2022年にテクニカルセンター molten[the Box]を新設した株式会社モルテン。学校体育や部活動だけでなくプロスポーツ、そして国際大会でも大きな存在感を放つmoltenは、昨年ブランドステートメントを変更するなど、さらなるグローバル成長への変革期にある。
なぜ[the Box]が必要だったのか?国際展開の“源泉”としての役割について、〈前編〉に引き続き、技術部門、ブランド部門のキーパーソン2名に話を伺った。(初出=JSPIN)
「Think outside the Box」 既成概念を超えていく
モルテンは2022年11月に広島市にテクニカルセンター molten[the Box]を新設。広島駅から南に車で約30分の瀬戸内海が近い場所に、ものづくりの拠点として建てられた。名称の由来は「Think outside the Box」。既成概念を超えて常に独創的な製品を生み出し続けていくという思いが込められている。
敷地面積は1万8466㎡、延床面積は1万5000㎡と広く、巨大な建物の中に入ると、木目調の長い階段が3階まで続く。よく見ると階段の右半分と左半分で段数が異なっており、聞けば半分は上るための階段として、半分は座ったりできるスペースとして設計されているのだという。

1階には食堂やカフェ、交流スペースなど。4階はフリーアドレスのオフィスが広がり、取材当日も多くの従業員が作業をしていた。そして3階がスポーツ用品、自動車部品、医療・福祉機器など各製品を開発設計するフロア。いわば、モルテンの「ものづくりの核」となる場所だ。
スポーツ用品を開発しているエリアでは、ボール補強用の糸を巻く機器や、反発係数を測る機器などさまざまな機械が置かれており、技術者たちが喧喧囂囂(けんけんごうごう)話し合っていた。医療・福祉機器や自動車部品の研究開発エリアもすぐ隣にあり、同様に技術者たちが研究や開発に打ち込む様子を目にした。
施設を案内してくれた技術開発統括部長の藤井毅浩氏は「(開発の過程で)必要ならば自分たちで機械を作ります」とも話してくれた。「こんなことが機械でできればいい」という要件をもとに、構想から図面作成、部品手配、プログラムのインストールまで自社で行うという。完成した機械は試作を経て量産工場に移される。
「何百万、何千万円とかかることもありますが、(民秋)社長自身が『必要なことにはしっかり投資する』という考え方なので、会社としても積極的に進めています。新しい機械を開発するのはリスクもありますが、結果的には自分たちの技術として残るので、会社としても前向きに取り組んでいます」(藤井氏)
事業をまたぐクロスオーバーの場 the Studio
[the Box]には各事業の研究開発エリアそれぞれと面する形で、部門を問わず行き来できる工作室がある。それが、the Studioだ。各事業のアイデアを形にする試作室でもあり、一方で事業をまたいで技術者たちが交流できる、クロスオーバーの場になっている。
「他部門の技術者との交流は増えています。フリーアドレスでどこに座ってもいいので、『これどう?』と相談したり、話したりする機会が圧倒的に増えています」(藤井氏)

そのポイントは、the Studioがいずれの事業部にも所属していないことだ。
「the Studioは“共同工作室”とも言えます。切削機、編み機、切断機、3Dプリンターなどの設備を共用することで、試作のコンセプトやプロセスが変わってくる。まだ新製品には反映されていませんが、試作評価段階ですごく役に立っています」(藤井氏)
思わぬ形でクロスオーバーも起こっているという。
「例えば、他事業の技術者から『今こういう認証対応で困っています』と耳にして、『うちも困っているので一緒にやりましょうか』と、話が進むようなことはたくさんあります。生産用の試作ロボットを作っていたら、他の事業部が『ロボット化しているものがあると聞いて…』と一緒に活動することになり、今では“ロボティックス・クロスオーバー”という名前をつけている取り組みもありますね。ロボットの要件や設計、運用方法等、自動車部品事業の活動を参考にして取り入れています」(藤井氏)

散らばっていた技術者たちを1カ所に
そもそも、技術者たちが交流することで新たな発想を得ようという考えは、どのように生まれたのだろうか。
「実は[the Box]ができる前にも、商品開発、生産技術、品質保証といった面で事業を超えた交流プロジェクトがあったのですが、各事業はどうしても物理的に場所が離れていて結局持ち帰るものがないという課題がありました。箱物が一緒だったら一緒にできることもあるのに…という声は、10年ほど前からありました」(藤井氏)
もともと、スポーツは中広(広島市西区)、医療福祉は高陽(広島市安佐北区)、自動車は防府(山口県防府市)や千代田(広島県山県郡北広島町)と、同じモルテンではあっても技術者たちは離れた場所で働いていた。
[the Box]ができたことでついに同じ場所に集ったモルテンの技術者たち。これを会社として実現させた一番の理由は、今までにない新製品を生み出していきたいという考えであり、期待だ。
スポーツ用品ならボールから試合用のホイッスル、デジタルスコアボード、医療福祉なら介護用ベッドから車いす、自動車用品なら部品から音響スピーカー、マリン用品では浮き桟橋や防振ゴムと、これまで各事業で多種多様な製品を生み出してきた。


事業部間をまたいだ製品展開も行ってきた。例えば、医療福祉事業で培ったマット素材の技術をスポーツ分野に応用し、屋内練習用バスケットボールマットを開発した。また、同じくマット製品では、廃棄ボール素材を用いた製品も生み出している。さらに、自動車部品で培った樹脂技術をスポーツ製品に応用した事例や、シューティングマシンの開発において社内外の協力を経て完成させた事例など、数多くの取組が存在する。
the Studioの誕生によって、こうした事業を超えたクロスオーバーは、ますます広がっていくだろう。
エンジニア自身がすぐに試せるバスケットボールコート
the Boxには他にも面白い仕掛けがある。3階には「the Court」と名付けられたバスケットボールコートがあるのだ。シューティングマシンや持ち運び可能なゴールも置かれるなど、主にスポーツ用品事業の研究開発施設として製品のテストに使われている。将来的には、動作解析などの先進技術を活用し、これまでにないプロダクト領域の開拓も視野に入れている。

さらには、その他にも功能があると、ブランドマーケティングを統括する長谷川乃亜氏は言う。
「海外からの重要なお客様をここthe Courtでお迎えすることもあります。例えばFIBAの役員の方々が初めて施設にいらした時には、施設の案内を通してモルテンの考え方を理解・体験していただく機会となっただけでなく、サプライズで[the Box]の全社員がお出迎えするという形で、盛大にさせていただきました。その後、シュート対決もしましたね。
後日、FIBAの中でもコートの噂が広まって、『私も行ってみたい』と多くの方に現在来ていただいています。一般に開いた施設ではありませんが、大切なお客様に楽しんでいただけるというのは[the Box]のもう一つの利点です」(長谷川氏)

テクニカルセンターから生み出す製品で、更なるグローバル成長を
今、モルテンは民秋清史社長の号令のもと、ロボットやソフトウェア分野にも取り組んでいるという。ゴム加工技術をもとにドッジボールから始まったメーカーだが、今や高分子化学、機械工学、ソフトウェアなど、さまざまな分野の技術者たちが同じ場所で働いている。
これまでの既存の事業だけに留まることなく、最先端の分野にも踏み出し、新たな製品開発へ挑む。その中心にあるのが、この[the Box]なのだ。
そして、その視野は「グローバル」でもある。「モルテンの長期ビジョンの中には、“スポーツ文化の創出”と“グローバル展開”が含まれています」と、先出の藤井氏。
同社は既に欧州ではドイツのMolten Europe GmbHにて欧州市場向け販売・流通を統括し、アメリカではMolten U.S.A. Inc.が全米大学体育協会(NCAA)へのバレーボール供給を担っている。アジアでも中国・江蘇省やタイ・チョンブリに生産拠点を設け、製造から販売までの一貫体制を構築するなど、グローバルに拠点網を張っている。また、国際競技連盟(IF)とのパートナーシップもこれまで通り海外戦略の要だ。
こうした取り組みは単なる輸出ビジネスではなく、「スポーツ文化を共有する国際的な基盤づくり」として位置づけられている。モルテンが創業当時から受け継ぐ「ものづくりへのこだわり」は、新たに完成したテクニカルセンター molten[the Box]で更に昇華し、一層のコラボレーションでこれまでにない製品が生み出されていく。モルテンのグローバル成長はまだまだ続いていく。
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