全日本柔道連盟(全柔連)が、4月29日に日本武道館で行われた全日本柔道選手権大会の「裏側」に密着したドキュメンタリーを初めて制作した。全柔連公式YouTubeチャンネル「全柔連TV」で29日から見ることができ、現在は予告動画を公開中。試合だけでなく選手が大会に臨む様子も描かれるなど、柔道界にとっては新たな試みになる。昨年10月から全柔連のチーフ・ストラテジー・オフィサー(CSO)として柔道界のブランディングを推進する井上康生氏に、取り組みを聞いた。
「柔道の価値を体現していく」
――ドキュメンタリーを制作するに至ったきっかけは。
今回のドキュメンタリーは、大会や試合の映像を通してだけではなく、選手のたくましさや闘う姿をより広めていきたいというのが背景にあります。全日本選手権はまさに日本柔道の原点であり、武道の原点。日本で始まった競技だからこそ、大会自体や日本人柔道家が「柔道の価値」を体現していくことが、今後の柔道界には重要だと考えました。
――全日本選手権の特徴を改めて教えてください。
全日本は階級がなく無差別というのが特徴の大会で、「唯一無二」です。日本に9つある武道のひとつとして、真に「相手を制する」ということを極めることとも言えます。
例えば大会には、160kgを超える選手もいれば、60kg級の選手もいます。体格差のある選手が同じ舞台で戦うのはスポーツとしては「非合理的」かもしれませんが、それをあえてやるのが全日本なんです。この伝統と独自性は、全日本だけが持つ価値、魅力です。
私自身も、過去の偉人たちがつくり上げてきた歴史や伝統に名を刻むという意味で、全日本チャンピオンになることに重きを置いて活動してきました。実際に大会で優勝してからは、柔道界の重責を感じるようになったんです。
※井上氏は2001年、当時全日本3連覇中だった篠原信一氏を旗判定で破って初優勝。両者ともに100kg超級とはいえ井上氏は100kg、篠原氏は130kgと大きく差があった。
「柔道」のブランディングに取り組む
――現在CSOとしてブランディングを推進しています。柔道界にどのような課題を感じていますか。
柔道界は競技を「する」側の視点を持つことは得意でしたが、今後発展していくためには「見る」人を増やすのも重要ですし「支える」視点も必要不可欠です。この2つの視点の強化をしていきたい。
例えば「する」という視点では、トップを目指すカテゴリーのほかに柔道をレクリエーションとして楽しんだり、子どもがこころと身体を鍛えられるような新たな関わり方があってもいい。そのためには、「厳しそう」「怪我が多い」という印象を払拭したり、一度スポーツを離れた方も生涯スポーツとして楽しんでもらえるように、柔道界が総合的に発展していかなければいけません。
――ここ数年では、コロナ禍で世の中の環境、人々の生活が大きく変わりました。
デジタルは柔道の魅力を広める大きな力になっていくでしょう。コロナ禍にオンラインで何かを見ることに慣れてきた方も多いと思いますが、家にいても会場にいても、同じように一体感を感じられる世界が間近に迫っているのではないでしょうか。
「メタバース」という言葉も聞かれるようになりました。これまではテレビやパソコンでスポーツを見ることで、私も心が揺さぶられたり、自分自身の成長につなげることができました。現在、デジタル環境は急激に整ってきています。これらをスポーツの発展に使わない手はありません。
私はもともと、「良いものはどんどん取り入れたい」という考えなのですが、社会のニーズを敏感に捉えて対応することが重要です。それは、私たちの究極の目的である「スポーツを通じて社会に還元する」ことを達成する、ひとつの手段なのではないかと思います。
――最後に改めて、ドキュメンタリーの見所は。
全日本選手権は、柔道界ではオリンピック、世界選手権と並ぶ3大大会のひとつです。前回優勝の太田(彪雅)選手、リオ・東京五輪男子73kg級金メダリストの大野(将平)選手、ベテランの羽賀(龍之介)選手、今年優勝した若手の斉藤(立)選手など、全国で激戦を勝ち抜いた選手が一堂に会す、素晴らしい大会です。
選手の「裏側のドラマ」が人々の心を魅了するということも、たくさんあるんじゃないかと強く思います。スポーツは単に戦うだけの世界じゃありませんから、さまざまな魅力を感じてほしい。ぜひ選手たちの姿を見て、そして今度は試合を生で見にきてほしいと思いますね。
ドキュメンタリー『- story - 令和4年全日本柔道選手権大会』は5月29日(日)19:00から全柔連TVでプレミア公開される。予告動画を見るだけでも、選手の緊迫感が伝わってくるだろう。
■予告動画
プレミア公開は5月29日(日)19:00。お見逃しなく!