世界的なスポーツクラブのチームドクターらが参画するSports Doctors Network。その立ち上げに中心的な役割を果たしたのがレアル・マドリードのメディカルアドバイザーを務めるニコ・ミヒッチ氏だ。先月都内で開催された同団体のアジア初カンファレンスで、エリートアスリートから得られる知見の一般活用について語った。(全7回の3回目/第1回から読む)
レアル・マドリードの医療に長く関わるミヒッチ氏
ミヒッチ氏は、スペインサッカーリーグのレアル・マドリードの医療に携わって今年で9年目になる。トップチームの帯同から幹部へのアドバイスまで、その役割は多岐にわたってきた。
「最初の7年間は、トップチームと毎日一緒に過ごしました。ここ2年間は、幹部へのアドバイザーとして、選手一人ひとりのケアや新しい技術などについて指導しています」(ミヒッチ氏)
レアル・マドリードでは、サッカー男子のトップチームに限らず、アカデミーや女子チームも指導してきた。クラブはバスケットボールなど他競技のチームも保有しており、同氏がこれまで関わってきた選手は約900名にのぼる。
こうしたエリートアスリートから得られる知見は、一般にも応用がきくとミヒッチ氏は説く。
「ハイパフォーマンスを追求するアスリートからは、多くの学びが得られます。例えば、クリスティアーノ・ロナウドは、何事においてもできる限り最高のパフォーマンスを発揮しなければならないという責任感を持つ選手で、目標を達成するために常に自分を捧げてきました。アスリートから学んだことを患者に応用すること。それが、私たち医師の責務だと思っています」(ミヒッチ氏)

アスリートは一般にとっての「良いロールモデル」
こうしたエリートアスリートは、一般の人の良いロールモデルだとミヒッチ氏は指摘する。「喫煙をしない」「体重を管理する」「食べるものに気をつける」などは、アスリートでも普通の人でも、同じように重要だと語る。
同氏はある選手を引き合いに出して説明した。
「試合では、エネルギーの約70%が炭水化物から得られます。つまり、炭水化物をどう扱うかが非常に重要だということです。そこで私は、選手全員に持続的に計測できる血糖測定器のウェアラブルデバイスを装着してもらいました。2週間にわたって、全選手の炭水化物の摂取と血糖値の状態を観察したのです。
チームにはいつも試合後半にパフォーマンスが下がる選手がいました。ポテンシャルがあるはずなのに、『なぜ後半になると精細を欠いてしまうのだろうか』と、スタッフは不思議に思っていました。血糖測定の結果を見ると、彼の血糖値は後半になると極めて低くなっていることがわかりました。彼は間違ったタイミングで間違ったものを口にしていたことで、試合の後半にエネルギー不足となっていたのです。
体を極限まで使うアスリートは、その分の栄養を補給する必要があります。試合前に炭水化物をしっかり摂り、水分を補給することが必要ですし、汗とともに鉄分が失われるのであれば、定期的に補わなくてはなりません」(ミヒッチ氏)
身体だけでなく「こころ」のケアも
こうした栄養摂取のアプローチは、一般の人々にも当てはまる。
「栄養摂取においては、自分にとって何が良いのかを見つけ、それを実践することが大事。何を食べるかだけでなく、いつ食べるかも重要です。一般的な生活を送る人は、バランスの取れた食事が大切で、食物繊維はたくさん摂ったほうがいいですし、加工食品は少ないほど良いでしょう」(ミヒッチ氏)
また同氏は、身体だけでなく「こころ」のケアの必要性も指摘した。これも、レアル・マドリードというトップレベルかつ大規模なクラブで得られた知見だという。
「(レアル・マドリードの)900名の選手の中には、いろいろな持病を抱えた選手がいましたが、そうした持病自体はアスリートになることを妨げるものではありません。ですから、健康上の問題がある場合、特に若い人は、“心”を大事にしてください。
人生にアートを取り入れるべきです。美しいものを見たり、素敵な音楽や絵に触れたりすると、脳が良いエンドルフィンを放出し、体全体に良い影響を与えるからです」(ミヒッチ氏)
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続くセッションでは、テニス・伊達公子氏とNBAロサンゼルス・レイカーズのチームドクターが、選手の低年齢化とキャリアの長期化、そして故障との付き合い方、リハビリにおける選手とドクターの役割などを議論。次稿へと続きます。