進化を続けるスポーツビジネスにおいて、その牽引役の一つとして存在感を強めているのが欧州サッカー界だ。UEFAや各国リーグ、そしてビッグクラブは、いかなるグランドデザインを描き、どのような世界戦略を展開してきたのか。そしてJリーグや日本人ビジネスマンがさらに飛躍するために、真に求められる要素とは? UEFA専属マーケティング代理店TEAMマーケティングでアジア・パシフィック地域の営業統括責任者を務める岡部恭英氏が、最新のトレンドを全3回にわたって解説する。
「戦略的市場=アジア&アメリカ」と断言さえできるような状況
前回コラム:【岡部恭英#1】欧州CLやELから浮かび上がる、欧州サッカーのビジネストレンド
サッカービジネスには通常のビジネスと同様に、「戦略的重点市場」が存在する。
最近の動向を見ればわかるように、欧州サッカーにとっての最重要海外マーケットは、アジアとアメリカになっている。むしろ彼らにとってのグローバル戦略とは、アジア&アメリカ戦略、つまり「Go West」と「Go East」だと言い切っても過言ではないかもしれない。
もちろん、世界的なスカウト網の拡充など、サッカーの「現場」で起きている現象は異なる。だがビジネスにフォーカスした場合には、その方向性はきわめて明らかだ。
またアメリカとアジアが最重要マーケットとして位置づけられている背景には、相応の必然性もある。ターゲットを設定する際には様々な要因が影響するにせよ、マクロ経済のデータを見ると、その根本的な理由は一目瞭然になる。
経済大国トップ5=(1)アメリカ、(2)中国、(3)日本、(4)ドイツ、(5)インド
人口大国トップ5=(1)中国、(2)インド、(3)アメリカ、(4)インドネシア、(5)ブラジル
私はサッカービジネスを志した時に、日本サッカー協会の小倉名誉会長にアドバイスを頂いたことがある。FIFAの元理事でもある小倉さんがその際に仰った内容の一つは、「Population is power(人口の多さは、それだけで大きな力を生む)」ということだった。現在のサッカー界では、中国、インド、アメリカなどが魅力的な市場としてクローズアップされている。そのような状況が生まれるかなり前から、現在のトレンドを予想していた小倉さんの先見性は、さすがと言うしかない。
「Go West」知られざるサッカー大国、アメリカが持つポテンシャル
まずは「Go West」、アメリカ市場への進出から考えてみよう。
アメリカ市場が重視されていると述べると、「昔からサッカー人気が高かったアジア市場は分かるが、どうしてアメリカなのか?」と疑問を持たれる方もいるかもしれない。
だがアメリカはサッカー界においても、きわめて魅力的な市場になっている。私は欧州に移住する前にはアメリカに住んでいたので、日本ではあまり知られていないであろう事実――「アメリカにおけるサッカー」のイメージを変え得るデータを紹介したい。
1. 世界トップのW杯テレビ放映権料:
過去数回のW杯で最も高い放映権料を払っていると言われているのは、実はアメリカである。
2. 世界トップのW杯チケット購入数:
過去数回のW杯で、最も多く現地観戦用のチケットが購入された国(開催国を除く)もアメリカとなる。
3. 世界第二位のサッカー登録選手数:
登録選手数は2,500万人で、一位の中国とわずか100万人差。アメリカではシーズン毎に様々なスポーツに親しむため、男女ともに殆どの学童が、小中学生時代にサッカーをすると言っても過言ではない。高校進学時には、高校でのスポーツ人気度や大学の奨学金を見据えて、4大スポーツ(アメフト、バスケットボール、野球、アイスホッケー)に専念する選手が多い。だがサッカー人気は右肩上がりで高まっている。それを底支えする要素の一つが、増大するヒスパニック系の人口だ。
人口の多さや経済大国だという要素だけでなく、アメリカはサッカーにおいてもこれだけのベースを誇っている。それが故にこそ欧州サッカーは、アメリカに熱い視線を注ぎ、支社を設立し、アカデミーでの提携やスポンサーシップ営業、ブランディング、マーケティング、マーチャンダイジングなどに力を入れているのである。
欧州サッカー界が熱い視線を注ぐ「アジア」の可能性
欧州サッカーから熱い視線が注がれているという点では、アジアもアメリカに劣らない。
筆者が欧州サッカーに携わり始めた15年程前から、たしかにアジア熱は存在していたが、ここ数年間は、欧州クラブのアジア進出に拍車がかかった印象がある。
一般的に、欧州5大リーグは、英国のプレミアリーグ、スペインのラ・リーガ、イタリアのセリエA、ドイツのブンデスリーガ、フランスのリーグ1とされている。そのうち、セリエAを除く4大リーグ全てが、今やアジア支社を構えている。しかもラ・リーガは、シンガポール、中国、インド、日本の4ヶ所、ブンデスリーガもシンガポールと中国の2ヶ所にアジア拠点を構えるようになった。
この事実は、私が数か月前に作成した、上記の図からもご覧いただけるだろう。しかも先月、アジア出張の際に入手してきた最新情報によれば各クラブがアジア地区に構えた拠点の数はさらに増えているようだ。特にブンデスリーガなどは、中国だけに限っても、6つものクラブが支社を設立しているという。
プレミアリーグを連覇したばかりのマンチェスター・シティや、ブンデスリーガで惜しくも2位に終わったドルトムントなどは、アジアの複数国に拠点を置く力の入れようだ。
アジアの場合は「人口大国」、「経済大国」といったマクロ経済の指標に加えて、「経済成長率」と「急成長する中流階級の人口」という要素が、さらなる魅力となっている。このためインドネシアを含む「東南アジア」にも、熱い視線が注がれている。
日本サッカーにとっても重要な「Go East(対アジア戦略)」
上記に述べたように、欧州サッカーのグローバルな戦略トレンドは、「Go West(アメリカ市場への進出)」と「Go East(アジア市場への進出)」というキーワードで要約できる。ならば日本のサッカー界は、どの方向に舵を切るべきなのか。
その答えは「Go East」になるだろう。
残念ながら現状では、近い将来、日本サッカーが欧米できわめて人気の高いコンテンツに化けるとは考えにくい。だが、アジア圏内になると状況は異なってくる。日本サッカーはピッチ上で高い実力を誇るだけでなく、それに付随する形で相応のブランド力を維持している。また上に挙げたように、マクロ経済の指標を見た場合、アジア地域は高いポテンシャルも秘めている。
日本には地理的なアドバンテージにも恵まれている。 たしかに極東に位置する日本は、欧米から遠くに離れている。だがアジアとの距離は極めて近い。さほど遠くない未来に世界最大の経済大国になるであろう中国の首都・北京、あるいは大都市の上海などは、日本から飛行機でたった2~3時間の距離だ。
日本の多くのビジネスは、地理的優位性を持つ「大アジア経済圏」を戦略的重点市場として捉えている。日本のサッカービジネスも、同じようなアプローチを取らない手はない。日本サッカー躍進のカギを握るキーワードは、「Go East」なのである。