近年スポーツ界で急速に注目を集めているテーマの一つが「オーラルケア(口腔ケア)」だ。2024年にFCバルセロナが全選手への歯科検診を義務付け、2026年3月にはアジアサッカー連盟が歯科ガイドラインを制定。国内でもJリーグの9クラブが株式会社SCOグループと提携して専門医院開設を進めるなど国内外でアクションが活性化している。
今月開催された「Global Sports Business Summit 2026 presented by SCO Group」では、現役アスリートとJクラブ社長、そして医師らがそのインパクトについて多角的に議論を交わした。
世界のスポーツ歯科の潮流は「痛くなる前の予防」
サミットの当該セッション冒頭で、モデレーターを務めた森村國仁氏(アクティブライフアドバイザリー株式会社 代表取締役社長)は、海外の最新動向を提示した。
「イギリスのスポーツ医学誌『British Journal of Sports Medicine』によると、プロサッカー選手の4人に1人が歯ぐきの炎症を起こしており、筋肉の栄養保持に影響を及ぼしていると報告されている。さらに2026年3月にはアジアサッカー連盟が歯科ガイドラインを発行し、ドーハにある世界最高峰のスポーツ医学専門病院アスペタ(Aspetar)と連携して選手保護の仕組みを固めた。口腔ケアは選手のパフォーマンス管理において世界的常識になりつつある」(森村氏)
日本国内でも、医療とスポーツが連携して行動変容を起こす重要性を問いかけた。
これに呼応して、約2年前から国内サッカー界でJリーグクラブとオーラルケアプロジェクトを推進している株式会社SCOグループ 代表取締役会長 兼 社長の玉井雄介氏は、プロジェクトの現在地と手応えを語る。
「日本人は『歯が痛くなってから歯医者に行く』文化が根強い。これを『ネイルサロンや美容院に行く感覚で、日常的に口腔内を整える』文化へ変えたい。サポーターが憧れのクラブや選手のエンブレムを背負ったクリニックに通うことで、心理的ハードルが下がり自発的な行動変容が起きる。スポーツの圧倒的な求心力を借りれば、予防医療の概念を社会の日常へ浸透させることができる」(玉井氏)と、実践から得た確信を語った。
93歳の「鉄人」を支えるコンディショニング
現場のアスリートからも興味深い言葉が寄せられた。70歳でトライアスロンを始め、76歳でアイアンマンレース(スイム3.8km、バイク180.2km、マラソン42.195km)に初出場、アイアンマン世界選手権の最高齢完走ギネス記録を持つ93歳の稲田弘氏はこう語る。
「年齢とともに歯もガタがきているが、普段からしっかり噛み、唾液をたくさん出すことを意識して食事を摂っている。特別なことではなく、日々の当たり前のケアが93歳での挑戦を支えている」(稲田氏)
その稲田氏を16年間指導し、自身も2019年・2023年の世界トライアスロンエイジグループ世界選手権で世界チャンピオンを獲得、コーチと選手の両軸でトライアスロン界を牽引する山本淳一氏は、「口腔内の状態や噛み合わせは、長年のパフォーマンス維持やリカバリーに不可欠。アスリートが日常的なケアの重要性を自ら体現し、背中を見せて発信していくことが、社会全体の健康意識を高める」と意見を示した。

地域に「ケア」を。セレッソ大阪とヴィッセル神戸の挑戦
Jリーグを代表する2クラブの経営者からは、具体的な現場の取り組みが共有された。
セレッソ大阪 代表取締役社長の日置貴之氏は、「クラブの大きなミッションとして『スポーツで社会の課題を解決する』を最も大事な価値としている。週末の歓喜だけでなく、サポーターに対して健康知識を提供して、寄り添い、啓蒙していくことを重要視している」と説明。
「平日の安心・安全を届けるためにオーラルケアクリニックを開設した。選手に対しても講習会やマウスガードの導入を進めると同時に、目や脳からのインプットと口腔ケアを連動させたコンディショニングなど、新たなナレッジを確立して、それを地域に還元したい」とコメントした。
また、ヴィッセル神戸 代表取締役社長の千布勇気氏は、「阪神・淡路大震災の復興シンボルとして誕生したクラブとして、健康支援は重要な使命。選手・スタッフへの講習やキャンプでの啓蒙、試合会場での検診ブース展開などを通じ、クラブ全体でヘルスケアの価値を高めている」と説明。
「このオーラルケアプロジェクトを開始してから、歯医者が嫌いだった子どもさんがヴィッセルの歯医者さんなら行きたいと来てくれた、などの話を聞いている。人々の生活・健康に寄与できているのはありがたい」と報告した。

現役の医師が裏付ける「口腔ケアは最強の投資」
そして場内を深く惹きつけたのが、鯨岡裕史氏(東京科学大学 循環器内科/草加市立病院 循環器内科・医長)による医学的エビデンスの提示だ。鯨岡氏は「サッカー選手の口は、健康ではない」「英国プロ選手の37%が虫歯」「体に投資していても口はノーマーク」などキャッチーな言葉でアスリートの口の健康管理に警鐘を鳴らす。
「アジアカップ2023カタールに出場した70名の選手のうち、88.6%以上に酸蝕症が見られた。歯周病などの慢性炎症は全身の血管を通じて心血管疾患リスクを高め、歯を1本失うごとに心血管リスクが3%上昇する(※1)。口腔ケアはドーピングリスクがゼロで、競技力と人生の土台を同時に高める最強の投資。唾液センサリングなどのデータ活用を進め、スポーツの力で予防医療を日常化させたい」と熱弁した。

最後にモデレーターの森村氏が「オーラルケアは単なる歯科治療を超え、アスリートのパフォーマンス向上と人々の健康寿命延伸を両立させる持続可能なビジネスモデルである」と総括。熱気と気付きに満ちた議論を、締めくくった。
※1 Hamaya R, et al.(2023)、Tran AH, et al.(2026)。歯の喪失・歯周病と心血管疾患との関連についての研究。心血管リスク3%増の数値は、心血管疾患の既往患者を対象とした研究に基づくものであり、一般集団における因果関係を示すものではない。
出典:鯨岡裕史氏「口の炎症は、心臓にも筋肉にも届く。」GSBS2026登壇資料より。
Sponsored:SCOグループ
