「スポーツで学んだことは、必ずビジネスに活きる」 野球・ラクロスのプロ選手が語る、セカンドキャリアのつくり方

スポーツがビジネスの一つのジャンルとして大きな地位を占めるようになって久しいが、アスリートも選手としてだけでなくビジネスパーソンとして活躍する例が増えている。

久古健太郎氏は東京ヤクルトスワローズの投手として活躍した後、2018年に32歳で引退。翌年2019年にデロイト トーマツ コンサルティングに入社する。アスリートのセカンドキャリアとしては異例のコンサルタントとしての採用だ。

山田幸代氏は現役のプロラクロスプレーヤー。2007年に日本で初めてのプロ宣言した選手でもある。世界のトップでプレーするために2008年に強豪オーストラリアのチームに移籍。2017年にはワールドチャンピオンシップオーストラリア代表に選出される。

現在は現役選手としてプレーを続けるかたわら、早稲田大学、日本代表デベロップメントチーム、台湾ナショナルチームと3チームをコーチとして指導。さらには、2028年のロサンゼルス五輪で正式種目を目指す世界ラクロス協会の選手会メンバーを務めている。2016年には日本でラクロスの普及と強化を目指す会社を自ら立ち上げ、経営者としての顔も持っている。

プロ野球からコンサルタントへ華麗な転身を果たした久古氏、ラクロスの現役選手、指導者そして経営者としても活動する山田氏に、アスリート人材の強みについて聞いた。

マイナースポーツはデュアルキャリアが当たり前

――アスリートの「セカンドキャリア」というテーマで、これまで久古さんやその上司の方々との対談を行ってきましたが、山田さんはアスリートのキャリアをどのようにお考えですか?

山田幸代氏(以下、山田):メジャースポーツとマイナースポーツでかなり違うと思いますね。マイナースポーツは競技だけで食べていくことはできませんから、現役中から二軸で生活することが当たり前なんです。セカンドキャリアをどうするというよりも、みんなデュアルキャリアなんです。もちろん競技中や練習中はしっかりと集中して取り組みますが、仕事や並行して進めているキャリアについても手を抜けません。その切り替えが大事だったりしますね。

久古健太郎(以下、久古):学生から社会人、プロ野球と経験してきましたが、野球界は目の前の試合に専念して、結果を出していくというのが当然でしたね。

――メジャースポーツでは、現役中に次のキャリアを考えるのは「逃げ」だと思われるという話も聞きますが…

久古:確かにそういった雰囲気があったのも事実ですね。スポーツキャリアで大成功できるのはひと握りの人しかいないのに、そこに入ることだけを考えることが当たり前になっているんです。8〜9割の人は、スポーツのキャリアだけでは一生食べていけるわけではないのに、引退後のことを考えていない人が多いんです。

山田:他に選択肢を知らない、ということではないかと思います。サッカー界はいくつかの大学と提携して進学サポートしているようですが、あまり知られていません。プレーを続けながら先のキャリアで武器となるものが得られるのに、もったいないですよね。スポーツというひとつの道を歩んできた人は、他に道があることを見つける力が備わっていないことがありますね。

子供たちの選択肢を増やし、その中から選んでもらう

山田幸代氏:現役のラクロス選手で2007年に日本人初のプロ選手に。大学や各国代表チームでの指導も行う。2017年には京都産業大学大学院マネジメント研究科の修士課程も修了。

――キャリアの選択肢はいまだに狭いと。では、そんな状況はどこから変えていけばいいのでしょうか?

久古:野球界は、そもそも競技人口が減っているんです。特に子供のプレーヤーが少なくなっています。私もそうでしたが、子供がスポーツを始めるのは親の影響が大きいと思うんです。だから、親世代に対して、野球でどんなことを学ぶことができるのかを、キャリアを経た人が示す必要があると考えています。そういう意味でも、私がロールモデルの1つになりたいと思っています。アスリート人材として、これまでの既成概念を崩せるような存在になりたいですね。

山田:私は、子供が大好きでずっと保育士になりたいと思っていたんです。だから、子供たちの選択肢を増やしてあげたいと思って活動してきました。「ラクロス選手になりたい」という子供が出てきてもいいはずなんですが、まだまだそういう子は少ないわけです。だからこそラクロスをもっと広めたいし、自分も競技の歴史などを学んで理解も深めています。

ただ、プロ選手となったというのはあくまで私の「答え」であって、誰にでも当てはまるものではない。みんなそれぞれの答えを見つけてくれることが重要です。

久古:「スポーツといえば野球」という時代もありましたが、今はいろんな選択肢が 増えましたからね。 子供たちが野球をやる意味を見出さなければ、競技自体が将来的に先細りしていってしまいます。

山田:教育レベルで変えていきたいですね。海外で過ごしたことでわかったのは、子供たちへの教育法やコーチングが日本とは大きく違うということです。ラクロスのオーストラリア代表を決めるのはトライアウト方式だったんですが、最初は200人くらいから選考がスタートします。その全員に対して、毎回フィードバックがあるんです。合格した人にも、落選した人にも。

私も一度、代表の最終選考で落選しているのですが、そのときの理由が「ランゲージ・バリア(言葉の壁)と、選ばれようとプレーしていたこと」でした。そうやってはっきりと言ってもらえるので、すぐに対策を立てることが立てられました。おかげで、4年後には代表になることができました。

日本では選考基準を明らかにしないことがよくあります。もちろん日本独自の文化があって、それがすべてダメということではないのですが、コミュニケーションの仕方を変えていけば、もっとリーダーシップやマネジメントを学ぶことができるのではないでしょうか?

久古:山田さんがプロ選手になったことで、学生にも子供たちにも大きな影響を与えられたと思いますよ。後進に道を作ったわけですから。

山田:そうかもしれませんね。子供たちの夢になるには、そのスポーツで生活できていることが必要ですから。ないものを作り出すことで、誰かのヒントに慣れたのであれば、うれしいですね。

客観的に見る視点、それはまさに「マーケティング」

――スポーツで学んだことは、現在どんなことに活きていますか?

久古:自分を客観視する視点ですね。例えば、何か失敗したときに原因を突き止めるため、状況を客観視できるようになったことは、スポーツでの経験が活きています。スポーツは失敗の連続ですが、その都度、課題を解決するためにいろんなアプローチをしてきましたから。そして、挫折やスランプを克服するときに培った、メンタルタフネスも持っています。

学業では「認知能力」を中心に学びますが、スポーツからはいわゆる「非認知能力」(※)を学ぶことができました。

(※非認知能力:目標設定や計画力、意欲、協調性、粘り強さなど定量化できない能力)

山田:私も、チームの中で自分の強みを活かすようにプレーするようにしてから、結果を得られるようになりました。一番になりたいと思っていたときには、一番になれなかったんです。もっと先に目標を置いて取り組んだときに、それまではね返されていた壁を越えることができました。アスリートは、定めた目標から逆算して取り組むことができるのが強みですよね。

――久古さんは、現在マーケティングという世界でビジネスをされています。山田さんも、大学ではマーケティングを学んでいらっしゃいますが、スポーツに活かされると思いますか?

山田:スポーツもビジネスも、実はやっていることは同じなんですよね。目標を設定して、それを細分化して、逆算して取り組む。アスリートはそれを無意識にやっています。動きながら考えられるというのも、強みだと思います。大きすぎる目標は見失いがちなので、そのときに集中して取り組めるくらいにまでブレイクダウンするといいですよね。

久古:マーケティングを現役時代に学んでいたら、もっとプレーに活かせたと思います。チーム内での自分のポジションや対戦相手の分析など、より効率的にできたんじゃないでしょうか。

スポーツとビジネスの共通点・相違点

久古健太郎氏:2010年から2018年東京ヤクルトスワローズに所属し、主に中継ぎ投手として活躍。引退後2019年にデロイト トーマツ コンサルティング合同会社入社。スポーツチーム及び一般企業へのコンサルティングに従事している。

――スポーツと違って、ビジネスでは努力が結果に結びつかないこともあります。また、結果が出るまでに長い時間がかかることもあり、そのあたりは大きな違いかと思いますが…

久古:「結果」といっても、いろいろありますよね。ひとつの結果が出なかったとしても、自分の中で別の目標を作って結果を作ればいいんです。アスリートはそれができます。

山田:確かにビジネスは結果が出るまでに時間がかかります。そんなときこそ、自分の現在地を知ることが大切です。努力とか根性ではなく(笑)。他者がしていることを気にするのではなく、自分の「いま、これから」を見つめ直すときです。

久古:山田さんは、営業でトップセールスを記録したことがあるんですよね?

山田:飛び込み営業をしていたことがあるんですが、競技と両立させるために会社にいろいろとリクエストしました。ワールドチャンピオンシップイヤーだったので、大阪採用だったのに東京勤務にしてほしいとか、練習する時間を確保したいとか。その代わり、結果を出さなくてはならなかったんです。飛び込み営業は相手にしてもらえないことがほとんどなので、自分でルールを作ってがんばりました。

久古:まさにアスリート気質ですね。

山田:でも、売り上げを大きく挙げたのは、自分の営業ではなく間接販売の部門だったんです。代理店の管理も任されていたんですが、そこからの売り上げがすごかったんです。まさにチームマネジメントが活きましたね。ラクロスの前にはバスケットボールもやっていたんですが、決して上手なプレーヤーではありませんでした。でも、チームには欠かせない存在としてキャプテンを任せてもらっていました。先頭で引っ張るタイプではなく、みんなと一緒に盛り上げていくリーダーでした。

久古:マネジメントという面では、スポーツの経験は貴重ですよね。私の大学時代は、全体練習よりも自主練習が中心だったんです。監督は「オレがいると自主練にならないから」といって、すぐにいなくなってしまいました。あとは自分たちで練習するわけですが、自分なりに工夫して伸びる人と、サボって伸びない人がはっきりと分かれます。それを目の当たりにしたので、自分で考えるクセがつきましたね。

山田:久古さんは「なぜ?」を、常に持っている人だったんですね。

久古:「なぜ?」という感覚は、プレーの上手い下手に関係なく必要になってくるはずなんです。「なぜ、そのプレーをしたのか?」ということに答えを出せなければ、それが成功しようが失敗しようが、先々の成長にはつながりませんよね。

山田:私はいま、いくつかの大学でコーチをしていますが、質問の仕方で伸びる選手かそうでないかがわかります。「今日の私どうでした?」というのはダメですね。コーチは80人くらいの選手を見ているわけですから、「今日の私」といわれても、すぐには思い出せない。

一方で、「○○の状況で△△をしてみたんですけど、□□のほうがよかったでしょうか?」と質問されると、こちらもすぐにイメージできて明確な意見を述べることができます。答えやすい質問ができる選手は、それだけ自分で考えている証拠でもあるわけですね。

スポーツでの学びを活かすには、「意志」が必要

――人生を通して得られる経験を凝縮して学べるのがスポーツなんですね。

山田:体力がつくというメリットもあります(笑)。疲れていると、頭も働きませんよね。今日やるべきことをやりきれる体力は、スポーツをやっていたからこそですね。明日に繰り越さないで済みます。

久古:「あのツラい練習に比べれば…」と思うと、たいていのことは乗り切れますよね。

山田:私も子供の頃からいろいろなことをやらせてもらってきたので、子供たちにはたくさんの経験をしてもらいたいんです。スポーツは「運動」だけでなく、人に伝えるコミュニケーションやチームワークにおける考え方などを学べます。自分が追い込まれると、他人を思いやる余裕がなくなるという経験もしました。スポーツでもビジネスでも、コミュニケーション力の高さが結果につながります。

久古:そうですね。スポーツで学んだことは、必ずビジネスに活きると思います。

山田:ただし「何をやりたいか」という意志を持っていることが条件だと思います。セカンドキャリアを考えるときに「何ができるかわからない」という人がいるのですが、そうではなく、自分のやりたいことを見つけなくては次には進めません。やりたいことがあるからこそ、それについて調べたり、学んだりといった次のステップが見えてくるんですね。

将来的なビジョンが明確で、そのために今やるべきことに取り組む二人。野球というメジャー競技、ラクロスというマイナー競技の違いはあれど、アスリートとしての経験がビジネスシーンにおいてアドバンテージとなりうるなど、スポーツとビジネスにおける認識には共通する考えが多かった。「ロールモデル」の存在が、これからのアスリートの未来をつくっていくに違いない。

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