進化を続けるスポーツビジネスにおいて、その牽引役の一つとして存在感を強めているのが欧州サッカー界だ。UEFAや各国リーグ、そしてビッグクラブは、いかなるグランドデザインを描き、どのような世界戦略を展開してきたのか。そしてJリーグや日本人ビジネスマンがさらに飛躍するために、真に求められる要素とは? UEFA専属マーケティング代理店TEAMマーケティングでアジア・パシフィック地域の営業統括責任者を務める岡部恭英氏が、最新のトレンドを全3回にわたって解説する。
顕著な弁護士、増加するコンサル 活躍するその道の「プロフェッショナル」
サッカービジネスと言うと、なにか特別な分野で、特殊なスキルが要求されるような印象を持たれる方は多いかもしれない。だが「サッカー」という名前こそ付いていても、基本的にビジネスであることには違いはない。そのためサッカービジネスでも、通常のビジネスと同じようなスキルを持った人材が必要とされている。具体的に述べれば、その職種は下記のような内容になる。
前回コラム:【岡部恭英#2】キーワードは「Go West」と 「Go East」 欧州サッカーのグローバル戦略
・財務、会計、法務
・セールス、マーケティング、ブランディング
・デジタル、IT ・戦略、リサーチ
・PR、コミュニケーション
・HR
とりわけ核となるスタッフや幹部を見ると、弁護士、コンサルタント、MBA、会計士、投資銀行家、マーケターなどが多い印象を受ける。
まず弁護士では、FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長、UEFAのアレクサンデル・チェフェリン会長、スペインのラ・リーガのハビエル・テバス会長などは、いずれも弁護士出身である。
身近な例を引けば、弊社TEAMマーケティングの先代のCEO、先々代のCEOも弁護士だった。さらに言えば、弊社は100人強の会社だが、法務部の人間は全員弁護士としての資格を持っている。これは日系企業との大きな違いだろう。またセールス部門やイベントマネージメント部門ですら元弁護士がいるため、スタッフの約10%は現役もしくは元弁護士という状況になっている。
サッカービジネスは過去20年で急速に発達してきたが、特にこの10年間は、コンサルタントやMBAの資格保持者が増えてきた印象が強い。事実、弊社のCOOも元々コンサルタントだし、私が以前働いていた、英プレミアリーグのエバートンFCのCEOも元コンサルタントだった。ビッグクラブや5大リーグにも、数多くのコンサルタント出身者やMBA保持者がいることは指摘するまでもない。
最近、英国の名門クラブであるマンチェスター・ユナイテッドの取締役をやめて、アメリカNFLのチームに転職したカナダ人の友人がいる。彼はもともとスタンフォード大学でMBAを取得した後に、モルガン・スタンレー証券に勤務。アメリカの富豪グレイザー家によるクラブ買収を投資銀行側からサポートして、買収完了後にヘッドハントされてユナイテッドに加わっていた人物だった。
アングロサクソン系が支配する世界
どの国のリーグによるかによっても変わってくるが、基本的にはビッグクラブであればあるほど、アングロサクソン系の影響力が強くなる傾向にある。例えば英国人にとってプレミアリーグはお膝元になるし、アメリカはスポーツマーケティングをリードする米国4大スポーツから、多くの人財を欧州サッカーにも送り込んでいる。また遠く離れたオーストラリアやニュージーランドからも、かなりの人数が欧州サッカー界に流れ込んできているのが実情だ。
ただしオセアニアは、日本よりも欧州から遠く離れている。そのオセアニアから多くの人材が流れ込んでいるにもかかわらず、欧州のサッカービジネスで活躍する日本人はほぼ皆無に近い。現状ではUEFAに一人、その専属マーケティング代理店である弊社に私一人だけがいる状況になっている。
そこで浮かび上がってくるのが、日本人が海外に移って活躍するために不可欠な3つのツール、「3種の神器」だ。
1. 世界標準語「英語」の駆使能力
1つ目のツールは、ビジネスの分野で世界標準語とも言える「英語」だ。
日本の出島とも言える日本政府公館や日系企業の海外支社で働くのであれば別だが、欧州サッカー界に身を置くということは、「外国人の助っ人」としてみなされることを意味する。
しかし日本人の場合は、あまり物事をはっきりさせないほうが美徳とされる日本語そのものの特徴や、英語教育の少なさ、シャイな性格も災いして、とにかく英語が苦手だという人が多い。
むろん欧米の名門MBAには沢山の日本人生徒がいるし、日本語環境においては優秀な成績を残してきた人たちが数多く集まっている。
だが海外では、日本におけるバックグランド(学歴や職歴)が必ずしも評価されるわけではない。何よりも英語を駆使した「個人と個人の勝負の場」においては、彼らのほとんどが活躍できていないのが実情だ。ましてやクラスルームで、リーダーシップを取れる人間は少ない。
能力はあるのに、たかが英語のせいで、国際舞台のスタートラインに立つことさえできない。他にも様々な要因はあるにせよ、英語は海外に挑戦する日本人の前に立ちはだかる、最初の壁になっている。
2. 慣れ+メンタルタフネス
2つ目のツールは、トップクラスの「慣れ」+「メンタルタフネス」だ。
様々なメディアで既に引き合いに出している話だが、スポーツの例を取って説明してみよう。
2014年ブラジルW杯のコードジボワール戦では、日本の守備陣は交代出場してきたドログバの強靭なフィジカルに対応できす、試合の流れをひっくり返されている。試合後、日本代表の選手たちが口にしたのは、「Jリーグであんな選手はみたことがない」というコメントだった。
4年に1度、サッカーの世界一を決める大会で、「未知との遭遇」をしているようでは勝てる訳がない。サッカーの強豪国では、ほとんどの選手が欧州クラブに所属しており、試合はもとより日常的な練習の時点から、世界一流の選手と切磋琢磨している。当然、W杯のような舞台になっても「未知との遭遇」を経験せずに済む。このような「慣れ」の差は、サッカー新興国・日本とサッカー強豪国の間に横たわり続けている。
上記のような「身体的」な要因以外にも、精神的なプレッシャーやストレスという要因もある。人間は「未知との遭遇」に接した場合に、ストレスを感じる動物だからだ。上記のW杯においても、いまだ経験したことないプレッシャーを肌で感じた上に、精神的なストレスを抱えるというワンツーパンチで、日本の守備は崩壊してしまった。
これは欧米のMBAにおける日本人のケースにもあてはまる。不慣れな英語での苦戦が精神的なプレッシャーやストレスに繋がり、日本にいる時と同様には、力を発揮できない要因となる。それがひいては、実際のビジネスの舞台でも似たような問題を起こしてしまう。
平和で、言葉や人種も画一的な島国で育った日本人は、海外に出たとたんに、多様な言語、人種、文化、宗教、習慣、食べ物、価値観、行動様式などにさらされる。今までとは別次元のストレスに打ち勝つためには、メンルタフネスが必要となる。
私は22年以上海外に住んでいるが、海外で継続的に成功を収めている日本人で、メンタルが弱い人には会ったことがない。「心が折れる」など言っているようでは、競争の激しい国際舞台で、個人の力で戦っていくことはできないのである。
3.「自分自身で考える力」と「周囲に自分の意志を伝えてリードしていく力」
3つ目のツールは「自分自身で考える力」と、「周囲に自分の意志を伝えてリードしていく力」だ。
「英語」と「慣れ+メンタルタフネス」は、日本育ちの日本人にとって避けて通れない問題だが、これらはあくまでも最初の関門に過ぎない。
実は、この壁を超えた後こそが本番で、「自分自身で徹底的に考える力」と「自分のアイディアを周りにしっかり伝えて、実行にまで落とし込めるだけのリーダーシップ」が必要になる。
日本人の場合、受けてきた教育や慣れ親しんだ日本的慣習のせいもあり、自分で考えることよりも、長らく培われてきた慣習を踏襲することが優先される。特に大企業などで勤務している場合にはこの傾向が強くなるし、自分で徹底的に考えて、上司や先輩にモノ申す習慣はあまり多くないように思う。
しかし日本人であろうと何人であろうと、グローバルな企業で働くということは、会社側がお金を払って就業ビザを取得し、わざわざ雇用するということに他ならない。求められているのは、あくまでもオリジナルなアイディアを出して、チーム率いながら形にしていけるような即戦力だ。いかに効率が良くても、与えられたタスクを早く正確にこなせるだけの人間は必要とされないのである。
「和僑(=インターナショナル・ジャパニーズ)」のすすめ
日本人が国際舞台で活躍するのに肝要な3つの要素を挙げたが、これらの要素を身につけるのは決して難しいことではない。日本の常識が通じない海外で孤軍奮闘していれば、時間と共に自然と「海外仕様」になっていく。「英語」も「慣れ」も、時間の問題だからだ。
それを考えた場合には、やはり早いうちから海外経験を積むことが有効になる。海外留学やホームステイ、海外旅行、海外出張、国際イベントやカンファレンスへの出席などに若い時から積極的に参加していく。あるいは外国の女性との恋愛でも構わない(笑)。
島国で育った我々日本人は、そのような手段を通じて、海外における経験値を、時間をかけて高めていくしかない。経験を地道に積み上げていけば、海外でもストレスを感じなくなり、日本にいる時と同じように、自分の実力を100%発揮できるようになっていく。
日本人は、英米人のように流暢に英語を話すことに囚われがちだが、それは本質的な条件ではない。むしろ日本であろうと世界のどこであろうと、常に自分の実力を100%発揮できることこそが「真の国際人」になるための要素になる。
海外に飛び出して、国際経験豊富な「和僑(=インターナショナル・ジャパニーズ)」になり、日本とスポーツを盛り上げる。私はそんな人達がどんどん登場してくれることを、心から楽しみにしている。