アスリートが競技を通して身につけたスキルやメンタル・タフネスは、実は社会に出てからも大いに活用できるもの。しかし、引退したアスリートが次のキャリアを築くのに戸惑ってしまうことが多いのが実情だ。その課題に対しきらぼし銀行は、今年3月、包括連携協定を結ぶ中央大学で特別セミナーを実施した。対象は同大学の学友会体育連盟に所属する学生で、講師にはアスリート向けのリーダーシップ教育を行う一般社団法人APOLLO PROJECTを招いた。
同団体は、アスリートの未来を切り拓くための学びと機会を提供することを目指して、元プロサッカー選手の山内貴雄代表理事のもと、元ラグビー日本代表の廣瀬俊朗氏も専務理事に就き、アスリートに向けたキャリア教育やマインドセットプログラムを提供しており、きらぼし銀行は同団体設立後初の法人パートナーとして協賛している。 今回のセミナーは、講師が一方的に話す講座形式ではなく、グループを作って学生同士がディスカッションしながら進められる形式で、コロナ禍でリモート授業も多い中、「久しぶりに新しい人と顔を合わせた」という言葉も聞かれた。
スポーツを通して考える「セルフリーダーシップ」と「キャリア」
最初のセッションの講師は、学生の頃から日本代表まで、自身のラグビー人生の各年代でリーダーを務めてきた廣瀬俊朗氏。東芝ブレイブルーパス、そして日本代表でもキャプテンという重責を担ってきたトップアスリートだ。現在は、自身の会社を立ち上げて、スポーツだけでなく幅広い分野で活躍している。
廣瀬氏からの最初の問いは「なんのために勝つのか?」――。スポーツに取り組んでいる以上、誰でも試合には勝ちたいし、ライバルに勝利したいと考えるだろう。しかし、あらためてなぜ勝つのかという理由を問われると、答えに行き詰まってしまうかもしれない。
「チームの目標ってありますか? そして自分の目標は決まっていますか? では、そもそもスポーツをする目的を考えたことはありますか?」(廣瀬氏)
廣瀬氏が日本代表のキャプテン時代には、「日本代表チームが憧れの存在になる。日本ラグビーの歴史を変える」ということ目的として、日々の練習で自分たちを追い込んでいったという。それが2015年ワールドカップ・南アフリカ戦での歴史的な勝利に結び付くことになる。ただ「勝つ」ということだけを目指すのではなく、スポーツをする目的を掘り下げ、そこからチームや自分自身の目標を導き出すというプロセスだ。
アウトプットで考えを深める
学生たちのグループではさっそくディスカッションが始まり、代表者が挙手をして発表ということになったが、積極的に手を挙げて自分たちの目標をしっかり語る姿が印象に残る。水泳部の男子学生が、「自分を支えてくれるまわりの人たちへの恩返しのために勝利したい」と話せば、水泳部とバスケットボール部の部員がいるチームでは、「個人競技とチーム競技の考え方の違いを話し合った」と報告してくれた。
一方的に講師である廣瀬氏がしゃべるのではなく、「聞く→考える→発言する→シェアする」というディスカッションの流れを体験させているところが特徴的だ。
自分の考えを深めるためには、インプットよりもむしろアウトプットが重要といわれる。アウトプットして初めて、自分の考えたことが正しいのか間違っているのか、他の人にはどう受け入れられるのか、どんなリアクションが返ってくるのかがわかる。外からのフィードバックを得て、あらためて自分の考えを深めていけるのだ。
廣瀬氏の話の合間に、同じくAPOLLO PROJECT理事で、多くの企業やスポーツチームでコンサルティングの実績を持つ白崎雄吾氏が補足の解説を加える。学生たちの反応が顕著だったのは、「目的」と「目標」の違いについて問われたときだ。
「『目的』が決まって、初めて『目標』が定まってくる。けれども、人は目標よりも目的に共感しやすい。リーダーがメンバーから信頼を得るには、目的に込められた大義や覚悟を言葉にして伝えて、自らがハードワークする姿を見せなければいけません」(白崎氏)
アスリートとして培ったスキルは社会でも通用する
後半のセッションの講師は代表理事の山内貴雄氏。セレッソ大阪でプレーした元Jリーガーで、リクルートキャリアでの勤務などを経て、現在はトップアスリートと共にスポーツを通した人間力の向上に取り組んでいる。
アスリートのデュアルキャリアやセカンドキャリアについては、より若いうちから考え出すことが重要とされているが、日本では競技に対する純粋性を強く求める風潮がある。これが、スポーツ選手のセカンドキャリアへの準備を罪悪視する一因ともなっている。
山内氏は、「スポーツを通して得たスキルは“ポータブルスキル”と呼ばれるものも多く、一般的なビジネスパーソンになっても通用するものだ」と強調する。
ポータブル(=持ち運べる)スキルというのは、一度身に付ければ、業種や職種に関わらず発揮できるスキルのこと。経済産業省が「社会基礎力」として、課題発見力や計画力といった「考え抜く力」、発信力や規律性などの「チームで働く力」、主体性や実行力といった「前に踏み出す力」などを設定しているが、転職することが当たり前になってきた現在のビジネス環境では、多くの社会人にとって、こうした汎用性の高いスキルの重要性が増してきている。
アスリートは「自分はスポーツしかしてこなかったので…」と謙遜することが多いが、ひとつのことに集中して力を注ぎ続けてきたことで養われるスキルは、人生のあらゆる場面で活用できる貴重な財産なのだ。
学生からの本音の質問も
ここでも学生たちに問いを与え、グループディスカッションを重ねながらセミナーは進んでいった。学生からの発言もさまざまなものがあり、自分の意見を述べること、その反応を知ること、他人の意見を聞くことの大切さが実感できたようだ。
女子ソフトボール部でキャプテンを務める学生からは「自分は中学・高校を通してソフトボールをプレーしてきたが、大学には初めて競技に触れる人もいて、どのように接していけばいいのか迷っています」という自らの悩みについて質問があがった。
それに対して山内氏からアドバイスされたのが、「発信力」と「傾聴力」だ。リーダーには自らの考えをメンバーに伝える発信力が欠かせないが、同時にみんなの声を聞く「傾聴力」も必要だという。
しかし、重要なのはそのバランス。学生からも「どこまでみんなの声を聞いたらいいのか、その加減がわからない」と本音の声があがると、山内氏は「観察すること」の重要性も説く。状況によって発信と傾聴のバランスは変わってくるので、よく観察することで加減を見極めていくべきだとの助言に、学生たちも大いに納得していた。
「自分で答えを見つけるために、行動してみる」
セミナーの最後には、廣瀬氏が現在の自らの取り組みを紹介。自身の会社を立ち上げ、アスリートとしての活動も含めて社会的な課題を見つけ、それを解決するために取り組んでいるということだった。
このように、自分のキャリアから導き出したテーマに取り組むことは、後に続くアスリートにとっても大いに参考にできるのではないだろうか。陸上部でマネジャーを務める怡土鈴香(いと・すずか)さん(経済学部3年)は、次のように答えてくれた。
「監督から選手との架け橋になってほしいといわれているんですが、どうやっていけばいいか悩んでいたこともありました。でもセミナーでいろいろと教わって、自分で答えを見つけるしかないんだなと。そのためにはまずは行動してみること。積極的にみんなに働きかけてみようと思いました」
水泳部の團頌太(だん・しょうた)さん(経済学部4年)も、セミナーでの学びを口にしてくれた。
「水泳部では普段から自ら発言するように指導されているので、セミナーでも積極的に手を挙げました。水泳は個人競技のように見えて、実はチームスポーツでもあるんです。誰かが自己ベストを出したらみんなで喜んで、お互いに刺激を受け合いながら成長していくんです。
学んだのは『逆算して考える』ことが重要だということ。ただ闇雲に行動するだけではなく、目的を達成するためにまずはしっかり考えてから実行に移すことの大切さを学びました」
学生たちには得難い体験
こうした学生たちの反応を見て、中央大学でバスケットボール部の部長を務める商学部の渡辺岳夫教授は、得難い体験になっていると語る。
「学生たちにとっては、自分たちと“同じフィールドにいる人たち”からの話なので、とても腹落ちして理解している様子です。しっかりした理論が基礎にあって、そこに自らもアスリートとして実践してきたノウハウが付加されているので、非常に説得力があります。
しかも、学生が発言したことに対して、『素晴らしい!』とほめてくれる。実績のある人からほめられるのは、誰でもうれしいですよね。気分のよかった体験は繰り返したいと思いますから、“やればできるんだ”という実践するマインドが醸成されます。このセミナーをきっかけとして、ぜひとも各部で連携しながら活動してほしいと思います」
当日、開講の挨拶を務めたきらぼし銀行 取締役 専務執行役員の澁谷浩氏も、学生たちに対する期待を隠さない。
「ここに集まった学生の皆さんの中には、チームでリーダーを務めている人も多い。常に自分はどうあるべきかを自問しながら、リーダーシップを発揮していってほしいと思います。4年間の経験は、必ず社会でも活きてくるはず」
アスリートはただプレーを通して自分を表現するだけでなく、自分たちで考え、それを自分の言葉で伝えることが必要。競技におけるリーダーシップにしても、競技を離れた後のキャリアに関しても、自分の言葉こそがまわりを動かしていく。このセミナーを通して、学生たちはそう理解したはずだ。
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