#HALFTIMEカンファレンス (3) なぜ企業はスポーツ・スポンサーシップに投資するのか?メルカリ、ジャパネット、コカ・コーラ、楽天の狙い

日本、アジア、そしてグローバルのスポーツビジネスに焦点を当てる『Global SportsBusiness Conference 2019 presented by HALF TIME』が7月9日に開催。12名のシニアリーダーと170名を超えるスポーツビジネス従事者・関心層が参加し、業界最大級のカンファレンスとなった。その豪華セッションの内容を4回にわたりレポートする。

スポンサーとオーナー 双方から見るスポーツ投資の意味

Global Sports Business Conference 2019
Yasuhide Okabe
Fumiaki Koizumi
Akito Takata
Kazufumi Watanabe
Hiroto Hori

カンファレンスの模様をお届けする連載の第3回は、「なぜ企業はスポーツ・スポンサーシップに投資するのか?」と題したパネルディスカッション。

モデレーターを務めたのは1つ前のセッションにパネラーとしても登壇したTEAMマーケティング ヘッド・オブ・アジアパシフィックセールス、及び、Jリーグアドバイザーも務める岡部恭英氏。

パネリストには、先日、鹿島アントラーズの経営権取得を発表した株式会社メルカリで取締役社長兼COOを務める小泉文明氏、同じくサッカーJリーグのV・ファーレン長崎の親会社である株式会社ジャパネットホールディングス 代表取締役社長兼CEOの髙田旭人氏、世界最長のオリンピックスポンサーとしても知られるコカ・コーラで東京2020オリンピック&エクスペリエンシャルマーケティング統括部長を務める日本コカ・コーラ株式会社の渡邉和史氏、プロ野球、Jリーグ球団を保有するほか、FCバルセロナやNBAをはじめグローバル規模での積極的なスポンサードでも知られる楽天株式会社からグローバルスポンサーシップオフィス ヴァイスオフィスマネージャーの堀弘人氏という日本のスポーツビジネスの一線級の当事者たちが集った。(所属・肩書きは全て登壇当時)

このセッションのテーマはいたって明快。なぜ企業がスポーツにスポンサードするのか? スポンサードする企業側にはどんなメリットやモチベーションがあるのかだ。日本のスポーツ界を産業として成長させる当事者たちが、ビジネス視点で「スポーツの持つ価値」について語り合う貴重な機会となった。

まず、モデレーターの岡部氏からスポンサードについて率直な問いかけを受けた小泉氏は「メルカリはオーナーじゃないので儲かってないんですよ。逆に皆さんに聞きたいんです」と口火を切った。イベントの後日、メルカリが鹿島アントラーズの経営権取得を発表することとなるが、その前提でこの日交わされた言葉を聞くと、また別の意味を持ってくるように感じるだろう。

「コカ・コーラさんはどういう尺度で測ってらっしゃるのかなと?」 小泉氏に水を向けられた渡邉氏は世界規模でスポーツへのスポンサードを積極的に行うコカ・コーラ社の例を話し始めた。

コカ・コーラに見る「投資」としてのスポンサーシップ

Kazufumi Watanabe
Japan Coca-Cola
日本コカ・コーラ株式会社 東京2020オリンピック&エクスペリエンシャルマーケティング統括部長 渡邉和史氏

「コカ・コーラのスポンサーシップは、もちろん明確な目的があってそれに沿って行っています。簡単に言えば、スポンサーシップは投資として捉えています。1千万円のパッケージが来たとします。僕たちが1千万円を投資することによってどれだけのリターンが得られるのかということを当然考えます。ブランドにとって意味があるのかをきちんと検証しなければいけません」

投資に対しては当然リターンを考える。コカ・コーラはイメージアップや社会貢献という数値化しにくいリターンではなく、明確な目的を持ち、マーケティングの効果を求めてスポーツにスポンサードしているという。

「1886年にアトランタで生まれたコカ・コーラですが、アメリカでは販売が頭打ちになっていました。そこで、コカ・コーラを世界に広めるために1928年、IOCとのパートナーシップを開始したのです。オリンピックにスポンサードすることで、コカ・コーラをサンプリングして、その味を自国に持って帰ってもらう。アスリートたちは今でいうインフルエンサーですよね」

世界中から集まるアスリートたち、国を代表する選手たちがオリンピックでコカ・コーラの味を知り、それを自国に広めてくれる。コカ・コーラはオリンピアンというインフルエンサーを通して世界へ広がっていった。

「たとえばプロ野球のソフトバンクホークスさんにスポンサードしたのは、ヤフオク!ドームで自社製品を流通させるという目的がありました。この他にも、Jリーグさんとのスポンサーシップは、コカ・コーラ ゼロという製品を訴求したい層と当時のJリーグのサポーターの層が重なっていました。M2(35歳~49歳の男性)、M3(50歳以上の男性)層を取り込むことを目的にスポンサードしたわけです」

モデレーターの岡部氏から、「コカ・コーラの効果測定」について問われた渡邉氏は「ケースバイケース」としながらも、幾つかの実例を挙げた。実際コカ・コーラ ゼロの例を見ると、日本では2007年4月に『ノーカロリー コカ・コーラ』という商品が女性向けとして発売され、同年の6月に男性をメインターゲットにした『コカ・コーラ ゼロ』が誕生している。2008年からのJリーグとのスポンサーシップの結果、コカ・コーラ ゼロは認知度を高め、スタンダードな商品として定着するに至った。

「Jリーグへのスポンサードでコカ・コーラ ゼロのセールスが上がりました。今度はJリーグ以上のターゲットを狙っていかなければいけないとなり、2014年にはJリーグのスポンサーをやめましょうとなりました。それくらいドライに“投資”として考えているんです」

スポンサーとクラブ 対等にビジネスができるか

Fumiaki Koizumi
Mercari
株式会社メルカリ 取締役社長兼COO 小泉文明氏(中央)

渡邉氏の話に続いて、メルカリの小泉氏が語ったのは鹿島アントラーズのスポンサーに参入した最初の動機だった。

「メルカリの場合、短期の目的としては30代、40代の男性へのアプローチです。20代、30代の女性には強かったけど、30代、40代の男性には弱かった。同じ理由で日本ハムファイターズさんもスポンサードしたんです。もう一つは、会社のプロテクトというか、スポーツクラブにスポンサードすることで、ブランディングしていくという側面です」

一方、同じJリーグクラブであるV・ファーレン長崎を子会社に持つジャパネットホールディングスの髙田旭人氏は、V・ファーレン長崎への関わりが、これまでジャパネットが行ってきた他のスポーツへのスポンサードとは少し違った性質を持つことを明かす。

Akito Takata
Japanet Holdings
株式会社ジャパネットホールディングス 代表取締役社長兼CEO 髙田旭人氏(中央)

「バレーボールの全日本の試合だったら第2セットが終わると90秒間、テレビショッピングが流れるんです。通販会社の特殊なところだと思いますが、ここである程度回収できてしまう。ところがフィギュアスケートや春高バレー、サッカーはそうではありません。サッカークラブのオーナーとして目指しているのは『頭を下げないスポンサー』。それを長崎で実現するためにスタジアムをつくってやっていこうとしているんです」

高田氏は日本のスポーツクラブとスポンサーの関係性が対等ではないとの認識で、それをまずは長崎で変えるべく、ジャパネットで培ったビジネスの常識をV・ファーレン長崎に持ち込もうとしているという。

「オーナーをやっていて思うのは、日本のスポーツクラブはなんでもかんでも『お願いします』なんです。営業が対等じゃないんですよ。実際に長崎も債務超過になって、私たちは『100%子会社にできるんだったらやります』と言ったんです。『一人でもNOだったらやめておきます』と。

とにかくドリームキラーと呼ばれる、『無理だよ、無理』というアドバイスくれる人に、『結果を出すから大丈夫だよ』と言うためにリスクをとってやっています。民間の企業がお金を出してやれば、収支が取れるスポーツクラブができるんだというのを証明したいなと思っています。自治体が協力的でここまで比較的順調に来ているので、なんとか成功させたい」

スポンサーシップで企業理念、ブランドを体現

Hiroto Hori
Rakuten
楽天株式会社 グローバルスポンサーシップオフィス ヴァイスオフィスマネージャー 堀弘人氏

Jリーグクラブの所有で先駆けとなる楽天は、プロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルス、ヴィッセル神戸の国内スポーツクラブのほか、FCバルセロナ、NBA、NBAのゴールデンステート・ウォリアーズなど、国内外で積極的にスポーツ・コンテンツとのパートナーシップを展開している。楽天のグローバルスポンサーシップ戦略を担う堀弘人氏は、スポーツの持つ価値、楽天にとってのスポーツの意味をこう説明する。

「スポーツって人間の感情が一番動く、影響を与えることですよね。楽天が企業として大切にしているのが『エンパワーメント』なんです。エンパワーというのは、人に活力を与える刺激を与えていくことなんですけど、エンパワーの体験の場として、スポーツを活用していきたいと考えています」

そして、「最近の例」として堀氏が挙げたのが、大物外国人選手が続々加入したことで話題になったヴィッセル神戸だ。

「イノベーションの形の一つだと思いますが、イニエスタが日本でプレーする、ダビド・ビジャやサンペールなどスペインの有名プレーヤーたちが活躍の場としてJリーグを選んでいる。Jリーグ、アジアのサッカー市場に対して、ヨーロッパから一流選手がやってくることでエンパワーメントが生まれる。このメッセージが、企業理念を体現しているということなんです。

先ほどのコカ・コーラさんの事例でいうと、コカ・コーラさんが100年前にやっていたことをつい2年くらい前から楽天がスタートしました。いよいよ日本国内の球団だけではなくて、グローバルコンテンツに対してスポンサーシップを開始しました。 FC バルセロナの メインスポンサーであるとか NBA のパートナーシップ契約、ゴールデンステート・ウォリアーズとのパートナーシップを通じて、グローバル企業の一員として認めていただきたいという目的があります」

権利獲得で疲弊 アクティべーション予算のない日本企業

Yasuhide Okabe
モデレーターを務めたTEAMマーケティング ヘッド・オブ・アジアパシフィックセールス 岡部恭英氏(左)

パネラーがそれぞれの立場で、スポーツにスポンサードする理由について語る中で、現状の日本におけるスポーツの価値、ビジネスとの関係性は適正・順調とは言えないという言葉が各人から飛び出した。これについてモデレーターの岡部氏が「欧米、グローバルと日本のスポーツビジネスの違い」についてパネラーに問いかける。

日本のスポーツビジネスの問題点として、パネラーたちが多くを指摘したのが、日本企業のスポンサードに対するお金のかけ方、配分についてだった。渡邉氏からコカ・コーラ社の目的達成の手段としてのスポンサードという話があったが、日本の企業のスポーツ・スポンサーシップは、お金を出して終わり、それで予算を消化してしまうケースがほとんどだという。

「アプローチがやっぱり違うのかなと思います。欧米企業では、これくらいの金額で買って、アクティべーションするためにこれだけお金を使えばきちんとしたスポンサーシップができるだろうと、計算できていると思うんですね。日本はスポンサーシップの権利を取得するのにマックスの予算を使い切ってしまって、それからどうしよう?というのが非常に多いと聞きます」(渡邉氏)

堀氏も、前職のLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)傘下の高級時計ブランドであるタグ・ホイヤーでスポーツマーケティングに従事した経験などから、アクティべーションの概念の重要性についてグローバル企業との違いを感じるという。

「アクティベートを簡単に説明すると、コンテンツを使って広告宣伝活動をしたりとか、イベントやPR 活動をするというのが分かりやすい言い方だと思いますが、だいたいコンテンツと同額のアクティベーションコストが必要と言われています。1億円で買ったらアクティベートするのにだいたい1億円の投資をしなきゃいけないというセオリーがある中、日本企業にはそれが浸透してない。せっかく買ってもコンテンツを使う術がない、ないしはその原資がないという罠に陥っているんです」

これにはメルカリ小泉氏も「なんで日本企業にはアクティベーション担当がいないんですかね?」と同意する。渡邉氏によると、コカ・コーラ社ではアクティベーション予算はコンテンツのなんと5倍で考えているそうだ。

スポンサーシップ 「日本流」の発展可能性も

オーナー企業としてスポンサーシップの”売る側”の苦労を経験している高田氏は一足飛びに変わらない日本の現状を率直に語る。

「日本は難しいですよね。アクティベーションコストを考えようとなると、単純にスポンサーフィーを半分に割るような話になるので(笑)。

私たちは新しいスタジアムでは、コミュニティを作ることに価値を見出そうとしています。長崎のスタジアムには、スイートルームやVIPルームなど、今まで日本になかったものを作ろうと思っていますが、そこに行けば長崎の名士がいて、そこでビジネスの話が始まって、それが付加価値になる。これくらいの体感を生み出さないとスポンサーはお金を払ってくれないと思っているんです。

逆にクラブがアクティベーションコストを払っちゃってもいい。○○デーをやるなら300万円の予算をスポンサー料に込みにしちゃうとか、日本流のやり方をしないと成功しないんだろうなと感じています」

Global Sports Business Conference 2019
Yasuhide Okabe
Fumiaki Koizumi
Akito Takata
Kazufumi Watanabe
Hiroto Hori

アクティベーションやスポンサードの在り方についてはこの他にも各人から様々なアイディアや、体験に基づく考察などが語られ、セッションは盛況のうちに幕を閉じた。

このイベントの後日、小泉氏は鹿島アントラーズFCの代表取締役に就任するとともに、メルカリでは取締役会長となることで、社長業はクラブチームに専念することとなった。より実務に近い当事者となったわけだが、登壇者たちの活躍はもちろん、日本のスポーツの価値を向上させるためには、こうしたスポーツ・スポンサーシップのアプローチが取り入れられ、実践されるのが当たり前になる必要があることは間違いない。

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次回、『Global Sports Business Conference 2019 presented by HALF TIME』最終回となるレポートでは、元サッカー選手で現在は事業家としての顔も持つAuB株式会社 代表取締役の鈴木啓太氏をモデレーターに、日本フェンシング協会会長の太田雄貴氏、B. LEAGUE 事務局長の葦原一正氏、DeNA川崎ブレイブサンダース 代表取締役社長の元沢伸夫氏をパネラーに迎えたセッション「日本にプロのスポーツビジネスパーソンが必要な理由」をお送りする。