2020年の東京オリンピック・パラリンピックが近づく中、スポーツ界では競技性だけでなく「社会的インパクト」が強く求められてきている。そのような状況の中、独自の活動で注目を集めるのが、スポーツを通して知的障害のある人々の社会参加を応援する国際的なスポーツ組織「スペシャルオリンピックス(SO)」だ。SOを日本で率いる有森裕子氏に、運営に携わった経緯と今日までの歩み、マラソンを通して育まれた自らの人生観、そしてスポーツが持つ大いなる可能性と希望を伺った。(聞き手は田邊雅之)
「競技性が重視」 閉じられていた日本のスポーツ界
スペシャルオリンピックスは1994年に発足。NPO法人として認証され、2014年からは公益財団法人として活動している。2008年には有森裕子氏が理事長に就任し、スポーツを通じて、知的障害のある人々の社会参加を意欲的に応援し続けている。
その活動は多岐にわたるが、とりわけ注目すべきは様々な企業や民間団体、そして市井の人々と幅広く連携している点だろう。このような流れは、従来の日本ではなかなか見られなかったものである。
――スペシャルオリンピックスをはじめとするNPOは社会で極めて大きな役割を担いますが、他の団体や一般企業と連携をうまく図っている組織は少なかった。その点では、非常に珍しいケースになっている印象を受けます
「連携が取れている団体はまだまだ数が少ないし、今言われたようにスペシャルオリンピックスはすごく珍しいケースになっているのですが、本当はそれが普通の形だと思うんです。スポーツというのは、やはり人々が社会に生きていく上で何か大事なものを生み出したり、促進したり、メッセージ性を持ったりすることに大きな存在意義がある」
「でも今までは記録を競い合う、あるいは競技を通してアスリートが自分を表現するという、競技性が重視されてきました。特に日本の場合は、スポーツ団体のあり方や競技の現場も含めて、そういう形でしかスポーツを表現できていない歴史が長かったのが実情だと思います」
――スポーツそのものが、社会にとって真に開かれた存在にはなっていなかった
「社会的意義と競技性という要素があるとするなら、本来は両方の要素を同時に備えた上で、スポーツの素晴らしさを提示していくことができるはずなんです」
「なのにこれまでは、そこがなかなか馴染まなくて。社会的な意義のある活動は、その趣旨だけに限定されてしまっていて、(一般的なスポーツと)うまく混在することができていなかった」
スポーツに「社会のビジョンや価値」を再び与えていく
――スペシャルオリンピックスは、二つの要素を隔てていた壁を超える役割を担っていると
「スペシャルオリンピックスは単なるスポーツの団体ではなくて、意味やメッセージ性を持って活動している組織なんです。知的障害のある人たちに、社会参加する機会を提供しながら、社会全体にとって最も大事なものを伝えていく。その目的に沿って成り立っている組織だということが、徐々に認知されてきた段階だと思いますね」
「そもそもスポーツには社会のビジョンや価値という、ものすごく大事な要素が含まれている。まず、多くの人にいろんなプログラムに参加したり、取り込んでいただいたりして、そのことを知っていただくというのは、私たちの団体のすごく大事な趣旨になっています」」
――社会のビジョンや価値というのは重要なキーワードですね
「もちろん、スポーツを通じて障害のある人をサポートする活動は、昔からありました。また、スポーツ自体、共生共存というような価値を備えているわけですから、本来ならもっともっと早く、その価値が認識されていてしかるべきだったと思います」
「ただし残念ながら、これまではそうはなっていなかった。むしろ実際には、2020年に向けてパラリンピックなどがフォーカスされていく中で、共生共存というスローガンが後から強調されるようになったのに近い。日本の場合は、以前からしっかりとした意義を持って存在していた活動に、後からわざわざ意味を付け足すという変な順番になってしまっていたんです」
――その意味でスペシャルオリンピックスは、社会的な装置としてのスポーツを、ある種の原点に戻す役割を担っている
「ええ。スポーツはみんなで一緒にできるものだし、障害がある、ないとかは関係ないんです。誰もがかけがいのない価値を持っているし、スポーツをする機会をつくり出すことで、一人ひとりが持っている大切なものを、社会に落とし込んでいくことができる。私たちはそのことを、わかりやすく伝えていけている活動なのかなと思いますね」
競技性だけではなく、共生共存を始めとする社会的な意義こそが重要。有森氏はスポーツの意義をこう力説する。次回は、知的障害のある人へのスポーツ支援に携わることになった理由、そしてスペシャルオリンピックスが目指す究極の目標について伺う。