イタリア語の「多幸感」を社名の由来として、2008年に創業されたユーフォリア。2012年にスポーツ選手のコンディション可視化アプリ「ONE TAP SPORTS(ワンタップ・スポーツ)」を開発し、今後はトップアスリートだけでなく、ジュニア、シニア 、そして一般の人々に対しても、サービスを通して「幸せの輪」を広げたいという同社。きっかけとなったラグビー日本代表エディ・ジョーンズ監督との出会い、チームの「ジャパン・ウェイ」をサポートする製品開発、そして日本発のスポーツテック企業として目指す将来を、ユーフォリア共同代表の橋口寛氏に聞いた。
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「F1や航空宇宙産業のようなもの」 ユーフォリアの事業構想
橋口氏と共同創業者である宮田誠氏との出会いはファイナンスの1泊2日の勉強会だった。エネルギーが集積するこの場所で、二人でなら価値あることが出来るという直感のもとユーフォリアは誕生した。
「何をやるのかの前に“誰とやるか”でスタートしました。最初は何をやるかが決まっていなかったので、ひたすら二人で何をやるかを議論しました」
どういうことをやり遂げて死にたいか、という話題にまで及んだ議論の果てに、偶然にもその考えが一致したという。これが、ユーフォリアが焦点を当てる三つの要素につながっている。
「1つ目はジュニア世代の子どもです。目指すのは、怪我なく大きく健康に育つサポートをすること。トップスポーツから得るノウハウは、一般の親御さんにも意味のあるものだと思います。2つ目はシニアです。一般的な寿命と健康寿命のギャップが医療費の跳ね上がりにつながっており、日本の社会課題そのものです。3つ目はアスリートではない一般の方々です。例えばビジネスパーソンでも、“ピークをどこに持っていくか”というコンディショニングに対するニーズはあるはずです」
トップスポーツでの実践は研究開発、そこで得た知見を裾野の広いカテゴリーに応用していく。橋口氏は「F1や航空宇宙産業のようなもの」と例える。
「ジャパン・ウェイ」を応援する。スポーツ業界参入のきっかけ
ユーフォリアがスポーツと関わり始めたのは、創業から4年を迎えた頃だった。ラグビー日本代表に変革が訪れていた2012年、エディ・ジョーンズ監督が新たに就任し、2019年ラグビーワールドカップ(W杯)も日本で開催されることが決定した。2019年大会の主催国として、大会の商業的な成功にも大きく影響する“決勝トーナメント進出”は必須とも言える条件だった。ラグビー日本代表はこの実現に向け、変革に動き出していた。
ラグビー日本代表は、第1回W杯から出場しているものの、過去の通算成績は1勝21敗2分。一方で、決勝トーナメント進出には4試合のうち3勝が必要だ。20年間で1勝の日本代表に与えられた命題は、その3倍の勝利を1つの大会で成し遂げることだった。ここから、高い壁に挑むジョーンズ氏の「全てを変える」改革が始まった。
同氏は、他国に比べて体が小さい日本代表がそれまで実践してきた、スクラムで組み合う時間を減らす、コンタクトの回数を減らすという方針を根本から変えた。ラグビーの本質である、相手を押し込む、当たって負けないための体作りを目指した。日々のトレーニングの強度が高くなれば、そこで何が起こるかは明白だ。
「怪我が増えるだろうなと予想はできました。その中でも、コンタクトによるものは避けられない部分もありますが、筋肉系の怪我については、実は少しの予兆や不調を把握することで避けられるものは多い。それを可視化するツールを作る必要がありました」
日本代表が抱えていた課題は、当時のストレングスコーチを通して橋口氏の耳にも入ってきた。代表チームの危機感こそが、ユーフォリアをスポーツに参入させたのだった。
「我々がビジョンをもとにONE TAP SPORTSをゼロから作ったわけではありません。最初のきっかけは、顧客のアイデアがあって、それなら私たちが出来る、やりたい、というところから始まったのです」
アイデアはもとより、大切なのは、なぜこのビジネスをやるのかということだった。これには、ジョーンズ氏がこのプロジェクトに掛けた想いが強く影響している。
「単なるソフトウェアを作るのではなく、今までラグビー界で誰も考えてこなかった“ジャパン・ウェイ”を構築しようとしていました。フィットネスで相手を圧倒する、フィジカルでも正面から相手を凌駕するなど、それまでのラグビー界の常識から考えると無茶苦茶とも思える目標を掲げていました。まさしく”ムーン・ショット”だったのです。それを支える一員として一緒にやれるのかというのをジョーンズ氏からも問われました」
ジョーンズ氏が求める質に応えるため、ユーフォリアにとっても激動の日々となったが、2015年、日本代表がイングランドの地で南アフリカ相手に歴史的勝利を飾ったことで、その努力は結実した。この経験が、ONE TAP SPORTSのコアバリューとして、今も会社に残り続けている。
スポーツ出身でないからこその「本質的な価値提供」
2015年ラグビーW杯での日本代表の劇的な勝利から、ONE TAP SPORTSの注目度は急速に高まっている。他の競技でも取り入れたいと、様々な競技団体からの問い合わせが入った。
「現在は30競技以上で使われていて、格闘技、ゴルフ、テニス、陸上などの個人競技にも広がっています。300チーム以上、日本代表レベルでも10以上の競技、そしてパラリンピック競技でも少しずつ増えてきています」
「中心となっているのは高いレベルでの競技スポーツです。今後は2019年にラグビーW杯、2020年に東京オリンピックというビッグイベントが控えているので、今はそこに多くのリソースを費やしています」
アメリカ、オーストラリアなどのスポーツ強豪国でも、代表チームとベンチャー企業が組み、同様のプロジェクトに取り組んでいる。トップアスリートがコンマ数秒の戦いを制すためのサポートが、世界中で展開されているのだ。東京オリンピック・パラリンピック本番では、おそらくに20競技以上を支援することになるであろうユーフォリアにとって、負けられない戦いが続く。
今後は一層、海外からの競合の参入や、国内でも他企業との競争が増える。それに対抗するためには、「本質的な価値で負けないこと。これは我々が必ずやっていかないといけない」と橋口氏は言う。
「私たちの強みは課題抽出力とそれを実装する力です。私も宮田も元々スポーツの専門家ではありません。海外にはパフォーマンス・コーチ出身など専門家によるのスタートアップが多く存在しますが、これは強みであると同時に弱みでもあります」
「あなた達のような素人に何が出来るのか、と思う人もいるかもしれませんが、私たちの意見は違います。広く公平な視点で、課題を抽出し、課題解決を実行していくことがユーフォリアの強みです。だからこそエディ・ジョーンズ氏は、競合するオーストラリア企業ではなく、日本で全く新しく一緒に作っていけるパートナーとして、私たちに声を掛けてくれたのだと思います」
テクノロジーの時代だからこそ重要な「人」
5Gなどテクノロジーが進化する中、スポーツとITの融合による市場拡大は、日本ではまだまだこれからだ。2012年にスポーツ業界に参入し、ラグビーから他競技にもプロダクトが採用され、これからトップスポーツで培った経験をジュニアやシニア、そして学生アスリートへと拡げていくユーフォリアにとって、チャンスは多い。
では、そのユーフォリアの将来を牽引するものは何か。
創業のきっかけが象徴的なように、ユーフォリアの根底にあるのは「人」の存在だ。現在も大学・高校の部活動への展開を行っているが、2020年以降は「育成年代など幅広いセグメントへ一気に市場を拡大していくことになる」と橋口氏が話す通り、更なる人材の確保が急務となる。求める人材について聞くと、ユーフォリアらしい答えが返ってきた。
「コミュニケーション・スキルは大事です。また、能力だけでなく、“好き”や“やりたい”というWill(意思)も必要ですね。それから、チームを大切にすること。ユーフォリアも正社員だけで構成されているわけではなく、国内外のアドバイザーやパートナーなど、様々な方々方と1つのチームを形成しています。仲間を信頼し、その成長を一緒に喜び、チームの状態を良くするために動けるチームプレーヤーが大切ですね」
そしてスポーツ業界特有ともいえる、特異性への対応力も必要だという。
「相対する人たちは、通常の企業間のやり取りとは違い、ビジネスの結果を出せばそれで終わりというわけではありません。日々接するのは、競技の瞬間に人生のすべてをかけている人たちです。自らもプロフェッショナルとなる誇りを持ち、相手をリスペクトしつつも、対等・平等な仲間としてしなやかな姿勢で接することが求められます」
橋口氏が最後に強調したのは「変化の大きさを心底楽しむこと」。スポーツテックのプロダクトは、トレーニングや大会で、常に仮説検証が行われる。その結果、今までの常識が急に覆ることも少なくない。変化のスピードや不確実性の中にいつもいるため、誰かが絶対の正解を持っていると思わずに、「この常識は本当だろうか?」という問いを常に持ち続ける姿勢がも必要と語る。
「スポーツの力を活かし、スポーツの力を通して、未来をつくる」をミッションに、「ONE TAP SPORTSで、世界のスポーツのインフラになる」という明確なビジョンを掲げ、ユーフォリアはこれからますます事業を拡大していく。
スポーツ業界とは何か?スポーツ業界に必要な人材とは? このような問いに対し、様々な意見があがる中、創業から現在の成長フェーズ、そして今後の展望まで、一貫して「人」と「幸福感」を重視するユーフォリアは、ぶれることがない。
橋口氏の「人々が本来持っているポテンシャルを、最大限発揮できる状況や社会を作りたい」という強い言葉は、様々な価値観が飛び交う現在のスポーツ業界において、非常にシンプルな、一つの見地を提供しているのではないだろうか。
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