ラグビーW杯からその先へ。廣瀬俊朗氏が展望する、日本ラグビー界の「ポスト2021」【独占インタビュー後編】

ラグビーワールドカップ2019日本大会の盛り上がりを受けて、トップリーグの人気も高まっていた矢先、新型コロナウイルスの感染拡大でトップリーグが中止となってしまった2020シーズン。その後「#ラグビーを止めるな」をキーワードに動き出した元ラグビー日本代表主将の廣瀬俊朗氏に、2021年とその先の日本ラグビーの展望を聞いた。(聞き手は小林謙一)

ラグビー観戦「わからなくても面白い」

「にわかファン」を多く呼び込んだラグビーワールドカップ2019日本大会。次の大会への期待も高まる。

2019年のラグビーワールドカップ日本大会は、代表チームの活躍と商業的な成功で、日本ラグビー界の起爆剤になったともいえる。そして昨年12月には、次回2023年フランス大会の予選プールの抽選が行われ、日本はプールDでイングランド、アルゼンチンと同組になった。

――2023年のワールドカップでは、日本はなかなか厳しいプールに入りましたが、廣瀬さんはどのように見られますか。

廣瀬俊朗(以下、廣瀬):厳しいプールであるのは間違いないですね。ただ、2019年のワールドカップでも「厳しい」っていわれていましたから(笑)。しっかり準備をすれば勝てるんだ、ということを、前回証明しています。2020年は代表戦が1度もできなかったので、2021年はなんとかテストマッチ(ラグビーの国際公式戦)を行ってほしい。きちんと感染対策をして、代表を海外に派遣できるようになればと思います。恐れてばかりではなく、リスクをコントロールする術を見出していきたいところです。

――廣瀬さんは、2015年イングランド大会は選手として、2019年日本大会はアンバサダーとしてワールドカップを経験されていますが、日本でのラグビーというスポーツの受け入れられ方の変化をどのように感じられていますか?

廣瀬:「ラグビーはルールがわからない」といわれ続けてきましたけど、それが「わからなくてもおもしろい!」に変わりましたね(笑)。海外からきたファンが、スタジアムの外でビールを飲みながら大騒ぎしたりして盛り上がっているのを見て、日本の人たちもワールドカップをどう楽しめばいいかを学んだんだと思います。「どうして外国人が日本代表の選手なの?」という疑問に対しても、その理由を知ると「素敵だね」といってもらえるように変わっていきました。

Bリーグからラグビーが学べるもの

日本ラグビー界は2022年からの新たなプロリーグを構想し、現行のトップリーグは今シーズン限りとなる。プロリーグでは各チームの自力経営が目指され、そのためには興行(試合運営とチケッティング)と地域密着によるファンづくりが欠かせない。この点において、2020年から男子プロバスケットボールリーグのBリーグでアンバサダーを務める廣瀬氏はラグビー以外への見識も深い。

――2020年からはBリーグのアンバサダーにも就任されています。そこから受けた影響はありますか?

廣瀬:Bリーグは、アリーナ競技ということもありますが、演出が上手ですよね。ピリオドの合間にスマホを使ったプレゼント企画をしたりして、プレー以外でもお客さんを楽しませています。試合観戦に伺った一つの川崎ブレイブサンダースには、バスケットボールだけでなくチアリーディングのアカデミーもあって、そこのメンバーがハーフタイムにショーを披露したり、知的障害を持った方々がデザインしたグッズコラボを実施したりしていました。いろんな仕掛けを展開しているのは、今後のラグビーにとっても大いに参考になります。

――川崎という街としっかり連携していると。

廣瀬:そうですね。地ビールなんかも販売していますから。ラグビーでは、埼玉県の熊谷市がそういった取り組みを始めています。地域の特産品を活かしたり、ビーガン(菜食主義者)の方でも楽しめるグルメを紹介する冊子が作られたりしているんですよ。そのきっかけは、やはりラグビーワールドカップだったんです。

――熊谷にはワイルドナイツが本拠地を構えていますが、企業と自治体が協力して取り組んでいるわけですね。

廣瀬:スポーツは、地方を活性化させることができる求心力のあるコンテンツになりうるんです。ラグビーでいえば、釜石のように地域を特徴づける存在にもなれます。そのスポーツに携わる楽しみがわかってもらえれば、ファンも拡大していくはずです。

パナソニックは、熊谷ラグビー場のある埼玉県営熊谷スポーツ文化公園内に新たな施設を建設する。施設は管理棟、屋内運動場、宿泊棟の3つからなり、2021年8月上旬の完成を目指している。同社のラグビーチームであるワイルドナイツが、本拠地を現在の群馬県太田市から熊谷市へ移転することも決定している。チームにはラグビーワールドカップ2019の日本代表である稲垣啓太選手や松田力也選手、福岡堅樹選手らが所属しており、注目チームの一つだ。

にわかファンに、見どころを伝えていく

――Bリーグとラグビーの両方をご覧になって、ファンの楽しみ方に違いなどはありましたか?

廣瀬:ラグビーも女性ファンがとても増えましたが、Bリーグはさらに多いですね。「推しメン」みたいな選手がいて、チームと同時に個人も応援しています。ラグビーは「まずはチームのために」という競技文化があるので、個々が目立つプレーは限られているんですけど、より応援する選手が決まってくると観戦はより楽しくなるかもしれませんね。

――今年は海外からトップ選手も多く来ていますし、注目選手を決めておくとラグビーへの入り口になりますね。

廣瀬:にわかファンの人たちには、「ここだけ観れば楽しい」という見どころを伝えられるといいですね。わかりやすいところからラグビーを好きになってもらって、少しずつ奥深さに触れてもらえると嬉しいです。

――トップリーグの2021シーズン、廣瀬さんがピッチ内外で注目しているチームはありますか?

廣瀬:オフザピッチでは、NTTコミュニケーションズ(シャイニングアークス)がおもしろそうです。YouTubeなどで気分転換や運動不足解消を目的にした「Arcs-Break(アークスが贈る健康体操)」という動画を配信したり、本拠地である千葉県浦安市と連携して、子どもたちへの教育プログラムにも注力したりしています。ラグビーには勝敗以外の価値もあるんだということを大事にして、社内外にアピールしていますよね。

――プロスポーツでは、近年、「勝つこと以外の価値」をどのように提供していくのかについて注目が集まっています。

廣瀬:もちろん、勝つことがめっちゃ大事ではあるんですが、勝敗はアンコントローラブル(コントロール不可能)なんです。勝利に向けた選手の努力や、何のために勝つのかという目的はもっと内側を向いていて、自分たちのコントロールしやすいところにあります。

――「スポーツの価値」について、現役の選手はどのように考えているんでしょうか?

廣瀬:日本では、小さな頃からその競技をすることにすべてをかけてきている人たちが多いので、現役の選手が「スポーツの価値」までを考えることはあまりないのではないでしょうか。海外では、「スポーツはあくまでスポーツ」と考えている人がたくさんいますよね。日本でも「何のために勝つのか? なんのためにそのスポーツをするのか?」という根本的な問いに、アスリートも向き合ってみる必要があるのではないでしょうか。

コロナ禍によって、いままで当たり前だったものがそうではないことを思い知らされた。スポーツは、エンターテインメントとして決して「不要不急」ではないとされてきたが、失って初めてその存在の大きさを知ることができた。私たちの大事なものを取り戻すために、知恵のあるものは知恵を出し、動けるものは動き、自分のできることをやることこそ、求められている。