昨年、横浜DeNAベイスターズと横浜F・マリノスは「I☆YOKOHAMA SERIES(アイラブ・ヨコハマシリーズ)」と銘打って、両チームが共通デザインのユニフォームを着用するなどのコラボレーションを実施してきた。これはベイスターズが大洋ホエールズからチーム名を変えて30年、F・マリノスがクラブ創設30周年と、それぞれ節目の年を迎えたことが背景にある。
野球とサッカーという日本の二大プロスポーツでの、競技を超えたコラボレーション。その裏側にあった創意工夫やポイントを、各担当者に振り返っていただいた。
きっかけは人事部同士のつながりから
「I☆YOKOHAMA SERIES」は、横浜を拠点とする両チームが「30周年」を記念して、スポーツを通じて横浜の街を盛り上げること、そして横浜を世界に誇るスポーツ都市にすることを目指して行われたコラボレーションだ。
その背景には、コロナ禍に「スポーツの力で横浜を元気にしたい」と考えていた両チームの連携があった。横浜DeNAベイスターズで当時グッズ制作などのマーチャンダイズ業務を担当していた長谷川竜也さんはこう語る。
「もともとは2020年、コロナ禍でスポーツ界が大きくダメージを受けていたときに『今だからこそできることはないか』とスポーツ業界の方々とコンタクトを取る中、チームの人事部同士が知り合いだったことでF・マリノスさんとも情報交換ができたんです。話をしていくうちに、2022年はちょうど30周年が重なるので、『一緒に横浜を盛り上げていく活動をしたいですね』となったんです」
本格的な協議に入ったのは、2021年の秋ごろからだったという。
コラボレーションというと、どうしても目先の利益に目が行きがちだが、「今回は、横浜という地域をスポーツで元気づけたいということをとにかく第一義に考えました」と、横浜F・マリノスでマーケティングを担当する矢野隼平さん。
だからこそコラボレーションは「単発の集客イベント」ではなく、スペシャルユニフォームの製作から共同発表、現役選手や往年の名選手らが出演した動画コンテンツの展開、そして選手を絡めたイベントの実施にまで広がっていった。
「異例」のスペシャルユニフォーム
コラボレーションの当初の目玉企画は、本拠地を同じくするサッカーと野球の両チームが、共通のデザインのスペシャルユニフォームを着用して試合に挑むというもの。ただし、その実現には大きな困難が伴うことになる。
両チームのユニフォームサプライヤーは異なり、言うなればアパレルメーカーとして競合同士の関係。もちろんサッカーと野球ではサプライヤーとの契約内容も違う。さらには、世界でも前例のない企画を日本だけで実施することに対して、丁寧な説明が求められた。
「せっかく30周年が重なるコラボをするのだから、記念グッズだけではなくどうしても同じユニフォームで試合がしたかった。ですからサプライヤーの方々とミーティングをさせていただき、両チームから企画にかける熱い想いをご説明して、なんとか理解いただいて実現しました」(長谷川さん)
他部署が進めていたスペシャルユニフォーム制作に、F・マリノスの矢野さんも「本当にそんなことができるの!?と、正直驚きました(笑)」と目を丸くし、「ユニフォーム発表後には、どのようにコラボが実現できたのかとJリーグの5クラブから問い合わせを受けました」とも明かしてくれた。
集客もユニフォーム販売も「好調」
大きなビジョンに向けた取り組みとはいえ、やはり短期的な成果はひとつの指標になる。その点で、今回のコラボレーションの反響は、両チームとも想像以上だったという。
「今回のコラボをきっかけに、ベイスターズファンの方々がF・マリノスさんの試合を観に行ったり、逆にF・マリノスさんのファンの方々にベイスターズの試合を見に来てくださったりという現象が起こりました」と、長谷川さん。
実際、F・マリノスの試合への来場者増は数字でも表れている。「(スペシャルユニフォームを着用した)6月25日の柏レイソル戦の来場者数は2万3368人。過去の柏レイソル戦と比較すると来場者数は歴代2位、チケット売上は歴代1位と大盛況でした」(矢野さん)
スペシャルユニフォームも両チームから一般販売を行なったが、「目新しさとカッコよさが相まって、非常に好調」(F・マリノス)、「ファンの方からも好評で、予想を超えてたくさんの方々に購入いただいた」(ベイスターズ)。SNSでも話題になり、多くのファンに届いた企画となった。
一方で、今後に向けた課題も見つかったという。それは、野球やサッカーに日ごろ触れていない、どちらのチームのファンでもない人々の興味関心をどう掴んでいくかということだ。
スペシャルユニフォームを着用する試合の前には、横浜駅コンコースや駅近くの高島屋などランドマークとなる場所で屋外広告も行なった。しかし、認知は得られたとしても球場やスタジアムまで足を運んでもらうのにはもうひとつ高い壁がある。
毎試合来場者データを取っているというベイスターズの長谷川さんは、「どちらのチームのファンではないという地元の方々に興味をもっていただくのはやはり難しい。これから時間をかけて取り組んでいく必要性を、改めて実感する機会にもなりました」と話す。
思ってもいなかった「意外な効果」も
企画を進めていくと、思わぬ「波及効果」も出てくる。当初、スペシャルユニフォームの着用は6月下旬の試合だけだったが、両チームとも想定外の反響から急遽着用を増やすことになった。
「ベイスターズは6月の3連戦でスペシャルユニフォームを着用したんですが、なんと3連勝。それから本拠地17連勝という記録まで達成しました。F・マリノスさんのJリーグ優勝争いもあり、『とても縁起が良い』と話題になったことで、シーズンの山場である9月にも再び着用することになったんです」(長谷川さん)
選手からの反応も、想像以上に良かったという。
「実は、スぺシャルユニフォームの再着用は選手からの要望も大きく、選手の声を集約してキャプテン(佐野恵太選手)がチームに伝えてくれたほどです。正直、ここまでの大きな反響があるとは思いませんでした」(長谷川さん)
F・マリノスでは、先述の6月のベイスターズの試合で水沼宏太選手らが始球式を担当した。「選手たちは始球式をとても楽しみにしていたようで、投げ込みの練習もしていました。コラボイベントがきっかけで、お互いの試合を観に行くようになったり、食事に行く仲になった選手もいるようですよ」と、矢野さんは話す。
他にも波及効果は、チームのフロント(ビジネススタッフ)側にも。「今回の一連のイベントを通して、両チームの各部署同士が気軽にコミュニケーションを取れるような間柄になりました」と長谷川さんが話せば、「チームの他部署から、またコラボをと熱い要望を受けています(笑)」と矢野さん。
今後、日々の業務でもさらに情報交換が進めば、再びこういったコラボレーションが活発に企画されていくはずだ。
目指せ「両チームの同時優勝」
コラボレーションの追い風も受けて、2022年シーズンのJリーグを制覇した横浜F・マリノス。「やっている自分たちも本当に楽しくて」と笑みがこぼれる矢野さんに続いて、長谷川さんはベイスターズでもチームの勝利、そして優勝を目指していきたいと話す。
「実現させたいのは、両チームの同時優勝。2022年のF・マリノスさんの優勝を目にして、あらためてその思いが強くなりました。その時はぜひ優勝パレードを一緒にやりたいですね。我々は(優勝を)追いかける立場ですから、F・マリノスさんと一緒に横浜から世界に誇れるチームになっていきたい。
チームとも『横浜の地をもっと盛り上げていきたい』という想いを持っていますから、時間はかかるかもしれませんが、今後も協力しながら取り組みを続けていきたいと思います」(長谷川さん)
「I☆YOKOHAMA SERIES」は、スポーツ業界の優れた広報・PR活動を表彰する「スポーツPRアワード」(スポーツナビ主催)にて、HALF TIMEが選ぶ「メディア賞」にも選定させていただきました。好事例が広く共有され、いっそう業界内で新たなアイデア・取り組みが生まれることを願います。