多くのスポーツ選手がセカンドキャリアで指導者や解説者に進む中、ビジネスのフィールドで第一線を行くのが、元浦和レッズの鈴木啓太氏である。2015年に腸内フローラ(腸内の細菌生態系)の解析でアスリートのパフォーマンス向上を支援するAuB社(Athletemicro-biome Bank)を設立。現在は、化粧品や食品、医療機器メーカーとの共同研究や、一般を対象としたヘルスケアサービスの提供を見据えて、さらに事業を拡大しつつある。「経営者・鈴木啓太」に、そのビジョンと情熱、独自の経営哲学を聞いた。(聞き手は田邊雅之)
日本代表サッカー選手から、ビジネスのフィールドへ
――多くの元プロ選手が育成や指導、クラブ経営に携わる中、ビジネスマンとして企業経営の道に進んだきっかけは、どこにあったのでしょうか?
「僕の場合はサッカー選手になる時点から、サッカー選手としてプレーできる期間はそれほど長くない、30歳までやれればいいだろうなと思っていました。だから現役時代も、引退後のネクストキャリアについて考えながらプレーしていたんです」
「もちろん自分の場合は、現役引退後にサッカー業界に進んだり、スポーツの分野に直接関ったりする選択肢もありました。でも日本のサッカー界やスポーツ界が抱えている課題を考える度に、やはり違う角度から物事を見る必要があるのではないかと感じていて。サッカー界の中にいればこそ見えてくるものもありますけど、逆に見えなくなる要素ありますから。そこで一旦、(サッカー界の)外に出てみようと思ったのが、起業するきっかけの一つになりました。ビジネスというものにも興味がありましたし」
――日本のサッカー界・スポーツ界が抱えている課題とは
「現役引退後に指導者になりたいと思う人は多いですし、指導や育成はある程度自然に発展していける分野だと思うんです」
「でも僕がいつも感じていたのは、サッカーやスポーツ自体の地位がなかなか上がらないということでした。例えばJリーグなども、もっと力強いリーグに大きく発展できる可能性が十分にあるのに、そのポテンシャルを発揮しきれていないという印象が強かった。また日本の場合には、スポーツ文化そのものも、より発展して社会に深く根を下ろしていくことができるはずなんです」
「だからこそ自分としては、サッカー界やスポーツ界、そしてアスリートをこれまでと は違う立場からサポートして、スポーツ文化をより日本で発展させるのに貢献していこうと。完全にスポーツの現場から離れるのではなく、(間接的に)アスリートをサポートし たり、応援したりするような仕事をしたいと思ったんです」
個人的な経験を通して培われたノウハウと問題意識
――では腸内細菌の解析という、特殊な分野を選んだ理由は
「これは、自分自身のストーリーにも関係していて。僕は現役選手としてプレーしていた頃、『コンディショニング』がすごく重要だなといつも感じていました。もちろんサッカー選手には、スキルという要素もあります。また、トレーニングを積んでいけば力はついてきますが、そのベースにあるのは、やはりコンディショニングになる。コンディショニングが常にいい状態に保っていれば、いいトレーニングが生まれて、パフォーマンスの向上につながっていきますから」
「さらに言えば、その中でも特に腸が大事だなと感じていました。お腹の調子が悪い時は、(体全体の)コンディショニングも絶対に悪くなるんです」
――すでに腸内環境に対する問題意識があったと
「前日に何を食べたとか、1週間前からどんなものを摂取していたか。あるいは海外に行ったときには、いつもと同じようなものを食べているのに、どうしてお腹の状態や便の状態が変わるのだろうという関心はずっと持っていました。実際、腸内細菌のサプリメントを飲んだり、梅干しを食べたりしていましたし、食後には温かい緑茶を飲む、あるいはお腹を温めるということもやっていたんです」
「例えば、アテネオリンピックの予選に参加したときには、(日本代表の)みんなが集団で下痢になったんですが、僕は下痢にならなかった。だからアテネでの経験を通しても、腸がコンディショニングの要になると確信が深まりました。そもそも腸が大事だということは、小さい頃から母親からずっと聞かされていたんです。日本にはお腹に関することわざがいろいろありますから」
――過去の体験が、コンディショニングを科学的に管理するという発想につながった
「ただし僕が現役の頃は、腸内細菌の検査なんてできませんでしたから、コンディションに関しても、そこまでの物差しを持つことはできなかった。でも現役を引退する頃になると、技術が進歩して腸内細菌を調べられるようになったり、解析にかかるコストが下がってきたりしたんです。そういう時代の変化を受けて、アスリートのコンディショニングや、一般の人たちの健康づくりに貢献できる活動にチャレンジしてみようと」
「僕の場合は個人的なストーリーと、自分自身の想い――アスリートなどの支援を通して、スポーツ文化が日本で発展するのに貢献したいという気持ちがありました。それに加えて、(技術革新やコスト低減などの)環境の変化がうまく揃ったことで、現在のビジネスを立ち上げたんです」
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一流のサッカー選手から、ビジネスのフィールドへ。鈴木啓太氏の転身を支えたのは、日本のスポーツ界を支援したいという強い情熱だった。第2回は事業を実際に立ち上げたことによって初めて浮かび上がった、様々な壁と新たな可能性について話を伺った。
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