ラグビーW杯から東京五輪まで、近年立て続けに開催された国際スポーツイベントが幕を閉じた。各スポーツで強化・普及、そしてビジネス化を進めてきたコンテンツホルダーは今、将来に向けて何を考えなければならないのか?コンサルティング会社としてスポーツ産業への専門部隊を保有し、スポーツ団体の改革に伴走してきたアビームコンサルティングが本連載で考察する。【第1回】(文=アビームコンサルティング 執行役員 久保田 圭一)
日本のスポーツはビジネス化したのか?
2013年9月、アルゼンチン・ブエノスアイレスで大きな歓喜が沸き起こった。「おもてなし」が世界に発信され、東京が2020年のオリンピック・パラリンピックの開催地として決まった瞬間である。それから8年が経過し、日本のスポーツ界が競技力としてもビジネスとしても飛躍的に発展する起爆剤として期待された世界的祭典は終わった。
この期間、多くのネガティブな話題があったことは記憶に新しい。新国立競技場の莫大な建設コスト問題と白紙撤回、ロゴの盗作疑惑、女性蔑視発言、無観客開催の決定、開会式の演出家の急遽変更など、多くの場面で国民が疑問に思うことがあったように思う。
そして、もっとも疑問なのは、「日本のスポーツはビジネス化したのか?」である。
スポーツ庁が2015年に設立され、2012年で5.5兆円だったスポーツ市場のビジネス規模を2025年に15.2兆円に拡大することを宣言し、少なくとも我々を含むスポーツ関係者は大きな期待を持った。「身体を鍛えるという教育(体育)」から、「ゲームを楽しむスポーツ」への転換が促され、ゲームに勝利するための環境整備や、エンターテインメントとして魅せるための環境整備に必要となる資金を自立的に稼ぐビジネスが求められるようになってきたと考えられる。
しかし、市場規模は欧米と比較してまだまだ小さい。
日本のプロ野球をみてみると、情報が公開されていないため正確な数値は分からないが、2019年には福岡ソフトバンクホークスの売上高は317億円、横浜DeNAベイスターズは202億円であり、球団数からNPB全体での市場規模は約1,500億円から2,000億円と推測される。一方、米国のMLBは2019年度に1兆1,400億円規模となっている。
また、Jリーグも全体として年々売上は増加傾向にあるとはいえ他の主要国のリーグと比較してみるとその規模は小さく、売上の増加幅も小さい。Bリーグはまだ新しいリーグで、2019年の売上は224億円であるが、米国のNBAの2019年の売上は9,130億円である。
マイナースポーツも「適正サイズでビジネス化」
一方、マイナースポーツは、その規模を急激に大きくすることは現実的に難しく、それぞれの競技で独自の魅力を打ち出し、地道にファンや競技者を増やしながら、パートナー・スポンサーを集め、適正サイズを見極めながらビジネス化に取り組む必要がある。
我々は多くの競技団体に話を伺う機会があるが、総じてリソース不足、特にカネ、ヒトの問題を抱えている。カネがないからヒトを雇えない、ヒトがいないからカネを生み出せない、という悪循環に陥り、新たな一手を打てていないケースが多いのが実態である。また、これまで稼ぐという概念がなかったところに、突然、スポーツはビジネスだと言われていることに対する困惑も大きいように思う。
そして、この8年間で多くの企業・スタートアップが、その成長ポテンシャルに大きな期待を持ってスポーツビジネスに取り組み始めている。我々もその中に含まれる。スポーツテック、コンサルティングなど、新たな領域でスポーツの発展に貢献し、ビジネスにしていこうという流れが生まれた。カオスマップも作成されるくらいの企業数がいる。しかし、話題化には成功しているものの、ビジネスとして大ブレイクした企業・スタートアップはいまだに聞いたことがない。
我々はこうした状況を悲観しているわけではなく、ポテンシャルとみている。GDPの規模を考えればプロスポーツ市場にこれほど大きな差がつくとも思えない。文化の違いなどが差異の理由になることもあるが、それを言ってしまうと先に進むことはできない。マイナースポーツであっても、適正な規模でビジネスとして成立するポイントを探ることはできるだろう。
本記事を読んで頂いているスポーツビジネス関係者を含め、こうした状況を成長のポテンシャルと捉えて稼ぐ力を強化すべきである。
「稼ぐ力」の強化へ求められる発想
では、稼ぐ力を強化するためには何をすればよいのだろうか?
その問いを考えるため、もう少し詳細にスポーツ産業の構造を捉える必要があるため、スポーツ産業の主な登場人物、プレイヤーについて整理しておきたい。
我々は、スポーツ産業には、6つの主要プレイヤーがいると定義している。いわゆるリーグ・クラブというコンテンツ権利を保有する「コンテンツホルダー」、スポーツの発展をサポートするスポーツ庁などの「スポーツ行政」、興行を行う場所としての「スタジアム・アリーナ」、スポーツを活用する、あるいはスポーツ界に商品・サービスを提供する「企業」や「スポンサー」、スポーツの映像や情報を提供する「メディア」、スポーツをする・みる・支える場所となる「地域」である。
それらのプレイヤーに、する人・見る人・支える人がお金を払う顧客基盤として存在し、地域単位でビジネスが行われる。この全体の中でお金が循環することで、スポーツはビジネスとして成立すると考える。
アビームコンサルティングはこの定義のもと、日本のスポーツ産業の発展に向けて、コンサルタントという立場から課題の発見と解決に取り組んできた。現状をみれば、我々としてもまだ何も成果を出せていないというのが実態であるが、これまで多くのプレイヤーと接してきた過程で、スポーツのビジネス化に向けた課題については概ね全体像を捉えることができたと考えている。
下図は、各プレイヤー間でのお金の循環を図示したものであり、我々が考える「コンテンツホルダーを中心としたスポーツ産業構造」を示したものである。
このコンセプトの核は「コンテンツホルダーの自立」であり、コンテンツホルダー自らビジネスを主導できるようになることである。ビジネスという意味では当たり前のことなのだが、前述したとおり、ヒトやカネといったリソース不足で、新しいことをやりたくてもできない、新しいことをやろうという雰囲気が生まれないというのが現状であり、その状況を脱却して自立しなければビジネス化は難しいという考えが背景にある。民間企業では、Direct to Consumer(DtoC)が進んでいるが、まさにDtoCへの展開が求められるものと考えている。
一方で、自立するとはいえ、単独でビジネスを発展させることは難しい。最適なパートナーを主体的にみつけ、問題を丸投げするのではなく、共に発展する共創に取り組むことが重要である。このコンセプトに基づき我々はスポーツ産業の発展に取り組むこととしている。
スポーツ界が取り組むべき課題
それでは、我々が考えるスポーツ界が取り組むべき課題についてご紹介していく。なお、これらの課題に対する解決策については、本連載にて詳述していく予定である。
①先進的な取り組みをスピード感を持って決定するためのガバナンス
前述のオリパラで発生した問題や、助成金の不正受給、選手の不祥事など、スポーツ界では「なぜそんなことが起こるのか」ということが多く発生している。また、新しいことに取り組むことにも抵抗感が強く、意志決定のスピードも遅い。稼ぐ意識が醸成されていないことも大きな要因ではあるが、内部のステークホルダーが多すぎて、担当者は何かを決定する際に確認・承認・根回しの嵐に巻き込まれている。もちろん一般企業でも同様の事象は発生しているが、上場企業であれば、報告プロセスや対応プロセスなど、責任者を明確にした管理体制を定め、意思決定スピードを速めている。
スポーツ庁が2019年にスポーツ団体ガバナンスコードを策定し、ガバナンス強化に取り組み始めていることはポジティブな流れであるが、実務に落とし込むにはまだ時間がかかるだろう。しかし、稼ぐスポーツに転換する以上、先進的な取り組みにスピード感をもって挑戦するための仕組みが必要となる。
②多様化する資金調達方法への対応
結局のところ、財源がなければよい選手・スタッフを確保できず勝つ確率は低くなるため、財源の確保は最重要課題といえる。近年、テクノロジーの発展により、資金調達の方法は多様化しており、ファントークン発行、クラウドファンディングなども活用する団体も増えている。
琉球アスティーダのように上場して資金調達を行うという事例も生まれてきているが、多くの団体では、スポンサーの獲得が主流である。しかし、スポンサー企業のニーズは多様化しており、従来のユニフォームや看板などへのロゴ掲出を中心としたセールスでは企業ニーズにマッチしない。今後、多様化する資金調達方法の活用の道を探りながら、同時に、多様化するスポンサーニーズに応えていくことが求められる。
③自ら“売る”ためのDtoCへの転換
コンテンツホルダーが稼ぐには、保有している権利を最大限活用する必要がある。選手の肖像権、放映権などの魅力・価値を高め、販売することで稼ぐことができる。従来、競争環境もなく、稼ぐ必要性が低かったため、権利活用の知識は必要なかったともいえるが、スポーツのビジネス化においては必須である。
そのため、権利の知識やマーケティングの知識が不可欠であるが、知見者や専門家が組織内にいないため、権利ビジネスに精通する外部の事業者にその取扱いを任せることになる。外部の事業者は当然ビジネスとしてポテンシャルが高い権利については、一生懸命その価値をあげて売ろうとするが、ポテンシャルが低いと判断すれば撤退する。撤退されると自ら稼ぐしかないがノウハウがないため身動きがとれなくなる。今後、自ら稼ぐ力を身に着けるためには、権利を活かすスキルとノウハウ、仕組みを持つことが重要となる。
④企業との新たな価値の共創
スポンサー企業のニーズは多様化している。また、スポーツコンテンツを活用して新たな事業や課題解決に取り組みたい企業も増加している。特に、近年はSDGsへの取り組みやESG経営が求められており経営課題となっている。我々もリーグやクラブのスポンサー営業支援として企業を訪問することがあるが、SDGsに一緒に取り組むことへの興味・関心は高い。
スポーツは、「共感」や「一体感」を生み出しやすく、それをファンやスポンサー企業の「ネットワーク」によって「訴求」する力を持っている。今後、こうした強みを活かし、企業の課題解決に取り組む、あるいは新たな事業を共同で行うことで、スポーツの新たな価値を“共創”していくことが重要となってくる。
⑤地域との“真”の関係構築
スポーツを実施する場所、スタジアム、アリーナなどのスポーツ施設が拠点となり、そこに人が集まることで賑わいが醸成され、ファンも増えて支援者も増えていくというのが基本的な考え方である。スタジアムやアリーナを埋めるのは、極端な話、その周辺住民をファンにするのが一番早い。それにより、チケット収入が増加し、地元企業のスポンサーも増加する。
したがって、地域住民や自治体と良好な関係を築くことは顧客基盤の拡大において非常に重要なことである。そして、そのためには地域が抱える課題解決に貢献し、関係性を築いていく、子供達と触れ合い、そのスポーツの魅力を地道に訴求していくといった活動が必要になる。「一時的にここでイベントをやりました」ということではない。
クラブ・選手が地道に地域の方々と自らコミュニケーションをとることで、多くの人に名前を知ってもらうことができ、応援したいという気持ちを醸成できる。地域・自治体と“真”の関係性を構築するためには、古い言い方かもしれないが、足を運んで対話を続けながら進める以外方法はない。
⑥データに基づく施策検討
最後に、上記①から⑤までの活動を効率的に行うためには、顧客データのみならず、地域データ、スポンサー企業のデータといった外部データ、内部の会計データを活用して施策を検討する必要がある。顧客データについては、誰がどこでどのような行動をして、最終的にチケットやグッズの購買に至ったのかをみることになるが、一般企業ではCX(Customer Experience)と呼ばれる取り組みで推進されており、顧客の行動だけでなく、価値観を捉え、顧客体験を向上する施策検討が進められるようになってきている。
また、地域課題を解決するためには地域住民の年齢・性別、地域の産業構造を捉え、自治体が抱える課題を把握する必要がある。スポンサー企業についても経営状況をデータで捉え、経営課題を把握する必要がある。会計データを分析して、業務上の課題を発見することも非常に重要な取り組みである。現状、競技力向上のデータ活用は進んでいるが、こうしたビジネス強化に向けたデータ活用人材は不足しており、スポーツ界全体として、データ収集基盤、データ活用人材を確保することが重要になるだろう。
これからが勝負のとき
以上述べてきた通り、今後スポーツ界が取り組むべき課題は数多くあるが、この数年で顕在化してきたことは幸運ともいえる。なぜなら、顕在化した課題を一つ一つ解決することでスポーツの真のビジネス化に近づくことができるからだ。
もちろん、起爆剤としてスポーツベッティングの解禁などは考えられるが、いつになるかは分からないし、ベッティングからの収益がスポーツ界に回ってきたとしても、その資金を活用する仕組みが構築できてなければ意味がない。
夢の祭典が終わった今こそ、改めて現状を見つめなおし、スポーツの真のビジネス化に向けて、スポーツ界が一丸となって課題解決に取り組み、ビジネス基盤を構築していくときである。
※一部内容を修正しました [2021/11/15]
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