筑波大発ベンチャーの株式会社MILOQSは、VRを用いたストレスマネジメントサービスを開発し、女子アイスホッケーチームとの共同研究をもとにスポーツ分野にも参入した。次なる展望は東アジアにおける海外展開だという。
スポーツ庁による日本のスポーツ産業の国際展開を支援するプラットフォーム「JSPIN」事務局が、その取り組みを紹介する。(初出=JSPIN)
独自のストレスマネジメントメソッドを開発
株式会社 MILOQSは、臨床心理学・脳神経科学をベースとした独自ストレスマネジメントメソッドを用いて、ストレス課題を自発的に解消できる組織づくりを支える VR を活用したサービス「renewro(リニューロ)」を提供している。
スポーツに特化していたわけではなかったが、これまでサービス提供を行った民間企業でのデータを見て、VR ゴーグルでのトレーニングによって、目の前のことに没入し集中が高まった状態を作り出せることに気づき、アスリートにとってもパフォーマンスを最大限発揮できる「フロー状態」にはいりやすいのではないかと考え、スポーツ分野への参入を検討しはじめたという。
そこで、スポーツチームとの共同実験を通じ、スポーツ分野でも「renewro」が効果を発揮できることを確信。現在では、スポーツ分野でのビジネスモデルの確立と海外展開を進めている。
「フロー状態」に着目。スポーツに応用
MILOQS のビジョンは、ヘルスケア科学とITを融合し、心やストレスの仕組みの可視化と、自分の力でストレス問題に対処できる「自助力」を高めるテクノロジーを提供することだ。主な事業は民間企業を対象にした、脳神経科学×組織活性化コーチングで組織の課題解決に資するサービス「renewro」である。
「renewro」は、臨床心理学に基づき、心理行動特性尺度と独自の分析メソッドによって個々人が抱える課題を診断。その診断をもとに、ストレス耐性を高めるトレーニングアプリ「MOODSWITCH」を活用し、VRゴーグルを使用したトレーニングを行う。
このトレーニングでは、失敗を予期してストレスを感じてしまう脳の反応回路を変えるため、選手が苦手を感じるプレー場面をイメージしてもらい、その際生じるネガティブな脳内反応を和らげポジティブな状態に切り替えた後に、理想的な動きをイメージする。
それにより、無意識的に頭の中に生じるイメージを変え、外的な状況に対する脳内反応を自分でコントロールするスキルを身に着けることができる。
先に述べた通り、従来は「renewro」サービスを民間企業向けに提供していた。そんなMILOQSがスポーツ分野へ目を向けたのは、ある企業で「renewro」を使用していた時に、VRゴーグルでのトレーニングを行っているときの心拍数や自律神経活動の様子が、フロー状態(人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚。ゾーン)と同じ波形をしていることに気がついたからだ。
そのことから、VRを使用したトレーニングはアスリートの心身のコンディショニングやパフォーマンスアップにも応用できるのではと着想し、スポーツの分野への参入を考え始めたという。
女子アイスホッケーチームと共同実験
本格的にスポーツ分野への参入を検討しはじめた MILOQS は、女子のアイスホッケーチームと共同で実証実験を実施した。実験を行ったチームは、公式戦の間の短期間でチームを立て直したいという思いがあった。また、監督は選手の主体性を高めたいという願望を持っていた。
まずは組織診断を行い、チームの心理的距離を測った。具体的には、横軸には自分に対する肯定感を、縦軸には自責/他責の傾向をとって、各選手の状態をプロットした。そうすると、同じアイスホッケーの男子チームと比較して、各選手の状態に広がりがあることが分かったそうだ。広がりがあるというのは、チームとしてのまとまりが弱い状態を示しているのだという。
さらに、心理行動特性を分析すると、フォワード陣とディフェンダー陣では、ディフェンダー陣の方が、より扁桃体が反応しやすいことが分かった。扁桃体が反応しやすいと不安や恐れによるストレスを感じやすいのだという。
例えば、小さい頃に監督に怒鳴られた記憶は、怖いという情動とともに、その時の監督の怒鳴り声や目の表情等を扁桃体が記憶する。その出来事から時が経っても、誰かが怒鳴られているのを見ると、それだけで記憶が呼び覚まされ扁桃体が反応する。扁桃体が反応をすると、ストレスホルモンが出て、交感神経が緊張状態となり、これが身体の強張りやストレスとなるのである。
そこで実験では、ディフェンダー陣のパフォーマンスアップに焦点を当てることにし、VR でのトレーニングと1on1のコーチングを実施した。
具体的には、VRのトレーニングでは、扁桃体反応を鎮静化し、苦手なプレー場面を克服する理想的なイメージを見せることで、よい脳の反応回路をつくることを目指し、その後の1on1コーチングで、個人の課題を抽出し、目標を決め、チームでの成功体験を積んでもらうというプロセスを繰り返した。
その結果、トレーニングを受けた選手の一人は「ミスをした際に自分を責めすぎていた」ことに気が付き、その癖を改善するとミスが起こらなくなった。また、改めて組織診断を行うと、その選手の状態は以前より主体性が増す方向へと変化していることが分かった。
トレーニングやコーチングを受ける前と受けた後では、ディフェンダー陣の選手はゴール数が 3.2 倍になる等、定量的な成果も現れた。
「言語に頼らない」強みで海外展開へ
VR ゴーグルでのトレーニングは視覚的なトレーニングであるため、言語に頼らず実施することができる。そのため、コーチングの質問を翻訳するのみで、どこの国でも展開できると期待される。
現在は、中国でセミナーを行ったり、中国の大学と協力して「renewro」サービスを使った実証実験を行ったりしているところで、オーストラリアやドイツでもセミナーを開催した。
今後は、不安を感じやすい遺伝子を強く持っており、かつ文化も比較的日本と類似する部分が多い東アジア圏をターゲットとして海外展開を進めていきたいと考えているという。
一方で、スポーツ分野でのマネタイズの難しさが課題になっている。実証実験の枠組みを超えて事業として展開を進めていくために、どのようなビジネスモデルにすべきかを検討しているところだという。
アスリートが抱える課題を明確化し、心理的反応という根本の部分からパフォーマンス向上に寄与する「renewro」サービスを多くのアスリートに使ってもらい、日本のスポーツ界のプレゼンス向上に貢献したいと考え、そのために海外展開も視野に入れている。MILOQSの今後に注目したい。
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