レアル・マドリードやロサンゼルス・レイカーズなど世界的スポーツチームのドクターらが参画するSports Doctors Networkがアジア初カンファレンスを先日都内で開催。「睡眠とパフォーマンス」をテーマにしたセッションでは、ハーバード・メディカルスクール神経生物学・睡眠研究者のアレン・ユギノビッチ氏に、モデレーターの滝川クリステル氏が話を聞いた。(全7回の5回目/第1回から読む)
短期的にも、長期的にも健康に影響を及ぼす「睡眠」
滝川クリステル氏(以下、滝川氏):ハーバード・メディカルスクールで神経生物学と睡眠を研究されているアレン・ユギノビッチ先生に、睡眠がアスリートのパフォーマンスや健康にどれだけ大きな影響を与えるのかについて、最新の研究に基づいたお話しを伺いたいと思います。
アレン・ユギノビッチ氏(以下、ユギノビッチ氏):一般的に成人に推奨される睡眠時間は7〜9時間といわれています。人生の3分の1を占めていますが、睡眠は受動的な状態ではありません。睡眠中も、人間の体は非常に活発な状態なのです。
睡眠には段階があり、目を閉じて眠りに落ちると、もっとも浅い睡眠の第1段階に入ります。次に、第2段階に進みますが、ここでもまだ深い睡眠ではありません。ただ、もっとも長いのがこの睡眠段階です。
その後に訪れるのが第3段階。これは深い睡眠で、回復、休息、翌日への活力、記憶、学習などの面で非常に重要なステージです。この深い睡眠が十分にとれていないと、健康などのコンディションに悪影響を与えます。そしてその次に訪れるのが、レム睡眠(※)です。
(※ 急速眼球運動睡眠(Rapid Eye Movement Sleep)の頭文字をとって「REM(レム)睡眠」と呼ばれる。脳は活発に活動しているものの、体は休息している。)
では、なぜ睡眠が重要かというと、睡眠をとることができないと、短期的には疲れや集中力の低下が見られるようになり、長期的には神経疾患や精神疾患のリスクが高まるからです。認知症やアルツハイマー病、うつ病、不安障害、統合失調症などにつながる恐れがあります。
「寝だめ」「寝酒」…睡眠に関する多くの“誤解”

滝川氏:若い方のなかには、「週末に寝だめすれば大丈夫」と考える人もいるかもしれません。これは神経生物学の観点から効果があることなのか、それとも脳や体にダメージが残ってしまうのか、いかがでしょうか。
ユギノビッチ氏: 例えば、たった一晩の睡眠不足でも、回復するまでに数日かかります。何週間も何か月も睡眠不足が続くと、「睡眠負債」と呼ばれるものが蓄積されていくのです。これは経済的な負債のようなもので、より多くの睡眠をとることでしか返済できません。
ですから、週末に平日の負債を返済することはできますが、それは一度の睡眠だけではできないということになります。負債が積み重ならないように、普段から十分な睡眠をとってください。
滝川氏:「寝酒」として、アルコールを摂ることで眠りに入りやすくしている方もいるようですが、お酒は睡眠を助ける存在なのでしょうか?
ユギノビッチ氏:アルコールは寝付きを良くしますが、睡眠の質は悪くなるので、トータルではプラスに働かないでしょう。一度眠りに落ちても、すぐに目が冷めてしまって十分な深い睡眠が得られない可能性が高いですね。
滝川氏:なるほど。そのほか私たちが睡眠について誤解しやすい点や、良い睡眠のために今からでも始められることはありますか?
ユギノビッチ氏:睡眠に悩みを抱えている人には、いきなり薬物療法をとるのではなく、まずは「睡眠衛生」に気をつけてみることをおすすめしています。これは寝るときの習慣を整えていくということです。
まず、寝るときには部屋の電気をすべて消してください。光は脳に、「外は昼間だ」と伝えますので、できるだけ光のない部屋で寝るようにしてみてください。次に、部屋の温度を21℃くらいに保ってください。少し涼しい方が、入眠しやすくなるとともに、睡眠も維持されやすくなります。またスマホやタブレット、テレビなどを寝る前に使用しないでください。ブルーライトをカットしたとしても、光が脳に刺激を与えてしまいますから。
アスリートのパフォーマンスと睡眠の関係性

滝川氏:睡眠とアスリートのパフォーマンスについては、どのような関係があるとお考えですか。
ユギノビッチ氏:みなさんが体感しているように、統計的にも睡眠が不足するとパフォーマンスが低下するとわかっています。しかし、あまり強調されていないことなのですが、睡眠不足はケガのリスクも高めます。睡眠が足りていないとコーディネーション能力が低下し、論理的思考力や意思決定力も下がります。そうすると間違った行動をしてしまう可能性が高まり、ほんの一瞬のミスでアスリートのキャリアに深刻な影響を及ぼしてしまいかねません。
また、研究によれば、ケガをしてから十分な睡眠を取った人は、回復時間が短縮されることが分かっています。選手たちに、「ケガをしたときは最低でも7時間、8時間は睡眠を取るべきだよ。これはキャリアの後半で重要になるからね」と伝えるには十分なエビデンスがあります。私はみなさんに「睡眠こそが勝利のカギ」と伝えています。
滝川氏:それだけ睡眠がスポーツに与える影響が大きいということは、教育や指導の現場でも理解していただきたいところですね。
ユギノビッチ氏:そうですね。「朝5時まで勉強して、1時間寝れば魔法のように試験に合格できる」と思っている人がいるかもしれませんが、それは違います。睡眠は学習、記憶、集中力にとって非常に重要なものです。それを教育に関わる人たちに理解してもらい、ぜひとも若い人たちに指導していただきたいと思います。
滝川氏:睡眠に詳しいコンサルタントを、学校に配置できるといいですね。
ユギノビッチ氏:若いうちから良い睡眠をとることで、高齢になってからもきちんと眠れるようになります。知識を持っている人はたくさんいますから、睡眠の重要性を理解して、そうした人材を活用していただきたいですね。
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「睡眠とパフォーマンス」についての本セッションの次は、オーラルケア(口腔ケア)とスポーツの意外な関係を深掘りしていく。次稿へつづく。