画をアップする取り組みが始まった。廣瀬氏のリツイートがきっかけとなって、数万回再生されたものもあったという。実際に、動画がきっかけとなって大学進学が決まった例もあり、取り組みは他のスポーツにも派生していった。
ソーシャルメディアで始まったムーブメントは、現在、一般社団法人スポーツを止めるなが設立されるまでに至っており、廣瀬氏は共同代表理事を務める。
――今後も、「#ラグビーを止めるな」では、選手のスカウティングに取り組んでいかれるのでしょうか?
廣瀬:「スカウティング」というと選ぶ側のスタンスになってしまうので、選手や学校が意思表示をして、それを取り上げていくという取り組みにしたいと考えています。マッチングのキッカケを作れるといいと思っています。
選手側は自主性を持たなくてはならないと思うんです。さらには、メディアリテラシーやリーダーシップなどの学校教育ではなかなか時間を避けないことのサポートもできたらと思っています。その先に、スポーツの価値を上げていくことにつながっていきます。最終的には自分たち次第で、誰にでもチャンスがあるという社会を実現させていきたいですね。
――学生たちを教育しつつ、スポーツにおける課題解決にも取り組んでいこうと。
廣瀬:現状でも学校の先生たちも取り組んでいらっしゃるので、先生方と連携しながら進めていきたいですね。学生に対してもティーチングではなく、あくまでディスカッションしながら僕らなりの考え方を提示するぐらいがいいと思います。何かを解決ということではなく、あくまで「よりよく」していくムーブメントです。それが、スポーツ選手から他の学生にも波及してってくれたらうれしいですね。
「#スポーツを止めるな」の動きは、ラグビーとバスケットボールに始まり、ハンドボール、バレーボール、野球、サッカー、柔道、チアリーディングなど、他のスポーツにも広がっていった。そのムーブメントは大きなうねりとなり、廣瀬氏がスポーツ庁を表敬訪問して鈴木大地長官(当時)に活動報告を行うまでになった。
――「#ラグビーを止めるな」のムーブメントは、他のスポーツへも広がっていきましたが、廣瀬さんとして何か働きかけはあったのでしょうか?
廣瀬:仲間に声をかけました。彼らも、アスリートとして誰かに引き上げてもらった経験があるんです。だから、自分たちにできることをしようと動いてくれたんです。この機会に横のつながりができたことは、大きな成果でしたね。競技を超えてつながったことで、それぞれの種目の特徴がわかりましたし、それぞれの素晴らしさを理解することもできました。今後、スポーツの価値を高めていこうという動きに、いい影響を与えてくれるかもしれません。
現在、「#スポーツを止めるな」には、柔道オリンピック金メダリストの野村忠宏氏が競技横断プロデューサーとして、また元バレーボール日本代表の大山加奈氏や元ラグビー日本代表でヤマハ発動機ジュビロの現役プレーヤーである五郎丸歩選手などが賛同者として参画している。
勝負のシーズンとなるトップリーグ
コロナ禍の中で多くのスポーツが止まり、そして再開されている。ラグビーでは、国内最高峰リーグのトップリーグ2021シーズンが2021年1月16日に開幕。新リーグが2022年1月にスタートする構想が掲げられ、現行のリーグは最後のシーズンとなる。
2021シーズンは、1stステージと2ndステージに分けて行われる。1stステージは16チームを2カンファレンスに分けてリーグ戦を行い、2ndステージでは下部の「チャレンジリーグ」の上位4チームも加わって、計20チームを4プールに分けてプール戦を行う。その後、各プールの上位チームによるトーナメント形式のプレーオフで、年間の優勝チームが決定する。
ラグビーというスポーツにとって、2019年のワールドカップの盛り上がりは人気を高める最大のチャンスだった。いわゆる「にわかファン」と呼ばれるライト層を、確固としたファンとしてつなぎとめるには、続く2020年のトップリーグにかかっていたのだ。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で、その機会は失われた。
――ラグビーとしては、2019年のワールドカップの成功を受けてトップリーグの人気拡大が期待されていただけに、とても大きな損失でした。今後トップリーグを盛り上げていくには、どのような取り組みが必要でしょうか。
廣瀬:ずっと公式戦がなかったわけですから、選手はとてもモチベーションが高いと思います。2021シーズンは、海外のトップ選手が多数参加しているので、リーグとしてはとてもおもしろいものになるでしょう。トップリーグをきちんと事業化していく取り組みも少しずつ進んでいますから、チームがどのように働きかけしていくのかが大事になってきます。
2022年からを予定する新リーグは、トップリーグ16チームにトップチャレンジリーグの9チームを加えた25チームを3つのディビジョンに分けて運営される予定だ。
――新リーグについては、どのようなお考えを持っていますか?
廣瀬:3つのディビジョンに分けるということですが、一番上のディビジョンにだけ注目が集まってしまって、その下の2つのディビジョンが盛り上がらなくなるのが心配ですね。どのように収支のバランスを取っていくのか重要になってくると思います。
これまでトップリーグのチームには「ホームグラウンド」という意識が希薄だった。チームの本拠地が置かれていたり、練習グラウンドがある「地元」というようなものはあったが、プロ野球やJリーグのように、明確に「ホーム&アウェイ」といった概念はなかった。
廣瀬:新リーグでは、各チームが「ホストエリア」を決めることになっています。JリーグやBリーグでは、地域に支えられて成功を収めているチームも数多いので、ラグビーでも同じような取り組みが必要になってきますね。
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高校ラグビーから始まった「#ラグビーを止めるな」のムーブメントは、多くの支持を集めて他競技にも広がる。そしてトップカテゴリでは、「最後のシーズン」となる2021年のトップリーグが間も無く開幕。後編では変わりゆく日本ラグビー界の現在と未来について、引き続き廣瀬氏に伺う。