日本バスケットボール界のレジェンド、渡邉拓馬が「現場」と「社会」にこだわる理由

画期的なビジネスの開拓やセカンドキャリアの構築など、スポーツ界は新たな活気を呈しつつある。そのような状況の中、日本社会に着実に浸透してきているのがスポーツを通した社会貢献活動だ。バスケットボール界のレジェンドにして、現在はスペシャルオリンピックス(SO)のドリームサポーターを務める渡邉拓馬氏が、スポーツが担うべき真の役割と、未来に向けて大きく広がる「夢」について語った。(聞き手は田邊雅之)

アルバルクのフロント業務を通して見出した、新たな目的と喜び

Takuma Watanabe
People with intellectual disabilities
Special Olympics Japan
渡邉拓馬氏は現在、知的障がいを持つ人々のスポーツ支援を行うスペシャルオリンピックス日本のドリームサポーターを務める

――渡邉選手は現在、スペシャルオリンピックス(SO)のドリームサポーターとして活動されています。きっかけから教えていただけますか?

「僕は2016年に一度現役を引退し、アルバルク東京のフロントに、アシスタントゼネラルマネージャー兼スクール・アカデミーコーチとして加わりました。当時の僕は30年以上、現役生活に情熱を捧げた直後だったこともあり、少し燃え尽きたような部分もあったんですね。

でもクラブのフロント業務をこなしながらバスケットボールの普及活動や、特別支援学校の訪問などをさせていただくうちに、なんとなく本当にやりたいことが見えてきた。自分の身体が動くうちにスポーツの素晴らしさや、人と人がつながる温かさを直接伝えていく活動をした方が、僕には向いているのではないかと思うようになったんですね。アルバルク東京のアカデミーでコーチをしていた塩野くん(塩野竜太氏。アルバルク東京、現アカデミーマネージャー)とも、何度もそんな話をしたのを覚えています。

SOさんにご縁をいただいたのは、ちょうどその頃でした。もともとアルバルクの親会社であるトヨタ自動車はSOさんを支援していたので、それがきっかけで、徐々に新たな一歩を踏み出した感じです」

――渡邉選手はアルバルク東京のフロント時代、立川ダイスという3X3.EXE(3人制バスケットボール)のチームでもプレーを再開されました。これも社会貢献活動の一環だったと伺っています。

「ええ。アルバルク東京は立川ダイスと共に、地域活性化のための共同プロジェクトを立ち上げたんです。しかも3X3.EXEはB.LEAGUEのシーズンオフに開催されることになっていた。そこで自分がコートに立てば、B.LEAGUEと3X3.EXEのファンを結びつけて、両方のリーグをさらに増やしていくことができる。何より立川という地域が、バスケットボールを通じても盛り上がっていくことができる。そう考えたんです」

――現役時代から、社会貢献の意識が強かったのでしょうか?

「あまり意識したことはありませんでしたが、自分にできることがあれば、積極的に対応させていただきたいといつも思っていました。僕は福島県出身なので、東日本大震災の後は、何かできることはないだろうかと考えるようになりましたしね。だから現役時代も試合の席を自分で確保して、子どもたちを招待するような活動を続けていたんです」

SOの持つ最大の魅力と、スポーツが果たすべき社会的使命

Takuma Watanabe
Special Olympics Japan
B League
Unified Sports
スペシャルオリンピックス日本はB.LEAGUEとも連携。知的障がいのある人・ない人が混合チームでプレーする「ユニファイドスポーツ」を実施している。写真提供=スペシャルオリンピックス日本

――B. LEAGUEは設立当初から、様々な社会活動に力を入れてきました。2年前からはSOと連携してユニファイドゲームも開催されるようになりましたし、選手個々のレベルでも、スポーツを通じた支援の輪を広げようとされる方が、着実に増えてきています。様々な社会活動が行われている中で、SOの活動はどこが最も特徴的だと思われますか?

「選手はもちろん、世の中や周りの人たちも、すごく巻き込んでいける点でしょうね。家族や親族、あるいは地域ぐるみでスポーツから何かを学んだり、社会とのつながりが新たに生みだされていく。それが誰にでも実感できるのは、SOさんの活動ならでは特徴だと思います。

僕は昨年3月、アブダビで行われた世界大会に参加させていただいたんですが、観客席で開会式を観ていた家族や親戚、近所の方々などは本当に心から喜ばれていた。たしかにこれまでは、人知れぬご苦労もあったと思います。そういういろんな想いや経験が、大きな喜びや深い感動に変わっていくのが、こちらにもひしひしと伝わってくる。

あの場面には本当に心が打たれました。鳥肌が立ったほどです。それと同時に、こういう環境は日本に最も足りない要素なので、すごくもったいないなと痛感したんです」

――たしかに日本の場合は、スポーツがあまり社会的な貢献活動を果たしていないということが指摘されてきました。一方、海外でのスポーツ界では、スーパースターと呼ばれるアスリートが、社会貢献にも精力的に取り組んでいることで知られています。

「僕はNBAでプレーしていたマイケル・ジョーダン選手が好きだったのですが、彼はロールモデル(お手本)として、地域貢献に人一倍、熱心に取り組んでいました。子どもたちとも、常に積極的に触れ合うようにしていましたし。

僕はああいう姿にもすごく憧れましたね。ジョーダン選手は社会的な活動においても、強いリーダーシップを発揮しようとしていた。その自覚や責任感があるから、実際の試合でもあれだけ素晴らしいプレーをすることができたんです。

スポーツの世界では、ともすれば能力や才能ばかりがクローズアップされがちですが、土台となる人間性がしっかりしていなければ、実際の試合でも絶対に結果は出ない。アスリートとしての能力とは、その人間の一部分に過ぎないからです。バスケットボールに限らず、日本のスポーツ界や社会全体を本当の意味で発展させていくためには、僕たちがそのことをしっかり子どもたちに伝えていかなければならないと思いますね」

――社会の正しい在り方や人としてのあるべき姿を、次世代に伝えていくと。

「ええ、でも必要以上に堅苦しく考える必要はないんです。そもそも僕たちはバスケットボールが好きだし、プレーするのが楽しいから続けているわけじゃないですか?でも日本の場合は、子どもたちに画一的な教え方をするやり方や勝利至上主義、練習を強制するような部活的な発想が今も根強く残っている。もちろん挨拶や規律を守る大切さを子どもたちに教えていくという点では、部活動も大きな役割を果たしています。でも限度を超えてしまうと個性がなくなりますし、プレーをする楽しさが失われてしまうんです。

これは競技人口を増やしていく上でネックになるだけでなく、レベルの底上げも阻んでいきます。バスケットボールの試合で言えば第4クォーターのように、勝負を決める大詰めのところで問われるのは本当の意味でもメンタルの強さであり、創造性の有無になりますからね。この『楽しむ』という姿勢は、社会的な活動や、子どもたちの指導でも大切になる。そもそも指導者が、本当にバスケットボールを楽しめていなかったら、その気持ちは相手に伝わってしまうじゃないですか(笑)。

だから自分が感じている楽しさを、いろんな人たちと自然に共有していこうと思えばいいんです。それがSOさんの活動やユニファイドゲームを、より多くの人たちに知ってもらう機会にもつながりますから」

バスケットボールという競技の根幹にあるもの

Active era
Takuma Watanabe
Basketball
現役時代の渡邉拓馬氏=本人提供

――SOの活動では、様々な競技が実施されていますが、バスケットボールという競技だけが持つ魅力や面白さは、どう表現されますか?

「バスケットはボールを手で扱うので、一見簡単そうじゃないですか?でも実はまったく違っていて。指先には精神状態がすごく反映されるので、プロの選手でも簡単なシュートやフリースローを外したりしてしまう。その点では、人の気持ちがすごく表れやすい競技なんです。

またバスケットボールでは、違った意味でも気持ちがパフォーマンスに影響する。例えばパスをつなげようと思った時に、いちばん大切になるのはテクニックではなくて、ちょっとした気遣いや思いやりなんです。こういう要素が欠けていたら、チームは絶対に機能しなくなる。しかも手でボールを扱う分だけ、どこまで仲間のことを考えてプレーしているかが、はっきりとわかるんです」

――バスケットボールは、ハート(心)でプレーするスポーツだと。

「それは個人的な経験からも断言できます。学生時代は自分が中心のワンマンチームでプレーしていたので、僕が頑張れば、なんとか試合に勝つことができたんですね。とはいえ上のカテゴリーに行くと、やはり壁にぶつかるし、シュートも入らず、試合でも勝てないという日が、いつかは必ずやってくる。

僕は自力でなんとかしようと思ったんですが、今振り返ってみると、その考え方は間違っていた。 選手である以上、地道に努力を続けていくのは当然になる。でも壁を乗り越える上でカギを握るのは、むしろ仲間のために自分が犠牲になろうという発想なんです。

そうすればチーム全体としてのプレーの幅が広がるし、敵のマークが分散してくるので、自分にもいい形でチャンスが回ってくる。仮にシュートの本数や得点は減ったとしても、試合の大詰めでチームに勝利をもたらせるような、本当に決定的なプレーができるようになりますから。それに気づくことができたのは、選手キャリアで大きな転機になりました」

――渡邉選手のような方でも、そういう経験をされてきたのですね。

「僕たちは自分ひとりで生きているわけではなくて、誰もが家族や周りの人たちに支えられている。チームメイトや指導者のサポートがあるからこそ様々な気づきが得られるし、毎日プレーできるんです。だから僕たちも自分に何ができるのかを考えながら、少しずつチームや周りの人たちに恩返しをしていかなければならない。それが巡り巡って、自分が活かされることにつながってくるのだと思います。

例えば昨年はラグビーのワールドカップが行われて日本代表が注目されましたが、稲垣啓太選手が活躍されたケースも象徴的だったような気がします。普通の場合、稲垣選手はトライを決められるようなポジションではプレーしていない。いつもはフォワードの選手として黙々と体を張って、チームメイトをサポートし続けている。そういう苦労があるからこそ、ああいう舞台で努力が報われるんでしょうね。これは社会とのつながりに関しても、言えることだと思います」

スポーツから、社会全体に大きく伸びていく枝葉

――スポーツそのものが社会に貢献していくことによって、アスリートの方々が社会の中で活かされるようになっていく。B.LEAGUEやSOの活動は、このような新たな関係性を日本に定着させる上でも、重要な役割を担っている印象を受けます。

「僕は今、SOさんのドリームサポーターをさせていただいていますが、他の選手も、どんどんこの活動に加わってもらえるような、いい流れを作っていきたいですね。B.LEAGUEをさらに発展させて世界に誇れるものにしていくためには、それにふさわしいスポーツ文化を根付かせていくことも必要だと思いますから。

 社会とのつながりを増やしていくことは、広い意味で受け皿を作っていくことにもなる。B.LEAGUEは設立から4年が経って、今ではB1からB3までリーグが増えた。今後は現役を終えて、引退する選手も年々、増えてくるじゃないですか? 

そういう選手のセカンドキャリアのためにも、地域とより密接に連携したり、一般企業で認められるような人材を育てていったりするのが、今後の課題になってくる。現役引退後の選択肢がなければ、子どもたちが将来、プロになる夢を抱くこともできませんし」

――渡邉選手ご自身は、今後に向けて、どんな抱負をお持ちですか。

「僕は今3X3.EXEのNATUREMADE.EXEというチームでプレーしながら、東京オリンピック出場を目指しています。このチームは大塚製薬さんが親会社なので、試合のない日には、食育を絡めた親子のバスケットボール教室なども企画するようになりました。

スポーツと食育は絶対切り離せないし、僕は子どもたちに『何を食べたら、そんなに大きくなれるの?』と質問されることが多い。バスケットボールを通じて食事と健康の大切さを知ってもらったり、親子でのコミュニケーションを深めてもらったりするのに最適な人間なんです(笑)」

――ご自身の武器を新たなフィールドで活用され始めた(笑)

「ええ、でもこれはほんの一例です。SOさんの活動からもわかるように、スポーツからは社会に向けて実はいろんな枝葉が伸びていて、様々なコラボレーションが自由に展開できる。アイディアさえあれば、世の中の壁をなくして、様々な人や分野を全部つなげていけるんです。

今はバスケットボールでオリンピックを目指しながら、自分がずっとやりたいと思っていた社会的な活動も楽しみながらできているので、毎日がすごく充実していますね。その意味でも、自分の決断は正しかったし、SOさんの活動がさらに広がっていけばいいなと思っています。やはりバスケットボールでも社会に恩返しをさせていただくための活動でも、笑顔で『楽しみながら』というのが大切なんですよ」

Takuma Watanabe

◇渡邉 拓馬(わたなべ・たくま)

1978年福島県生まれ。福島工業高校時代から、日本のバスケットボール界の未来を担う逸材として大きな注目を集める。拓殖大学を経てトヨタ自動車(現アルバルク東京)に入社。以降、JBLはもとより日本代表の国際大会においても数々の栄冠に輝く。2016年に現役を引退し、アルバルク東京のアシスタントゼネラルマネージャー兼スクール・アカデミーコーチに就任。3X3.EXEの立川ダイスでプレーを再開した後、アルバルク東京の普及マネージャーを経てから、草の根における競技の普及やスポーツを通した社会貢献に主眼をおいた活動を開始するために、アルバルク東京を2019年2月に退社。現在は3X3.EXEのNATUREMADE.EXEに所属しながら、スペシャルオリンピックス(SO)のドリームサポーターも務めている。

(TOP画像提供=スペシャルオリンピックス日本)