新型コロナウイルスの脅威はまだ止まることを知らない。世界各国で観客動員がリスタートしたスポーツは増えつつあるが、それでもまだ以前の状態からは程遠い。パンデミックの影響を大きく受けたスポーツ業界ではあるが、そんな中、海外事例をもとに課題解決のヒントが語られたのが、オンライン・スポーツビジネス講座の『HALF TIME Global Academy』。社会が本来の状況に戻った時、大切なことは何か?基本に戻る意味でも大切な講義の連続となった。
前回:立ち止まらないスポーツ界、コロナ禍でも進むイノベーションとは?
欧州サッカーからMLS、NBA、そして代理人まで
第3期が開講中の『HALF TIME Global Academy』は、世界で活躍する現役ビジネスパーソンの講義と、講師陣とのディスカッションや質疑応答などのインタラクティブ性、そしてグローバルにスポーツ界で活躍したい志を持つ参加者同士の交流を特徴とする。コロナ禍で移動することが少なくなった時代で、海外から生の学びを得られる貴重な機会となっている。
全ての講義には同時通訳も用意され、今期の講座は3ヶ月間・12回に及ぶ。2ヶ月目に突入した講座では、第5講でオランダのFCフローニンゲンのパートナーシップマネージャー バスティアン・ファーマン(Bastiaan Fehrman)氏がスポーツマーケティングについて語ると、第6講では米MLSシカゴ・ファイアーFCのコミュニケーション&メディアVP ショーン・デニソン(Sean Dennison)氏がスポーツコミュニケーションについて、そして第7講では世界的なブラジル代表選手の代理人を務めるルイス・フェルナンド(Luis Fernando)氏がスポーツ法務・代理人ビジネスについて講義を行った。
そして3月に入った第8講義には米NBAオーランド・マジックのパートナーシップVPを務めるメリッサ・ブレナン(Melissa Brennan)氏が登場し、スポンサーシップについて講義。様々な視点から繰り広げられた4つの講義を振り返る。
スポンサーシップの課題と未来
現在オランダ1部リーグで上位に位置し、板倉滉選手も所属するFCフローニンゲンのパートナーシップマネージャーを務める27歳のファーマン氏。ピッチ上での躍進を客観的に見つつ、現在の順位は資金力で見れば、他チームと比較して「オーバーパフォーム(でき過ぎている)」と語ったことが印象的だった。
日本企業である日立キャピタルのオランダ子会社が命名権を持つスタジアムを本拠地とする同クラブ。ファーマン氏は、「クラブ・オブ・ザ・ピープル」とクラブの特徴を表現し、多くの地元ファンに支えられていることを語った。さらには36歳のCEOを擁すなど若いマネジメントスタッフに支えられ、データサイエンティストも初めて採用したイノベーティブなクラブの一面も明かした。フットボール、イベント、エコノミック(地域経済)、コミュニティーの4つの軸で、5年計画を立てて取り組んでいる。
サッカークラブが「商品」にできるのは、試合が行われている90分間だけではない。それ以外で何が提供できるのかという価値を自分達でまずは理解する。どういったパートナーと何をしていきたいのかを考える。そのためにはスタジアムでの看板広告、デジタル上でのコラボレーションなど、全てのブランド露出効果を測定して、価値を具体化することが求められるという。
一つの事例としてファーマン氏が挙げたのは、電力会社と取り組んだアクティベーションだ。スポンサー企業の目的は「他の企業とつながり、ビジネスを広げる」ことだったのでブランド同士をつなげるビジネス交流会を実施し、バブルサッカーを通して関係性を深めた。企業と企業が混じり合う場作りもクラブとしては今後広げて行きたい可能性だが、こういったパートナーシップの課題をファーマン氏は幾つか挙げた。
まず、BtoB企業のスポンサーに対して、ファンとのポジティブなエンゲージメントがなかなかできていないこと。次に、アクティベーションをもっと考えていく必要があること。さらには、効果測定を実行できる人材が今後必要とも語った。スポンサーメニューのないフローニンゲンでは、企業のスポンサードの目的を正確にヒアリングし、課題解決をカスタマイズすることが必要になる。
パンデミックの影響を受けたのはスポーツ・エンターテインメント業界だけではなく、スポンサー企業も然りだ。そうした中では、これまで通りの手法ではなく、クラブが企業の課題解決を行うパートナーとなるために何ができるか。これがより一層求められてくだろう。
「コミュニケーションは営業」
スポンサーシップと似たように、数値化された効果測定が取り組まれる領域が、広報・PRだ。米MLSのシカゴ・ファイアーFCでコミュニケーション&メディアVPを務めるショーン・デニソン氏が登壇し、スポーツ・コミュニケーションについて解説した。
4人が所属するコミュニケーション部。ファーマン氏はその役割について「クラブと世の中との関連性・つながりを拡大する」こと、社内外の「コミュニケーション・カウンセラー」として振る舞うこと、「レピュテーション(評判)マネジメント」、そして日々のチームや選手情報をプレスリリースなどで「情報発信」していくことを挙げる。
まずはリスクを管理してクラブを守る。そして差別化ができるストーリーを発信する。重要なのは、プロアクティブに行動ができるか。各部署をつなぎ、社内で一種の「カウンセラー」となって、クラブ全体の話題をメディアに取り上げてもらえることに取り組む。
「コミュニケーションは営業」――。デニソン氏がこう断言する通り、クラブを報道してもらうためには、新聞社やテレビ局に取り上げてもらう働き掛けが必要となる。
どのような媒体に取り上げられるかは一人ひとりが生み出す関係性によるものだと同氏はいう。どのようなストーリーがどの媒体に適しているかを考え、売り込む。オウンドメディアもうまく活用しながら、失敗を恐れずに発信していくことを心がけているという。
スポーツクラブでは、担当以外の業務も日々こなしているフロントスタッフも多い。柔軟な発想で、クラブの中と外で立ち回ることは、重要な資質と言える。
選手の「人生のパートナー」になる代理人
アカデミーではプロスポーツクラブなどコンテンツホルダーからの登壇が多いが、異なる視点を与えたのが第7講の「代理人ビジネス」だ。サッカーのブラジル代表選手もクライアントに持つ弁護士であり、スペインのISDE法科学院でも講師を務める、ルイス・フェルナンド氏が、クラブと交渉する立場であるスポーツエージェントについて講義を展開した。
「クラブ同士を仲介するのではなく、選手と深い関係を築くのがエージェント」
エージェントの存在をこう表現するフェルナンド氏は、実際にクライアントとなる選手のスカウティングから、経済的なアドバイスや家庭環境のサポートまでを担うが、それ以上にあらゆる面から選手と向き合って、関係性を構築できるかが鍵だと説く。
契約をまとめることを目的に、「ブローカー」として短期的に選手と関わる仲介人とは違い、引退後まで総合的にパートナーとして関係性を築いていくのが代理人だという。
同氏は代理人の仕事をSWOT分析でも紹介。専門競技や地域文化についての知識を強みにして、グローバル市場へ活動の場が広がるのを機会とした一方、ビジネスのノウハウを持ち合わせていないと選手に的確なアドバイスができないと忠告した。
そして常に脅威としているのが、虎視淡々と選手達を狙う他の代理人や仲介人の存在。この「レッドオーシャン」の業界では、これまでは人が担っていた代理人業務も、テクノロジーの進化によって今後は代替される部分も出てくるだろうとも予測した。
エージェントビジネス自体はまだまだ新しく、選手が国境をまたいで移籍する機会が増えてきたのは1980年代から。エージェントの数が増えたことでサッカー界では各国協会の管轄に移行し、エージェントとは別に仲介人制度も制定された。スポーツの歴史上まだ新しい部類の職種になるが、その全貌はまだまだ伝わっていないスポーツエージェント。実際にその仕事の一部を知る貴重な講義となった。
スポンサーセールスで重要になるコンサル型モデル
再びコンテンツ・ホルダー側からの講師となった第8講。米国スポーツビジネス業界に17年従事し、現在はNBAオーランド・マジックのパートナーシップVPを務めるメリッサ・ブレナン氏が登壇した。「スポンサーシップ」という重要テーマは、第5講からの引き続きでもある。
ブレナン氏は初めに、「スポンサーシップは、ビジネスリレーションシップ。企業や団体から資金、モノ、サービスの提供を受ける代わりに、スポーツ団体は彼らの商業的なアドバンテージのため、権利(ライツ)や連携している証を提供する」と解説。
パートナー企業が何を求め、課題としているのかをヒアリングすることから始まるなど、コンサルティング的なセールスの仕方が重要であるとブレナン氏は唱えた。
同氏はこれを、「Consultative Selling(コンサルティティブ・セリング:コンサル型セールスモデル)」と繰り返す。従来の画一的なメニューを提案する形ではなく、相手側の課題や目的に沿って、クラブとのパートナーシップを通して何を成し遂げ、解決をしていくのかを一緒に考えるプロセスだ。
そのプロセスには、潜在顧客を見つけるプロスペクティング、ヒアリングに徹するファーストアプローチ、そして提案書を作成してからのプレゼンテーションという流れがあると紹介した。一方的に自分たちが提供できることを伝えるのではなく、適切なパートナーへのアプローチ、そして聞き側にまずは専念することの大切さをブレナン氏は説く。
同氏は、「アンダープロミシング&オーバーデリバリング(約束は少なく、成果は多く)」を大切にするともいう。できない約束は含まず、とはいえ期待以上の成果を出す。そして、時には断るなどもするが、常に柔軟性を持って対応することを心がけるという。予測不可能な世の中が続く上では、大切となる考え方に違いない。
※
今回、HALF TIMEアカデミーの中盤となる講義では、スポンサーシップ、コミュニケーション、エージェントビジネス、そして再びスポンサーシップと、海外から先端事例を交えて多くの学びの機会が提供された。毎回展開されるテーマも重要だが、実際にその担当者の考え方やキャリア観を知ることができるのもアカデミーの見どころと言える。コロナ禍の状況はまだまだ続くが、少しずつコロナ後の世の中に向けて前進していく中、来る時に向けての準備をこの講義で行っていくことができるのではないだろうか。