昨年末、スポーツ業界のフロントスタッフによる「プロスポーツビジネスの業務とキャリア」をテーマにした公開講座が、福岡の九州産業大学で開催。大学生50名を前に、福岡ソフトバンクホークス株式会社 矢野雅貴氏、パシフィックリーグマーケティング株式会社 森田鉄兵氏、そしてライジングゼファーフクオカ株式会社 河本薫氏の3名が登壇した講座の内容を、現地からレポートする。
地元福岡のチームへ 東京の大手企業からUターン転職
年間売上300億円を誇り、日本プロ野球界の稼ぎ頭と言っても過言ではない福岡ソフトバンクホークス。それを牽引するのが、スポンサー企業と日々向き合う営業部だ。
矢野雅貴氏はそのホークス営業本部で、球場の広告看板や企業とコラボレーションしたセールスプロモーショングッズの開発・販売を主に担当する。さらに販売した権利の有効活用(アクティベーション)にも積極的で、試合中にホークスの投手が三振(3K)を奪った際に大型ビジョンに表示される、大手航空会社の飛行機を用いた「K」の映像露出なども手掛けている。
現在はプロスポーツチームのフロントスタッフとして、営業の最前線で活躍する矢野氏だが、その基礎となるスキルを培ったのは前職の経験が大きいという。福岡県出身で社会人5年目の矢野氏は、福岡での学生生活を経て、東京を本社とする大手人材情報サービス企業の営業として東京で勤務。数年後、地元地域への貢献をキーワードに転職を検討していた時に頭に浮かんだのが、満員のスタジアムを通じて福岡の街を活気づけている福岡ソフトバンクホークスだったという。
矢野氏は、ホークスが「めざせ!世界一」を掲げ、自らの事業を「エンターテインメントビジネス」と定義し、積極的に最新テクノロジーを活用している点を強調していた。日本だけでなく世界、そして野球に留まらずエンタメを提供するという高い志が、古くからのファンに支持されつつ、矢野氏のようなUターン組を新たに惹きつけ、その結果、地域社会全体に活気をもたらす一つの要因なのだろう。
健康食品からスポーツ 取締役COOとしてクラブに参画
スポーツ大国の福岡で、野球、サッカーに負けずとも劣らない人気を博すバスケットボール。そんな福岡に本拠地を置き、これまでの経営難を新たな体制で立て直そうとしているのが、Bリーグクラブのライジングゼファーフクオカだ。
前期に資金問題が噴出し、クラブ存続の危機に見舞われたライジングゼファーフクオカは、2019-20シーズンより取締役COOに河本薫氏が就任。前職で大手健康食品通信販売会社の営業本部長を務めていた同氏は、プロスポーツチームという新たな領域でマネジメントの手腕を問われることとなる。
健康食品とスポーツ。一見関連性が無いように思われるかもしれないが、河本氏は、顧客とマーケターとの関係はスポーツ業界でも十分応用可能であるという。その説明で用いたのが「穴の空いた樽」だ。
「樽と水の出てくる蛇口があるとします。タルはクラブで、蛇口から出てくる水はお客様と考えます。水をどんどん入れていくのに、そのタルの水は決して溜まることはありません。それはどうしてか?タルには沢山の穴が空いているからです。その穴の正体はお客様の不満や怒りなどの声です。それらを一つずつ取り除いて(穴を塞いで)いくことが重要になるのです」(河本氏)
河本氏を迎え入れたライジングゼファーフクオカは、新体制でのクラブ運営に地域の注目が集まる。これからいかにしてタルに新たな水を入れるのか(=チームがファンを作り、集客していくか)を考える一方、これまでのファンからの意見も聞きながら、不満や怒りを解決していく(=樽の穴を塞いでいく)作業が必要になってくる。
そうするとプロモーション、顧客満足、統計調査などの知識が重要で、これはスポーツに限らず、健康食品をはじめとしてあらゆる商材で共通するビジネス・マーケティングスキルが応用できる。
6球団の合弁企業 パシフィックリーグマーケティング
パ・リーグ加盟6球団の合弁企業として、パ・リーグ6球団の公式アプリ「パ・リーグ.com」や、動画配信サービス「パ・リーグTV」など、近年革新的なサービスを展開してきたパシフィックリーグマーケティング。
その事業開発本部でシニアディレクターを務める森田鉄兵氏は、前職の広告代理店での経験を活かし、セールスやマーケティングなどの業務を担当している。
単体のプロスポーツチームではなく、6球団全体の利益を追求するリーグ。一見ユニークな立場に見えるかもしれないが、森田氏はプロスポーツマーケティングの肝要として「取捨選択」を挙げた。
例えば、一人の学生の「プロ野球のネット放送は沢山あるのに、なぜ大学野球はあまり放映しないのか?」という問いに対して、同氏は「やらない理由は色々あるかと思いますが、まずは配信してみて、それをどんなファンの人が、どれくらい見てくれるのかをウォッチしていくのが大切かもしれません」と答える。
プロトタイプやサービス提供でユーザーの行動を分析し、次のアクションに落とし込む。これはまさしくマーケティングのPDCAに他ならない。「初めからプロスポーツで働くより、1度世に出て修行を積み、キャリアを伸ばしてこの業界に入ることをおすすめします」という同氏のアドバイスは、自身の経験にも裏打ちされているようだった。
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今回の公開講座の登壇者3名に共通したのは、プロスポーツ業界の外で沢山の経験を積み、足腰を鍛えた末に現在の職に就いているということだ。セールス、マーケティング、そしてマネジメントと、前職までに各領域で必要な知識を十分に身につけて、それを現在に活かしている。
「将来、スポーツ関係の仕事に就きたい」と考える大学生は少なくない。その漠然とした目標を明確にしていくには、何よりも経験が必要となるのだろう。何事にもトライし、その過程で知識とスキルを身につけ、磨きをかけていけばきっと将来につながると、公開講座に登壇した3名のロールモデルを見て、背中を押された学生も多かったに違いない。
(文=楠田都/いずれも写真提供=九州産業大学)