今、プロスポーツの世界で注目を浴びるマーチャンダイジング企業がある。ファナティクスだ。グローバルではMLBやNBA、日本国内ではプロ野球やJリーグのチームをはじめ数多くのスポーツ団体・組織とパートナーシップを結び、グッズの売上増をもたらすと共にファン満足度も向上させている。
ファンの心をつかむ「秘訣」とは?ファナティクス・ジャパン合同会社 戦略部の諸原太陽氏が、HALF TIMEとヤプリ共催のオンラインセミナーで語った。
グッズ売上を5年で2.5倍に。ファナティクスのビジネス
2024年9月20日(日本時間)、歴史的な一日となった。大谷翔平選手がMLB史上初の「50-50(50本塁打・50盗塁)」を達成。日本中が歓喜に酔いしれた。
その試合終了から10分後、この前人未到の偉業を記念したグッズ販売が早くも開始された。興奮さめやらぬファンが次々と買い求め、喜びを分かち合い、さらなる熱狂の輪が広がっていった。
「ファナティクスではファンを熱狂させ続けることにこだわっている」と、諸原太陽氏は語る。
ファナティクスはアメリカに拠点を置く世界最大級のスポーツマーチャンダイジング企業。MLB、NBA、パリ=サン・ジェルマンといった世界屈指のリーグ、球団・クラブなどのコンテンツホルダーとパートナーシップを締結し、グッズの企画から製造、販売までを通じて、レベニューシェアにより収益増に貢献するのが同社のビジネスモデルだ。
日本法人は2018年に設立され、現在はプロ野球3球団、Jリーグ6クラブ、Bリーグ2クラブ、さらにはワールド・ベースボール・クラシックやプレミア12といった国際大会のマーチャンダイジングを手掛けている。
最大の特徴は、企画・製造から倉庫運営、販売までを自社で完結できる点だ。アパレル業界でいうZARAやH&M、ユニクロといった製造小売(SPA)のような業態で、「スピード感のある商品展開とフレキシブルな対応で、ファンの満足度を最大化できる」(諸原氏)。
2021年から提携する清水エスパルスでは、2024年度のグッズ売り上げがコロナ禍前の2019年度と比較して2.5倍に増加しており、その成果は数字となって表れている。
「大谷翔平50-50達成」試合終了10分後に記念グッズ発売
ファナティクスが大事にしているのが、「ものづくりへのこだわり」(諸原氏)だ。
中でも、ファンの熱量が高まる瞬間(ホットマーケット)を狙って記念グッズを提供する点はファナティクスの大きな強み。「チームの優勝や記録の達成から販売の開始、商品のお届けまでをいかに早くできるか。ファンが望む商品を即座に提供することを大事にしている」(諸原氏)。
前述の大谷選手の「50-50」の記録達成では、試合終了から実に10分で販売が開始された。ファンの熱量が最高潮にあるタイミングで商品を購入できる態勢を整えたことで、同社の中でホットマーケットに投入した商品としては歴代最高の売上を記録している。
それ以外にも、チームと共に新たな商品を生み出す取り組みにも力を入れている。
代表的な事例が、鹿島アントラーズと制作した「しかたこ」だ。クラブの象徴である「鹿」と鹿島灘の名産品である「たこ」をモチーフにした新たなキャラクターで、昨年5月のホームゲームイベントで登場した。
ファナティクスは「しかたこ」という新たなキャラクターの企画を提案した上でグッズの製造・販売を担い、クラブはマーケティングに注力して「しかたこ」をクラブのストーリーに組み込んで発信。多くのファンの心をつかんだキャラクターとなった。
「遊び心あるアイデアもファナティクスの強み」と諸原氏が言うように、「ものづくり」にとどまらず、クラブと連携して新たな応援文化を生み出していくことで、ファン満足度と売り上げの最大化を実現した取り組みだといえる。
店舗でもECでも「顧客体験」を追求
ファナティクスでは販売戦略も重視している。そのキーワードは「顧客体験」だ。
例えば、ファナティクスでは読売ジャイアンツとのパートナーシップ締結後、東京ドームの場内・場外4カ所にある常設店舗のフルリニューアルを行った。定番のフェイスタオルなどを揃えた全世代のファン向けのストアから、選手着用ユニホームと同じ仕様・素材のアイテムを取り扱うプレミアムなストアまで、異なるコンセプトを持った店舗運営が展開されている。
また昨春MLBの開幕戦が行われた韓国では、仮設店舗でもフロアカーペットを敷くなどして高級感のある設えにしたことで、「韓国のファンの方々に非常に満足いただき、大きな売り上げを実現できた」(諸原氏)。
ファナティクスでは店舗への継続的な投資を欠かさず、それが「顧客体験」の向上につながっている。それはECにおいても同様だ。
「球団やクラブが持つ強いコンテンツを活かすことはもちろん、より付加価値をつけていきたい」と諸原氏が話すように、細部にわたる仕掛けも用意している。例えば、昨季読売ジャイアンツのリーグ優勝記念グッズをECで展開した際、一定額以上の購入者へは特別記念のパッケージで配送した。リーグ優勝というファンにとって特別な瞬間を、さらに特別なものにする演出だ。
セミナーでモデレーターを務めた株式会社ヤプリ 執行役員CCOの金子洋平氏は、「現状に満足することなく、ファン一人一人の声を聞きながら、さまざまなデータをとってPDCAを回し改善していこうという姿勢があらゆる場面に表れている」と感嘆する。
想定の100倍の注文も…部門の壁を越えて販売を実現
なぜファナティクスでは「ものづくり」から「顧客体験」に至るまで、細部にわたるこだわりを貫くことができるのか。その答えは、組織哲学だと諸原氏はいう。
「私たちは『We Amplify “Fandom”(ファンを熱狂させ続ける)』というミッションを掲げています。社員全員がこのミッションに対して愚直に取り組んでいます」(諸原氏)
昨年開催されたプレミア12の決勝。台湾が日本を破り、初の国際大会優勝を飾った。事前の予想では、台湾が優勝した場合の記念グッズの売り上げは1000枚ぐらいではないかとみられていた。だがふたを開けてみれば、想定の何倍、何十倍という注文が入り、「事前に確保していた製造ラインでは到底間に合わない状況」(諸原氏)だった。
こうした場合、販売部門が絶好機と捉えても、製造部門が「無理だ」と突っぱねることも会社によっては起き得るだろう。だがファナティクスでは、部門の壁を超えて取り組むことができた。
「とにかくファンのために何ができるかを考えていこうと。コストがかかっても製造体制を再構築できないか、納期を延長すれば追加販売できるのではないかなど、1日・2日の間に模索しながら議論を交わし、追加販売を実現しました」(諸原氏)
結果、当初想定の100倍以上にもなる13万枚以上もの売り上げを1週間で記録するに至った。
「『ファンにどうしたら喜んでもらえるか』という姿勢は、必ずファンに伝わる。“これが自分たちの強みなんだ”と自信を持って言える組織はやっぱり強い」(金子氏)
ファナティクスには“ファンのため”という行動原理が根付いている。全員がそれを理解して共有しているという組織的な強さこそが、最大の強みだといえるのだろう。