スポーツをはじめエンターテイメント業界は新型コロナウイルスの影響を大きく受けた業界の一つだ。無観客試合や入場者数の抑制はクラブの収入源を減らすだけでなく、アスリートや主催者のモチベーションの維持や、ファンとチームのつながりの希薄化など様々な課題を投げかけている。そんな中、海外事例をもとに課題解決のヒントが語られたのが、オンライン・スポーツビジネス講座の『HALF TIME Global Academy』。社会が本来の状況に戻った時、スポーツはどうなるのか?そのアイデア溢れる講義の連続となった。
MSE、Kiswe Mobile、ビジャレアルによる講義
第3期が開講中の『HALF TIME Global Academy』は、世界で活躍する現役ビジネスパーソンの講義と、講師陣とのディスカッションや質疑応答などのインタラクティブ性、そしてグローバルにスポーツ界で活躍したい志を持つ参加者同士の交流を特徴とする。コロナ禍で移動することが少なくなった時代で、海外から生の学びを得られる貴重な機会となっている。
全ての講義には同時通訳も用意され、今期の講座は3ヶ月間・12回に及ぶ。その最初となる1月は、第1講でNBAワシントン・ウィザーズの親企業でもあるMonumental Sports and Entertainment(MSE)のCCO兼ビジネス部門代表のジム・バン・ストーン(Jim Van Stone)氏が米国プロスポーツのチケットセールスの最前線について語ると、第2講ではデジタル・モバイル放送技術を持つKiswe Mobile共同創設者のウィム・スウェルデンス(Wim Sweldens)氏がテクノロジーとスポーツについて、そして第3講では再びKiswe Mobileからマイク・シャベル(Mike Schabel)CEOがスポーツマーケティングについて講義を行った。
そして1月の最後を締め括ったのは、ビジャレアルCFの国際ディレクターを務めるフアン・アントン(Juan Anton)氏による講義「スポンサーシップ」。様々な視点から繰り広げられた4つの講義を振り返る。
テクノロジーを活用した、コロナ禍の「解」
世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスの勢いは留まることを知らない。その解決策を見出そうとスポーツ団体、テクノロジー企業がアイデアを捻り出す中、ステイホーム期間においてスポーツをどう「観てもらうか」は一つの焦点だ。
初めにテクノロジーを活用した新たな観戦方法について触れられたたのは、Kiswe Mobileによる講義だった。モバイルを通してライブイベントをよりインタラクティブに楽しんでもらいたいという想いで7年前に創業した同社は、視聴環境が変わりゆく中でも「ライブ感」が重要視されるコンテンツの筆頭がスポーツだという。これまでにNBA、UFC、PGAツアーなどのスポーツ団体とのパートナーシップでは、「リモートで放送スタジオを創設する」というソリューションを提供してきた。
もともと、スポーツイベントに制作スタッフを現地に送り込むことができない団体やメディア企業向けだったが、新型コロナによるリモート時代では特に有効的になった。そして今ではスポーツ中継は従来のテレビだけではなく、ソーシャルメディアでも配信される。TwitterやFacebookなどそれぞれの視聴者に合った解説者や実況を用意して配信することもでき、多様性のあるスポーツ中継が可能だ。
スポーツだけではなく、K-POPのBTSなどのアーティストのライブでは、視聴者がオンラインで参加できる仕組みを生み出した。複数台のカメラアングルからユーザーが見たい角度・メンバーを選ぶことができる。これまでは全員が同じ画を見て楽しんでいたが、一人ひとりがコンテンツをカスタマイズできるようになった。実際のイベント会場でも、リモートで画面の前で楽しんでいるファンの姿を投影する「ファンウォール」を導入することで、ファンの顔が可視化され、アーティストにとって新たなモチベーションをもたらした。
スポーツ業界では放映権料が多くの収入源を生み出しているが、画面の向こう側にいる視聴者が誰なのか、どんな趣味嗜好を持っているのかを理解するのはテレビ放送では難しい。だがデジタルテクノロジーを用いれば、よりインタラクティブにコミュニケーションができ、帰属意識が生まれる施策を仕掛け、業界課題である若年層の取り込みの打ち手を考えられるかもしれない。
Kiswe Mobileが提示した、世界中の視聴者と一緒に放送を見ながらチャットできる機能や、応援ボタンを押すことでアクションが投影される世界地図などは、その一例だ。これまで一方通行だったアンケートやファンによる予想などは、よりインタラクティブに、そしてファン自体を知る機会として活用していける。新型コロナの影響で会場の一体感が生み出せないからこそ、今後は「画面の向こう」でつながりを作ろうとする取り組みは、さらに増えるかもしれない。
豊富なデータがよりビジネスを拡大する
4回の講義で随所に出てきたのが、テクノロジーによって得られるデータをどうマネタイズしていくかだ。Kiswe Mobileはコンテンツをオンライン化することで、チケット購買層やデバイスのアクティブ率、チャット機能活用の有無、世界のどこから参加しているかなど豊富なデータを得ている。
この豊富なデータにこそ価値がある。なぜなら、主催者やスポンサー企業はこのデータを基に適切なユーザーにリーチすることができるからだ。例えば、フードデリバリー企業が視聴者の食事時に広告を流し、視聴者限定の割引を提供することで購買意欲を高めることができる。
視聴者データは、グッズ販売にも有効的だ。バンドグループAJRのライブでは、チケット購入者のうち40%がグッズを購入したというデータが紹介された。これは、ファンエンゲージメントを高めることで収益を上げることができるという好例だ。
これまでファンは、「ファン度」の高さをファンクラブへの入会で表現していたが、今後はオンラインでステッカーやグッズを購入してアバターに着用させることでも満足度を得ていくことになる。スポーツではゴールやホームランなど特有の「モーメント(重要な瞬間)」に合わせて割引を提供するなど、ライブである試合と連動させることもできる。
有観客での興行が制限される中、チケッティングだけでなくマーチャンダイジングでも収入減は避けられない。したがって、デジタル化で生まれる新たなマネタイズの可能性を、スポーツやエンターテイメントのコンテンツホルダーは模索し続けるだろう。
海外でのファン獲得も。重要度が増す「理念」
スポーツ団体は様々なテクノロジーを導入し差別化を図るが、テクノロジーはあくまでも手段。一方で、そもそもの「目的」ともいえるチーム・クラブの理念は重要性を増している。
なぜなら観戦に行くことができない状況では、極論を言えば地理的な優位性がなくなるからだ。今までは30分以内に試合会場へ行けることが地元チームを応援する要因だったかもしれないが、現状はなかなか行くことができない。そうなると、魅力さえあれば地域外や国外のチームに目を向けて応援してみようと思うのも不思議ではない。
第4講に登場したサッカーのスペインリーグ、ラ・リーガに所属するビジャレアルCFは育成文化を大切にするクラブ理念を持つ。「ビジャレアル=アカデミー」というブランディングをグローバル展開への足がかりとする、稀有なクラブだ。
その活動は、人口5万人の街にあるクラブを真に地元に根付かせていくことから始まる。アカデミーを「地域のテーマパーク」と位置づけ、人々が自然と集まる空間を作り出すなど地道な努力が身を結び、現在では5万人の市民のうち、1万2千人がシーズンチケットホルダーになった。
そして海外展開に際しても、足掛かりはアカデミーだ。通常、選手の肖像権やロゴの使用権利を提供することで他国市場への拡大を試みるクラブが多いが、ビジャレアルはあくまでもアカデミーが第一。日本では鹿島学園高等学校と提携し、カシマアカデミーフットボールクラブを創設した。世界中に7千人以上を誇るアカデミーの選手を通じて、クラブのバリュー(価値観)を広げていく。
ビジャレアルの国際ディレクターを務めるアントン氏は、「選手の写真やロゴを使う権利を遠く(の国=スペイン)から与えてもファンは増えないし、我々の価値観が伝わることもない。思い出をつくるなどのインパクトを与えることができない」と指摘する。
もちろん、アカデミーを通じて海外展開を試みるのは、各国での関係づくりから提携まで一筋縄ではいかない。だが自分たちが構築した理念や価値観を重視するのであれば、それを伝え続けることで広がりを作っていける。海外クラブが陥りやすい「所属選手に頼った海外展開」ではなく、チームとして海外進出を可能とする「継続性」のある取り組みにもなる。
コロナ禍で問われる「多種・多様」
スポーツビジネスの根幹であるチケットセールスの観点では、コロナ禍の今は最も厳しい状況かもしれない。何故なら「売るチケットがない」という会場も少なくないからだ。だがこの状況は一生は続かないだろう。その時のために多様な選択肢を考えておかなければならない。
一つの観点は、顧客に合わせた選択肢をどれだけ多く提供できるか?ということだ。MSEのバン・ストーン氏によれば、NBAのワシントン・ウィザーズでは40種類の価格帯のチケットを提供するが、最も重要視するのは「顧客体験」だという。VIPだけでなく、安価でコートサイドから遠い座席に座っているファンも楽しめるように、同社は所有するアリーナへの投資を続けている。どこからでも見やすいスクリーンモニターを会場内に設置したり、カスタマーサービススタッフを多く配置して既存顧客へのケアを行う。
コロナ禍でファンが来場する機会は減少した。だが今は「大事なお客様との関係を密に取り、正直に対話し、代わりに何ができるかを一緒に話し合っている」と、バン・ストーン氏は話す。ウィザーズをはじめとして7チームを保有するMSEは、スポーツ興行を行う会社ではなく「コンテンツカンパニー」として、いかにファンに楽しんでもらうかに取り組むという。どんな状況であっても常に新しい施策、そしてイノベーションを考えて動いている。
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初回4講義では、チケットセールス、テクノロジー、マーケティング、スポンサーシップと海外から先端事例を交えて多くの学びの機会が提供された。しかし、アカデミーはまだ3分の1が終わったばかり。コロナ禍の状況はまだまだ続くが、「今、何ができるか」というヒントはこれからの講義でも提供されていくだろう。