世界大手のコンサルティングファームであるKPMGコンサルティングは、Jリーグの湘南ベルマーレとパートナーシップを組み、「地域共創型でのSDGs推進」というこれまでに類を見ない取り組みを始めた。前編では同社執行役員の佐渡誠氏に、スポーツが持つ「地域活性化」に向けた可能性を聞いた。
世界的なコンサルとスポーツを結びつけたもの
――先日発表された湘南ベルマーレとのプロジェクト、「地域共創型デジタルプラットフォーム」は大きな反響と注目を集めています。そもそも御社がスポーツの分野に参入された経緯からお聞かせいただけますか?
KPMGコンサルティングは世界4大コンサルティングファームの一つと言われているんですが、日本法人は立ち上がってまだ8年目くらいなんですね。
当然、差別化を図っていかなければなりませんから、そこで我々が軸に据えたのは、先進的なデジタル技術を使って、社会にインパクトを与えられる領域に取り組んでいくことでした。売上や規模で勝負するのではなく、多少は時間がかかっても、世の中に価値を創り出していこうと。
デジタルを使って社会課題に向き合っていく場合、「かけ算」できるテーマはいくつかあるんですけれども、私が統括しているビジネスイノベーションユニットでは、まちづくりやスマートシティ構想を重要なテーマにしてきました。
これを実現する上で、スポーツは非常に重要なコンテンツになるんです。つまりスポーツを軸にしながら。最新のデジタルと課題解決というミッションを掛け合わせて、KPMGコンサルティングらしいソリューションの提供をしていく。それがスポーツイノベーションビジネスを立ち上げた発想でした。
スポーツビジネスが持つ本質的な相違
――とはいえ従来、御社が手掛けてきた分野とは、大きく異なる印象を受けます。
実は当社は、eスポーツの分野では先駆者だったんです。eスポーツに参入したい企業様の戦略を考えたり、サービスを開発したり、あるいはイベントプロデュースまでも考えるチームを2016年頃に立ち上げ、かなりの業績を上げていました。
またKPMGコンサルティングは母体が監査法人であるため、スタジアムやアリーナ建設に関する監査業務もたくさん手掛けていました。その意味では、全く畑違いの分野に飛び込んだわけではないんです。先ほど述べたように、デジタルとスポーツを活用して価値を生み出していきたいという思いは、社内全体として以前から共有されていましたから。
ただし、コンサルティングのアプローチ自体は、従来とかなり異なっていたのも事実です。たとえば従来型のコンサル業はインダストリー(業界)ごとに細かく分かれていて、戦略、サプライチェーン、技術などケイパビリティ(機能)とのマトリックスがすでに決まっている。これらの枠にうまく合致する課題があれば、こちらが解決いたしますという受動型のスタンスが中心なんですね。
このようなマトリックス構造は、他のコンサルファームも同様だと思いますが、スポーツビジネスにおけるイノベーションの発想は明らかに異なっている。特定のテーマや「イシュー(課題)」にフォーカスしながら、様々な企業をコングロマリット的に結びつけ、課題解決のために働きかけていく能動型のスタイルがとても重要になるんです。
――相手の業界や組織構造、オペレーションまであらかじめ分析した上で、こういうペインポイント(悩み)を抱えているのではないですかと問題を提起したり、意識を共有するレベルから関わっていく。
そうです。我々としてはより高いレベルの社会課題や地域課題、日本の構造的な課題を解決するために、いかなるステークホルダーを巻き込み、どのようなゴールを目指すべきかというグランドデザインを先に描いた上で、その推進プランを提案していきたかった。
だからこそ私は、課題解決の「イネーブラー(支援者)」になるであろう“スポーツ”を中心に据えた、スポーツコンサルティングチームを立ち上げました。地域協創型デジタルプラットフォームの構築も、まさにその思考のもとで練ってきたんです。
湘南ベルマーレと共にチャレンジする理由
――プロジェクトがスタートする以前は、ベルマーレが置かれた状況をどのように分析されていましたか?
プロジェクトはコロナ前にスタートしたので、今では見える景色がだいぶ変わってしまったのですが、やはり最初に感じたのは、本当に多くの企業やファンに愛されているクラブなんだな、というとてもポジティブな側面でした。それと同時に感じたのは、これだけ地域に愛されて、地元企業も人々の心も強く惹きつけているのに、試合興行日にスタジアムの場でしか価値が生み出し切れていないのは勿体ない、もっとポテンシャルがあるのではないか、という課題ですね。
言葉を換えれば、デジタルを駆使してバーチャルに接点を作るだけでなく、リアルな接点を増やしていけば、本業であるサッカーが充実するだけでなく、地域課題や社会問題を解決できるようなイネーブラーにもなり得る。そういう様々なことができるモデルケースになれるクラブではないか、と真っ先に感じました。
――それがスポーツビジネスの持つポテンシャルだと。
ええ。これはあくまでも私の個人的な見方になりますが、少し経営的な視点で言うと、こうした無形資産・ポテンシャルをビジネスに反映させていく余地がスポーツクラブにはもっとあるのでは、という捉え方をしていました。
総合クラブとしての湘南ベルマーレ スポーツクラブは、NPO法人として運営されてきて、地域活性化を兼ねてアカデミーの活動なども精力的に行っています。私自身、多数の社会活動を通じて地域に貢献している姿には、感動も共感も覚えていました。だからこそ、もっとそれを収益化していく術があるのではないかという印象を受けざるを得ませんでした。
そもそも日本では、スポーツで儲けてはいけないという見方や慣習が根強いじゃないですか。NPO法人だから非営利でなければならない、といった昔からの慣習に影響を受けていると言いますか、非常に意義あることを手掛けていながら、様々な活動が物理的にも空間的にもつながっていないだけでなく、時間的にもつながっていない。
しかし社会的に価値あるものは、公平公正に収益として跳ね返ってくるべきですし、それを元手にまた次の価値創造、そして本業であるチームの強化にも当然つなげていくことができる。民間事業では当たり前になっているこの「ループ(サイクル)」が十分に回っていないのが、スポーツチームの構造的な課題だなと思いました。
地域のスポーツチームを将来どのような存在に成長させ、どのような価値を与えるモデルに進化させていくのか。あるいはクラブ側が進化させて行きたいと考えるのか。未来に向けたこのようなビジョンに昇華させられると、とても良いだろうなということは強く感じました。
立ちはだかっていた企業体力の壁
――そのような構造的な課題の原因は、どこにあるとお考えになりましたか?
一つはやっぱり企業体力でしょうね。たとえば様々なことに取り組みたいと思ったとしても、スポーツチームの収益の柱は当然ながら試合そのものですから、そこに運営陣の時間や労力を当然、割かざるを得ない。いろいろな問題を認識していても、そこに向き合って根本的に変えて行く時間や工数の余裕はないんですね。社会貢献活動にしても、スタッフが走り回って取り組んでいるのが実情でした。
これが資金力に余裕のあるクラブならば人材も多く確保できるのでしょうが、すべてのスポーツクラブがそうできるわけではない。こういう構造は、なんとかして変えなければならないと思いました。
――余力がないため、そもそも現状を変えていくためのブレークスルーが図れない。
クラブ側にとっては試合興行を成立させるのが最大の目的になるわけですが、最近はサッカー界でもデジタル化によって新たな動きが出てきているじゃないですか。
チケットや飲食の決済手段も、現金だけでなくクレジットカードや電子マネーなど数多くの手段が提供されています。Jリーグ本体もIDシステムを導入しましたし、利用できるアプリケーションや決済方法が自由になった結果、データを様々な形で活用できるようになってきた。さらに言えば、チケットやグッズを買うチャネルに関しても、スタジアム以外にいろいろな場所で購入できるのが今や当たり前になってきている。各クラブがオンラインショップなどに力を入れてきているのも、ご承知の通りです。
ただしそうなってくると、「データ量はたくさん集まってきても、ファン単位で一意に統合されず、バラバラの状態になっている」ケースが生まれやすい。こういうチームは多数あります。
ベルマーレも少なからず同様の課題を抱えていました。これはマンパワーの問題だけでなく、ファンデータを管理・活用するための十分なデジタル基盤という点でも課題があったからです。ファンデータを活かして何をしていけばいいかというノウハウも、一部のスタッフが持っている属人的な知見に頼っていました。
先述したように、ベルマーレは地域に愛され、発展していくポテンシャルを限りなく秘めている。そんなベルマーレの「この先」を考えた場合、やはり今、手を打っておくべきは、デジタルテクノロジーを最大限に駆使して、「企業体力に依存しない仕組みを構築すること」だろうと。我々はそう考えたんです。
市民クラブならではの可能性と限界
――その問題は根が深いですね。ベルマーレは設立された際から地域密着、社会貢献という方針を明確に打ち出し、市民クラブとして運営されてきました。その姿勢は内外で高く評価されてきましたが、実際には様々な壁が立ちはだかっていたと。
これはベルマーレがどうこうという個別事例で捉えるのではなく、日本の地域スポーツが抱える構造的な問題として捉えるべきだと思っています。スポーツ界は、本業以外の社会貢献を求められますが、収益に与えるインパクトは大きなものではない。しかも、その前提の中でリソースを割かねばなりません。この「血流不全」と言いますか循環を変えなければ、お金が十分に回ってこないので、意義あることを数多く展開していても、結果的にスポンサー収益に多分に頼らざるを得ない。
そもそもビッグクラブならば、スポンサーの資本で簡単に問題を解決できるので、構造的なイシューに頭を悩ませたりする必要はないのかもしれません。でもベルマーレのような地域クラブは、ファンとの絆づくりや地域社会への貢献などでは、ビッグクラブに引けを取らない価値を長年生み出している。にもかかわらず企業体力の壁があるために、とても苦しい経営状況に陥ってしまう。
ただしそれは見方を変えれば、企業体力に過度に依存しない仕組みを創り出せれば、ビッグクラブ以上に大きく飛躍できるポテンシャルを秘めているということなんです。
ベルマーレに吹き始めた強烈な追い風
――コロナ以降は、スポーツクラブが、社会に対してどのような価値を還元できるのかが大きくクローズアップされてきました。ある意味では、これもベルマーレのようなクラブにスポットライトを当てる一助となったのではないでしょうか。
コロナ禍によって人々の価値観が大きく揺さぶられたのは事実です。私自身、地元横浜で少年サッカーのコーチに10年以上携わっていますが、数か月もサッカーがない週末を初めて体験して、スポーツの持つ力の大きさを痛感しました。
スポーツを介して物理的にも精神的にも、人や企業が“つながっている”。このような日常が、いかに地域社会の健全な発展に不可欠なものなのか、さらにスポーツが創り出す社会的価値、ソーシャルバリューは本当に大きいと感じましたね。
しかもコロナ禍では、「ソーシャルバリューは本業と別枠で進めればいい」という発想ではダメで、企業の使命・責任として。本業の中で向き合って行かねばならないものだという考え方が、世間一般にも一気に浸透し始めた。これは地域密着や地域貢献を常に謳い、実践してきたベルマーレにとって、非常に強い追い風になると思います。
スポーツクラブが地域に与えるインパクト、あるいは社会の中における在り方や関係性という点でも、ベルマーレは新たな世界観を創り出す可能性を一番秘めている。我々KPMGコンサルティングが、当初から認識していた魅力がまさにこれから発現してくるのではないかと思いますし、やはりベルマーレとパートナーを組んだことは大正解だったと改めて感じています。
――ベルマーレでのプロジェクトは、日本のスポーツビジネスにおけるスポンサーシップの解釈自体を変革できる可能性があるのではないでしょうか。現に海外ではスポーツクラブに対して投資をすることによって短期的なリターンを得るよりも、社会的な価値の創出に貢献していく方が、長期的な収益性は高まるという見方が強くなってきています。
そう思います。企業側から見ても自分たちの社会的な評価が高まり、かつレモンガススタジアムやベルマーレという「場」、さらにはデジタル上の仕組みを使って様々なビジネスのトライアルやチャレンジができれば、十分に収益につながるはずです。
ただし、その流れを作るためには、クラブ側もファンエンゲージメントやスポンサーシップに対する考え方を変えていくことが重要になる。具体的に言うなら、企業の露出を高めて、マーケティングやセールスでダイレクトかつ短期的に収益を生み出すことで貢献しなければならないという、従来型の発想から抜け出していく必要があります。
そのために我々は、コンサルタントとして外部からご支援するという向き合い方ではなく、「デジタルイノベーションパートナー」という形でベルマーレサイドに入り、同じ目線で汗をかいて取り組んでいくことを決断しました。現に今でも、当社コンサルタントの多数が根本的な課題解決に挑戦すべく、ベルマーレの方々と一緒に日々奔走しています。
スポーツ業界の構造的な問題に目を向けて、そこに思い切って踏み込み、協働しながら難題に立ち向かおうとする。このような大胆な関わり方ができるのは、短期的な収益に縛られたビジネスへの姿勢を好まない、KPMGコンサルティングならではの特徴だと思いますね。
後編では引き続き佐渡氏に、デジタルを活かした「ファンエンゲージメント改革」と、SDGsをテーマに地域が一体となって進める「地域活性化」について掘り下げて伺う。
◇参照
- KPMGコンサルティングと湘南ベルマーレ スポーツチームと地域のステークホルダーが連携・協創してSDGs活動を推進するための“地域協創型デジタルプラットフォーム”の構築を開始
- KPMGコンサルティング、湘南ベルマーレの予測主導型マーケティングプラットフォームの構築を支援
- KPMGコンサルティング、湘南ベルマーレのデジタルイノベーションパートナーに
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