【後編】「顧客体験」をどう設計するか? “9つの分類軸”で読み解く欧州クラブのファン・エクスペリエンス戦略

欧州サッカー界では、ファンとの関係性を強化する手段として「顧客体験」が再注目されています。そうした中、SPSGコンサルティングが提唱する「9つの分類軸」などの分析手法も登場してきました。

今回はそのフレームワークの解説の後編となります。今年9月開催の「World Football Summit(WFS)香港」にあわせ、WFS日本市場代表の堀口創平氏が解説する、欧州・アジアのスポーツビジネストレンドの最終回です。(文=WFS堀口創平氏)(全4回の最終回/前回を読む)

顧客体験の「9つの分類軸」 をおさらい

前回でも紹介しましたが、スポーツ専門コンサルティングファームのSPSGコンサルティングが提唱する、「顧客体験」を9つの分類軸で構造化したフレームワークは次の通りです。

  • 体験の性質:衛生的(Hygienic)/付加価値型(Enhancing)
  • 提供チャネル:現地型(Onsite)/オンライン型(Online)
  • 実施タイミング:試合日(Match Day)/非試合日(Non-Match Day)
  • カスタマイズ性:標準型(Standard)/個別最適化型(Personalized)
  • ターゲット:B2B向け/B2C向け
  • 実施主体:自社所有(Own)/第三者提供(3rd Party)
  • パッケージ性:単体型(Isolated)/パッケージ型(Packaged)
  • 参加性:受動的(Passive)/能動的・参加型(Interactive)
  • 継続性:単発型(One-off)/季節型(Seasonal)

9つの分類に対して、体験を対比構造(AかBか)で捉えているのが特徴で、どちらか一方が「正解」ではないという点も重要です。クラブの文化やファン層に応じて、どの軸をどう設計するかが体験戦略の個性になります。

本稿では、後半となる6〜9について、事例を交えて詳しく紹介していきます。

6. 実施主体:自社所有(Own)/第三者提供(3rd Party)

体験の提供主体がクラブ自身なのか、それとも外部のスポンサーやパートナー企業なのかによって、設計思想もマネタイズの構造も大きく異なります。この軸は、データの所有権や顧客接点、契約条件、収益配分のあり方にまで直結する重要な視点です。

クラブが自ら企画・運営する体験は、ファンとのダイレクトな関係構築やCRM戦略の一環として活用しやすく、中長期的なブランド強化につながります。一方、スポンサー主導の体験は、外部資本によるリスク軽減や多様なアイデアの取り込みが可能であり、両者には一長一短があります。

例えば、選手入場時に行われる「エスコートキッズ体験」は、MasterCardなどのスポンサーが主導し、招待者の選定から演出の管理までを担うケースが多く見られます。この場合、クラブは場所を貸すだけで、体験そのものの主導権は持っていません。一方で、自前で設計したファンイベントなどでは、より深い接点とデータ活用が可能になります。

どちらのアプローチをとるかは、戦略的パートナーシップの在り方や、クラブのリソース状況によって変わります。重要なのは、ファンとの関係性をどう築くかという視点で、主体設計を意図的に行うことです。

7. パッケージ性:単体型(Isolated)/パッケージ型(Packaged)

ファン体験は、単体のコンテンツとして提供される場合と、複数の体験が組み合わさったパッケージ型で提供される場合に分けられます。特に「試合観戦+宿泊+観光」などを組み合わせたパッケージ型体験は、遠方から訪れるインバウンド層や地方ファンにとって魅力的な選択肢となります。

こうした体験は、観光振興や地方創生の文脈とも親和性が高く、クラブ単体ではなく旅行会社、自治体、スポンサーとの連携によって、より洗練された体験設計が可能になります。また、ファンにとっては「クラブのある街で過ごす週末」がまるごとエンタメ化されるため、記憶に残る特別な旅の一部として認識されやすくなります。

たとえば、観光地に位置するRCDマジョルカ(スペイン)では、VIP席をピッチサイドに設置し、選手入場の様子を間近で感じられる体験を提供しています。これに加えて、宿泊・移動・観光などを含む統合型パッケージを旅行会社や地元行政と連携して企画し、観戦+街の魅力の総体で高付加価値を生み出す戦略を展開しています。

このようなパッケージ型体験は、リピーター創出やブランドの情緒的価値向上にもつながるアプローチとして注目されています。

写真はイメージです。Israel França / Pexels

8. 参加性:受動的(Passive)/能動的・参加型(Interactive)

かつての観戦体験は、スタジアムやテレビの前で「試合を見る」という受動的なものでした。しかし近年ではファンは単なる視聴者ではなく、参加する存在として扱われるようになってきています。

こうした変化は、スタジアム設計やコンテンツ提供のあり方にも影響を与えています。クラブはファンを「体験の消費者」から「共創者」へと捉え直し、彼らが能動的に関与できる機会を増やしています。ファンが応援の演出に関わったり、選手との距離が縮まる仕組みを用意したりすることで、感情的な一体感や没入感が強化されるのです。

たとえば、SNSでのリアルタイム投票によってハーフタイム演出が決まる仕組みや、ファントークンによるイベント参加・グッズ決定権の付与など、ファンが意思を持って体験の一部に加わる施策はすでに広がりを見せています。また、メタバース空間での仮想スタジアム観戦など、オンライン上での能動的な参加方法も拡大しています。

このような参加型の体験設計はZ世代を含む若年層にとって特に魅力的であり、今後のファンエンゲージメント戦略の中核をなすと考えられています。

9. 継続性:単発型(One-off)/季節型(Seasonal)

一度きりのスペシャルイベントも確かに魅力的ですが、それだけでは持続的な関係性構築には限界があります。継続的な体験設計(Seasonal)は、LTV(顧客生涯価値)を高める上で重要な要素です。

単発イベントは話題性や集客力に優れる一方、ファンとの関係性を「点」に留めてしまいがちです。これに対し、季節や年間スケジュールに基づいた体験の「線」あるいは「面」での設計は、クラブやパートナーがファンの生活導線に溶け込むうえで非常に効果的です。とくにファミリー層やライトファンを取り込むには、習慣化されたタッチポイントが求められます。

たとえば、スペインのアトレティコ・マドリード(スペイン)は、住宅系パートナーと協業し、季節ごとにテーマ性を持たせた観戦イベントやファン向け体験プログラムを展開しています。これにより、観戦という非日常体験を、日常生活の中に自然に取り入れるような形で提供し、年間を通じた継続的なリーチとエンゲージメントの獲得に成功しています。

このような施策は、体験を“点”ではなく“リズム”として捉える発想に基づき、ファンとの関係を深化・定着させる有力な手段となります。

本連載では、4回にわたり欧州サッカークラブのファン・エクスペリエンス戦略を、「文化」「ベニュー」「体験設計」の3視点から体系的に解説してきました。

  1. 第1回:欧州スポーツ界で重要視される「顧客体験」と、そのためのファン分析モデルとは?
  2. 第2回:スタジアムは「体験装置」へ。欧州サッカークラブが進めるベニュー戦略
  3. 第3回:【前編】「顧客体験」をどう設計するか? “9つの分類軸”で読み解く欧州クラブのファン・エクスペリエンス戦略
  4. 第4回:【後編】「顧客体験」をどう設計するか? “9つの分類軸”で読み解く欧州クラブのファン・エクスペリエンス戦略(本稿)

特に第3回・第4回で紹介した「顧客体験の9分類軸」は、顧客体験を構造的に捉える上で有効な枠組みであり、各クラブやリーグが自らのリソース、ファン特性、市場環境に応じて最適解を導き出すための補助線としての役割を果たします。

重要なのは、どの軸を選ぶかではなく、「どの軸をどう組み合わせるか」。その組み合わせの多様性こそが、クラブの個性であり競争優位の源泉です。

スポーツ業界における「顧客体験」の重要性は今後さらに高まると予想されます。ファンとの中長期的な関係構築を目指す企業・クラブにとって、本連載が戦略設計の一助となれば幸いです。

「World Football Summit」が9月に香港で初開催!
2025年9月3日(水)〜4日(木)、香港で、東アジアで初となる「World Football Summit」が開催。スポンサーシップ、メディア、テクノロジー、ファンエンゲージメント、投資などをテーマに世界のサッカービジネスをリードするキーパーソンが集結。海外サッカークラブと新たなビジネスチャンスを見つけたい方、グローバルトレンドをいち早くキャッチしたい方には見逃せないイベントです。https://worldfootballsummit.com/hong-kong/

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