【ファン・エクスペリエンス考#1】サッカービジネスでますます重要になる「顧客体験」――The Fan Experience Company創業者マーク・ブラッドリー

サッカービジネスは加速度的にグローバル化しているが、そのブランド力を足元で固めるのは国内人気に他ならない。事実、欧州では近年、地元ファンやサポーターの創造に向けた顧客体験「ファン・エクスペリエンス」が注目されている。欧州各国の協会やリーグ、クラブに提言を行うコンサルティング会社The Fan Experience Company創業者で、英サッカービジネス専門誌『FC Business』のレギュラー・コラムニストでもあるマーク・ブラッドリー氏が、そのコンセプトと成功事例、そして今後の発展可能性を解説する。

忠誠心」が核に 不可思議なサッカービジネス

マーク・ブラッドリー:The Fan Experience Company創業者。「ファン・エクスペリエンス」を専門にコンサルティングを行う同社を2005年に創業し、これまでUEFA、FA、FA女子スーパーリーグ、EFL、エールディビジなど英国及び欧州の協会やリーグに対し、「本物のファン体験」を通した成長支援を行う。英サッカービジネス専門誌『FC Business』のレギュラー・コラムニスト。 @FanExperienceCo

これから定期的にコラムを寄稿させていただくことなるが、記念すべき初回では、「ファン・エンゲージメント」について考えてみたいと思う。

この単語は、最近よくサッカー界でよく耳にするが、そもそも何を意味するのだろう。なぜサッカービジネスで最も知られるフレーズの1つになったのか。それは各国の協会やリーグ、クラブチーム、ひいてはファンに何を提供しているのだろうか。

そもそもサッカービジネスというのは、きわめて独特な事業だ。もちろん最終的に求められるのはピッチ上で結果を出し、ビジネスの面でも成功を収めてクラブを発展させていくことだが、サッカービジネスは人間の感情や不合理性、あるいは個人レベルの忠誠心といった目に見えない要素についても特徴付けることができる。

しかも、後者の要素が果たす役割は非常に大きい。私は数年前、仕事を退職して隠居生活に入った男性との会話をよく覚えている。彼は2度結婚し、4回家を引っ越し、複数の企業で働き、宗教的な改宗さえ経験したことがあった。

だがその間も、ブリストル・シティ(イングランドのサッカークラブ)だけは家族代々で熱心にサポートし続けた。しかも祖父が亡くなったときには、遺言に従ってスタジアムの周りに遺灰まで撒いたという。

大手コーヒーチェーン店のスターバックスは「スターバックス・マニア」と呼ばれるような熱心な顧客がいることで知られるが、サッカークラブのサポーターほど義理堅い人間は、スターバックスの顧客にも存在しない。

「ファンとの絆」がチケット収入のカギ 持続可能なビジネスになるか

ならばクラブ側は、サポーターにどのように接してきたのだろうか。

私たちは2001年にサッカー業界で働き始めた際、このテーマをじっくりと調査したが、考えられるシナリオは二つあった。

一つ目はクラブ側がサポーターの重要性をしっかり認識し、彼らの愛情に応えるべく積極的に関係を構築しているというもの、二つ目のシナリオは、クラブ側がサポーターを単なる「ドル箱」と見なし、ぞんざいに扱っているというものだった。

残念ながら、浮かび上がった実情は後者の方だった。クラブチームやサッカー界は、サポーターが抱く忠誠心に報いるどころか、実に傲慢で鼻持ちならない態度を取っていた。この傾向は、特にプレミアリーグに所属しているようなクラブでは特に顕著だった。

とはいえ、これはある意味、当然といえば当然だろう。

サッカークラブの経営はチケット収入、放映権料、スポンサーシップ、そしてマーシャンダイジング(物販)などから構成されているが、プレミアリーグには金がうなるほど流れ込んできているからだ。

だが「エリート層以外」のリーグやクラブ、つまりプレミアリーグのクラブが享受しているほどの富を享受しておらず、チケット収入に頼っているようなクラブになると話は変わってくる。この手のクラブでは、特に強力な財務モデルが必要になる。

そこで重要になるのが、ファンとの絆の強化だ。クラブ側は既存のファンの嗜好性を理解するだけでなく、新たなファンを引きつけ、獲得し、そして維持していくことが求められる。   

たしかにサッカーという競技は、生涯にわたってサポーターやファンとの感情的なつながりを生みやすい。これはUSP(独自のセールスポイント)の一つにもなっている。だが忠誠心を基盤にした「持続可能なビジネスモデル」を確立しなければ、サッカー界で生き残っていくことはできない。

ファン・エンゲージメントとファン・エクスペリエンス

画像=Ian Francis / Shutterstock.com

ただし、ここでいう「忠誠心」とはファンがチケットや商品を購入する行為を指すのではない。むしろクラブ側がファンのニーズを深く理解し、忠誠心を示し、共通の目的や付加価値を作り出していく活動を意味する。

サッカー界では、このプロセスを「ファン・エンゲージメント」と呼んでいる。クラブ側はピッチ上で起きることはコントロールできないが、サポーターに忠誠心を示すことによって、より強固で持続可能な関係を構築していくことができる。

さらに述べれば「ファン・エンゲージメント」を高めていく際には、「ファン・エクスペリエンス(ファンが実際に体験できる事柄)」がカギになる。とりわけ重視されてきているのが、初めてサッカー観戦に訪れたファンを確実に魅了し、リピーターに変えていくための方策だ。

これは「初めてのファン・エクスペリエンス」と呼ばれるサプライズパッケージで、クラブの紹介に始まり、チケット購入のサポート、スタジアムにスムーズに到着できるための配慮、ウォームアップ中にベンチに招待されるような特権の提供、飲食やグッズ購入の際の優先サービスの提供、専門スタッフの配置、家族連れ専用の観戦エリアの設置、子供たちが寒がったり、退屈したりしないためのファミリールームの確保、クラブのマスコットがSNSを利用して、ターゲットのオーディエンスに自ら情報を発信するといった様々な仕掛けが含まれる。

ある意味では、サッカー観戦を満喫してもらうために、クラブ側が主催するツアーにも喩えられるだろう。

効果をもたらしたファン・エクスペリエンスのプログラム導入

スマートフォン向けのアプリやウェブサイトなどでのデジタルな体験、そして、スタジアムにおける実体験。これら二つのエクスペリエンスがうまく組み合わさり、有機的にファン・エンゲージメントを高めていけると、結果は驚くべきものになる。

例えば昨シーズン、イングランドフットボールリーグ(EFL:2部〜4部相当)は1951年以来となる最多の入場者収入を記録したが、これはファン・エンゲージメントを通じて、ファミリー層を取り込んだことに起因する部分が少なくない。

私たちは2007/08シーズンから家族連れを対象にした「ファミリー・エクセレンス・プログラム」の導入を呼びかけてきたが、フットボールリーグの子どもの入場者数は、最初の10シーズンで37%の増加を記録した。これは、600万人以上の子供たちがサッカーを体験したことを意味する。

このように、ファン・エンゲージメントに焦点を当てる方法論の有効性が証明された結果、ヨーロッパ全体でさらに多くの取り組みが行われるようになった。その中にはデンマーク、オランダ、さらには、サッカーが人気スポーツとしての地位を確立していないエストニアのような国々さえも含まれる。

今やファン・エンゲージメントは、サッカークラブのビジネスモデルにとって不可欠な要素にまで発展した。そこでも特に重要になるのが、これまでサッカーを体験したことのない人々に提供されるプログラム、上にも述べた「初めてのファン・エクスペリエンス」なのである。

ファン・エンゲージメントを向上させるために、ファン・エクスペリエンスを提供することの重要性は急速に高まってきている。次回は特に「初めてのファン・エクスペリエンス」に関して、サッカークラブがいかにして新たなファンを取り込もうとするのかを、実例を交えて詳述する。

 
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