スポーツが社会との関わりを強くしている。スポーツが社会から影響を受け、そしてまた影響を与えていくという傾向が強まっているが、それは近年多く見られるプロ化の流れと無関係ではない。日本ラグビー界もトップリーグは2021年をもって最後となり、来年からは新たなリーグが構想されている。そんな中、トップリーグに参加するチームの一つ、NTTコミュニケーションズ シャイニングアークスは、これまでも積極的に社会と関わってきた。企業スポーツになぜ「社会性」が必要なのか?この答えは多くのラグビーチームの将来に示唆を与えるだろう。
企業スポーツとしてのラグビーチーム
ラグビーといえば、企業スポーツの雄とも呼ぶべき存在だ。企業スポーツとは、企業が選手を社員として雇用しながらチームを運営していく形態で、日本ではラグビーのほか、野球、バレーボール、バスケットボールなどが、歴史上、企業スポーツとして活動をしてきた。
バレーボールは「Vリーグ」、バスケットボールは紆余曲折ありながらも「Bリーグ」として、プロ契約選手を抱えながら活動している。ラグビーも現在は「トップリーグ」として運営され、プロ契約する選手も存在するが、2022年に新リーグを発足させるべく準備が進められている。そこでは、企業スポーツから一歩踏み出すことも求められていく。
数あるトップリーグのチームの中でも、シャイニングアークスは“社会”へのアプローチが積極的だといわれる。元ラグビー日本代表キャプテンで一般社団法人スポーツを止めるな 共同代表理事の廣瀬俊朗氏は、以前のHALF TIMEのインタビューでシャイニングアークスを2021年シーズンの注目チームとして挙げた。その注目ポイントは、ピッチの中だけでなく、ピッチ外の活動にもあるという。
シャイニングアークスの運営にあたる大内和樹氏はこう語る。
「シャイニングアークスは、チーム理念として『Social Rugby』を掲げています。その中のミッションとして『Victory & Value』という2つの『V』をテーマにしています。Victoryはもちろん、勝利を目指すということです。勝利を目指すための戦略、努力こそが、スポーツにおける重要な価値となります。
Valueは、企業スポーツとしてのラグビーの価値を突き詰めていこうということです。企業スポーツとしてのラグビーは、常に廃部の危機感と隣り合わせで活動してきました。会社の業績が悪くなれば、切り捨てられてしまうこともありえます。実際に、歴史がありながら存続できなかったチームがいくつかあります。どうしたら会社の“社業”へ貢献できるかを考えていくことで、自らの居場所を作ることを目指しています」
企業スポーツは、会社員としての身分を保証されていることで選手が安定的な収入が得られるというメリットがある一方で、企業の業績や経営方針にチーム運営が影響されるという一面がある。チームが存続しなければ、選手は一般の会社員として会社に残るか、別のプレー場所を探すかの選択を迫られる。
大内氏の口からは、ラグビーチームとして会社に貢献することで、独自の存在意義を作っていこうという決意が表れている。
「シャイニングアークスが活躍することで、ラグビーという競技を通じてマーケティング的な役割を果たすことができます。外に対しては、お客さまに自社を知っていただくという『顧客エンゲージメント』で、社内に対しては社員のロイヤリティを上げる『エンプロイー(従業員)エンゲージメント』で貢献できます」
シャイニングアークスは、コロナ以前から地域社会との関係構築に積極的に動いていた。例えば、「押しかけラグビー」という取り組みは、パートナーシップを結ぶ浦安市役所をはじめ、いくつかの企業に選手が訪問し、パスなどを体験してもらうというものだ。
もともとは社内の部署や事業所で行っていたものを外部にも広げたもので、発案は「未来プロジェクト」を通して選手自身だったという。「未来プロジェクト」とは、シャイニングアークスの選手たちが、企業に勤めながら活動するアスリートとして、自分たちで考え、行動し、未来を創造していこうという取り組みだ。
試行錯誤を繰り返して、ファンとの接点を増やしていく
それでも、2020年はトライ&エラーの1年だったという。
「シャイニングアークスとしては、さまざまな動画を公開したりして、より多くの人たちにチームを知ってもらう努力をしてきました。2019年のワールドカップを通してラグビーの魅力を知ってくださった、いわゆる『にわかファン』と呼ばれるライト層のファンに向けては、『アークス学園』や『アークスブレイク』などの動画を通して、チームをより身近に感じてもらいたいと考えていました。
しかし、それはもともとシャイニングアークスを応援してくれていたコア層のファンが楽しんでくれていたという結果となるなど、試行錯誤の連続でもありました。『アークス ブートキャンプ』では、配信する時間帯を変えてみたり、景品を付けてみたりとトライアルを繰り返して、どうしたら多くの方に楽しんでもらえるのかを探っています」
シャイニングアークスの強みの一つは、IT企業を母体にすることだ。コロナ禍の中で、オンライン環境が一気に普及していった。動画を見ることが一般的になり、SNSやオンライン会議ツールなどでつながることも当たり前になった。
「NTTコミュニケーションズはIT企業ですから、オンラインの施策にはアドバンテージを持って臨めます。意図したことではありませんでしたが、オンライン環境が普及したことで遠隔地のファンにもアプローチができるようになったことは、最大限に活かしていきたいと思いますね。例えば、自社内ベンチャーが開発したスポーツ観戦アプリ『SpoLive(スポライブ)』では、試合を観ながら選手情報やルールについての質問ができたり、その場でギフティング(投げ銭)したりと、新しい観戦の仕方を提案しています。
他社様も巻き込んでいます。J-SPORTS様と協業して、サポーターズクラブ(ファンクラブ)の特典で、シャイニングアークスの試合だけを無料で観られるクーポンを発行してもらいました。J-SPORTSとしても単独のチームのクーポンは初めてのことだったそうですが、新しいライブ観戦の可能性を作りたいという方向性が合致して、実現しました。クーポンを使っているファンの方がオンラインで集まったりして、ここからも新しい観戦スタイルが生まれています。
Zoomで、選手と一緒に試合を観戦するというプロジェクトもありました。山田章仁選手がMCとなって、抽選で選ばれた2名の方と一緒に試合を観て、質問なども受け付けました」
こうして、ファンとの新しい接点が増えてきているという。まさに社業を活かしつつ、デジタル技術でピンチをチャンスに変えているわけだ。大内氏は続ける。
「オンラインは場所と時間の制約を取り払うことができます。そのメリットをポジティブに捉えたいと思いますね。多くの人たちを巻き込んでいくことで、社業にも貢献できる可能性があります。それがラグビーというスポーツ、そしてシャイニングアークスというチームの存在を高めていくことにもつながっていきます」
スポーツの熱狂をより広く、より多くの人へ
スポーツは、日常のすぐ近くにある「非日常」だ。
「非日常」はなくてもいいものだと思われていたが、いざそれがなくなってみると、いかに大切なものだったかわかることがある。それは、スポーツがなくなってしまった自粛期間に多くの人が感じたことではないだろうか。
「スポーツって不思議ですよね。自分自身や家族のこと以外で、あんなに一喜一憂することってなかなかないじゃないですか。1つのプレーで他人と抱き合ったり、ガッツポーツをしたり、そんなスポーツで得られる熱狂をより多くの人に体験してほしいんです。
私の息子は千葉ロッテマリーンズのファンなのですが、小学生3年生の頃に『スタジアムの応援で飛び跳ねるのが嬉しい』と言ったことがあったんです。比較的おとなしい子供だったので、親としてもちょっと意外で驚いたんです。スポーツというコンテンツは、人の違った一面を引き出す力を持っているんですね。
地域と結びつきを強めたり、多くのパートナー様と関係を深めたりしながら、企業内スポーツチームという枠を越えて、シャイニングアークスの存在感を作っていきたいと思います」
これまで当たり前だったことが、当たり前でなくなってしまった。それをいつまでも嘆いていては何も変わらない。
「シャイニングアークスの7年前のキャッチフレーズは『グラウンドで会いましょう』でした。それに対し、今シーズンは『ラグビーで会いましょう』としています。『スタジアムに来てください!』ではなく、オンラインでもオフラインでも、ラグビーというスポーツを通してつながっていこうということです」
リアルなスポーツの現場でありながら、グラウンドはいわば閉じられた世界。デジタルによって、それが広い世界に開かれたことは、スポーツの歴史にとってエポックメイキングとなるかもしれない。
ラグビーに内包される「リスペクト文化」
スポーツの現場では、ジェンダーや多様性に関する課題が議論されるようになった。多様性という面では、ラグビーは早くからさまざまなバックボーンを持った選手が活躍してきたという歴史を持っている。
「ラグビー界では、多様性が当たり前になっています。そもそも(ラグビー国際競技連盟であるワールドラグビーが定めた)ラグビー憲章には『尊重』が謳われていて、ラグビーという競技は対戦相手を含めたすべての参加者へのリスペクトが土台となっています。
日本代表に外国出身の選手も多くいますよね。遠い国からやってきて、一生懸命日本に溶け込もうと努力してくれることに対する敬意、チームに長くいるベテラン選手への尊敬、このチームを選んでくれた新人選手への感謝など、ラグビーというスポーツの中にはリスペクト文化が根付いているんですね。ワールドカップでは多くの人たちがラグビーに触れてくれたので、そうした文化の理解も進んだのではないかと思います」
“ファーストペンギン”としての矜持を持って臨む
時代が変わる瞬間には、強い意志と勇気を持った存在が必要とされる。失敗を恐れず、変わることを恐れず、新しいことに挑戦していくことが求められる。
「運営として最も歯がゆく思ったのは、一生懸命努力している選手に対して、その成果を発揮する場を提供できないということでした。ですから、感染対策はできる限りのことをして安全・安心を確保していこうと取り組んでいます。まず、業務用レベルの空調設備の導入などでチーム内の感染を防ぎ、試合会場ではグッズ販売を取りやめ、お客さまの感染リスクを下げるようにしています。販売ブースで密を作らないようにするため、今シーズンのグッズ販売はネット販売中心としました。
こうした時期に対策を万全にして試合を行うことは、ラグビーチームの事業性を高めていくことにつながると考えています。社会的な課題に取り組むことは、チームの存在意義を問うていくことになるからです。
『ファーストペンギン』という表現があります。天敵がいるかもしれない海に、魚を求めて飛び込む最初の一羽となるペンギンのことです。私たちシャイニングアークスも、その精神で恐れることなく新しいことに挑戦していきたいですね」
ひとつの企業スポーツチームとしての価値を高めること、それが間違いなくシャイニングアークスの目指すところだ。しかし、それを突き詰めていくと、その枠を越えて強く社会へ働きかける存在になっていく。スポーツというコンテンツが持つ力を使い、そこに関わる人たちを楽しくさせる、力を与える存在になっていく姿に、今後も注目していきたい。