先月都内で開催されたスポーツ医学と健康をテーマとしたカンファレンス「Sports Doctors Network Conference 2025」。主催のSports Doctors Network COO兼アジア代表の山田早輝子氏がモデレーターを務めたセッションには、ノーベル財団理事長でがん研究の世界的権威、カール・ヘンリク・ヘルディン教授が登壇し議論を展開した。(全7回の2回目/第1回から読む)
ノーベル財団理事長も関わるSports Doctors Network
Sports Doctors Network(SDN)はサッカー・スペインリーグのレアル・マドリードでメディアカルアドバイザーを務めるニコ・ミヒッチ氏が中心となって2024年に立ち上げられた団体。MLBニューヨーク・ヤンキースやNBAロサンゼルス・レイカーズのヘッドドクターらも参加している。
2023年まで20年間「ノーベル賞」会長を務め、その後ノーベル財団の理事長を務めるカール・ヘンリク・ヘルディン氏もその一員だ。同氏は、欧州の大学で教授職を歴任し、400以上の研究論文を発表しているがん研究の世界的権威でもある。SDNではコンプライアンス・オフィサーを務めている。
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山田氏:(SDNは)当初はチームドクター同士が連携する選手ファーストのプラットフォームでしたが、今後はアスリートや医師だけでなく、研究者、社会のリーダーが一丸となって一般医療の向上を目指していこうと動き出しています。
ヘルディン氏:私の個人的な役割は、がん研究者です。正常な細胞をがん細胞に変えてしまう分子メカニズムや、関連する危険因子を突き止めようとしています。そして、がんをどのように治療できるかを解明しようとしているのです。
山田氏:がん研究における最大の未解決課題は何でしょうか?
ヘルディン氏:がんを予防することは、発症したがんを治療するよりも重要です。がんを引き起こす原因を正確に理解できれば、がんになることを阻害する方法を見つけられるからです。最近では、私たち自身の免疫システムをより効果的に利用してがんを攻撃する免疫療法も登場しています。ただし、がんは、最初は治療に反応を示しても再発することがよくあるため、この耐性機構への対処法を学ぶ必要があります。これが最大の課題だと思います。
がんによる死亡リスクは40年前の診断では3分の2ほどだったのに対し、今では3分の1程度まで下がっています。がん治療は目覚ましい進歩を遂げていて、完全に根絶するのは非常に難しいかもしれませんが、今日よりは確実に改善できるはずです。
科学をもとに政治が動き、一般社会へひろがっていく
山田氏:研究から実社会へ、どのように私たちは行動に移していけばいいのでしょうか。
ヘルディン氏:例えば長い研究のなかで、喫煙は危険なことだとわかっていますよね。がんや多くの病気を引き起こす要因となりますから。それがわかってから政治家は、喫煙を減らすためにタバコの入手を制限したり、価格を高く設定したりする法律を制定し、おおむね成功しています。アルコールについても同じことがいえます。科学をもとに、政治レベルでの取り組みや、一般市民の意識向上へつなげていくことが必要です。
山田氏:今後、社会科学的分野において、希望を感じられていることはありますか。
ヘルディン氏:人工知能(AI)や機械学習は急速に発展していて、建設的に活用されれば素晴らしいツールになります。医師は1日8時間働き、効率的に仕事をするために休憩したりする必要がありますが、AIは24時間働いても決して疲れることなく、常に、完全に客観的です。実際に、あらゆる種類の検査データや患者の症状を解釈し、治療結果を予測するなど、AIが役立つ状況はたくさんある。近い将来、医療の形を変えると私は予測しています。
私たちが直面しているさまざまな問題の中で、世界中の異なる国の人々を結びつけるためには、2つの「橋」を活用する必要があります。1つは科学、もう1つはスポーツです。今や世界の多くの国々を悩ませている孤立主義に対抗するために、私たちはこれらを発展させなければなりません。
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オリンピック金メダリストでスポーツ科学者でもある室伏広治氏の基調講演で幕を開けた「Sports Doctors Network Conference 2025 in TOKYO」では、続くセッションでレアル・マドリードのメディカルアドバイザーが登場。次稿で詳報する。