シント=トロイデン日本人キーマンが証言する、スポーツキャリアの成功条件【#SBS欧州 現地レポート②】

スポーツビジネスサミット(SBS)が「スポーツを通した地方活性化」をテーマに初開催されたのが2018年9月。その1年後となる今年9月には、サッカー・ベルギーリーグ1部のシント=トロイデンVV(STVV)の協力により、ベルギーの「地方都市」ともいえるシント=トロイデンで、「SBS欧州」が実現した。現地密着したHALF TIMEによる連載2回目は、STVVの立石敬之CEOと飯塚晃央CFOによるパネルディスカッションの模様をレポートする。

前回レポート:シント=トロイデン立石CEOが明かす、欧州クラブ経営の2つの鍵

STVVオーナーとの交渉劇 険しかった買収まで

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Akio Iizuka
Takayuki Tateishi
左から:シント=トロイデンVVの飯塚晃央CFO、立石敬之CEO

欧州スポーツビジネスサミットにて、STVVの立石敬之CEOの講演に続いて行われたのがパネルディスカッションだ。九州産業大学准教授の福田拓哉氏が司会を務めながら、立石氏と最高財務責任者(CFO)を務める飯塚晃央氏の話を巧みに引き出していく。

「日本人が戦う舞台をヨーロッパで作りたい」という立石氏の志に、福田氏は強い感銘を受けたと発言。それと同時に「『日本のために』という強い思いを持った人に、よくぞSTVVの前オーナーはクラブを売ってくれたと感じた」とも述べた。

ならばDMM.comは、いかにしてSTVVの前オーナーを口説いたのか――。それが福田氏が立石氏に投げかけたストレートな質問だった。

「DMM.comからベルギーに派遣された交渉部隊は、だいぶ苦戦したんです」 立石氏は、STVVのオーナーだったローラン・ドゥシャトレ氏との交渉が、当時一旦、暗礁に乗り上げたことをこう明かした。

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Laurent Duchatre
前STVVオーナーのローラン・ドゥシャトレ氏。写真提供=STVV

ドゥシャトレ氏は72歳の実業家で、シント=トロイデンで影響力を持つ政治家でもあった。サッカー好きの氏はチャールトン(イングランド)、カールツァイス・イェーナ(ドイツ)、アルコンコン(スペイン)の株式も保有しているが、「中でもSTVVが大好き」(立石氏)なのだという。

そもそもドゥシャトレ氏には日本人のビジネスパートナーがおり、日本人の仕事ぶりや誠実さを知っていた。また、スタンダール(ベルギー)の会長を務めていたときに3人の日本人選手を獲得したが、中でも川島永嗣(現ストラスブール/仏1部)のパーソナリティーにかなり感心したという経緯もあった。

にも関わらず、ドゥシャトレ氏とDMM.com側の話し合いが空転したのは、「『DMM.comの利益が』とか『日本代表の強化が』とか、買収側の思いが交渉で強すぎたから」と立石氏は話す。

そこでDMM.comは方針を変更。ドゥシャトレ氏に、買収の話は一旦辞めて純粋にサッカーの話をしようとテレビミーティングを持ちかけた。「今の監督はこういうサッカーをするタイプの監督だが、どう思うか?」と聞くドゥシャトレ氏に、DMM.com側は「チーム作りは継続性が大事。私たちが経営権を持っても、今の監督をすぐ変えるようなことはしない。選手も一気に変えるつもりはない」などと答えるなど、本音の会話が交わされたという。

立石氏は次のように説明する。

「DMM.comが本当にSTVVの強化をしてくれるのか――。ドゥシャトレさんが一番気にしていたのは、実はそこだったんです。DMM.com側がそれを聞き出すまでには相当、苦労がありました。本当にSTVVを愛しているからこそ、買収先は自分で選ぼうとしていたんです」

安定したクラブ経営に不可欠な、2つの要素

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STVV
STVVのクラブハウス。写真提供=STVV

ハードなネゴシエーションの末、DMM.comは2017年6月にSTVVの株式の20%を取得。意思疎通をはかりながら、11月には99.9%の株式取得まで進め、経営権を取得した。翌年1月に立石氏がCEOに就任するが、大変な船出だったと立石氏は明かす。

「最初、僕が受けたフィーリングは、『DMMというわけのわからない日本の会社がSTVVを買ってくれた。サンタクロースが日本からやってきた』と見られているような感触でした」

辣腕の経営者というのは得てしてケチなもの。一流ビジネスマンのドゥシャトレ氏もコストカッターとして知られ、STVVでも無駄なコストを削減し続けてきた。そんな状況の中で登場したのがDMM.comである。当然、クラブスタッフは渡りに船とばかり、「クラブハウスを作って欲しい」「バスを買って欲しい」と、次から次へと要求をするようになった。前オーナーが緊縮財政であったこともあり、「これはクラブに必要だ」という純粋な思いで、「これを買って欲しい」「あれを作って欲しい」と様々なリクエスをするわけである。

立石氏は、当時の状況をこう振り返る。

「最初に就任してすぐ『これは怖いな』と感じました。一気に全部を叶えてあげるだけの予算はありませんから。ただし『やらない』と断るわけではなく、『いつ、するか』という優先順位を決めていかなければならないんです。だから私が長期的なプランを持って、(予算・経理・財政面での)数字を明確に把握しておかなければならない。それを把握することが最初のステップでした」

この数字を整理したのが最高財務責任者(CFO)の飯塚晃央氏だった。その活躍ぶりを立石氏も評価する。

「飯塚は昨季終盤にSTVVに来たんですが、数字を私の目に見える形にしてくれた。これによって、スタッフの要求に対して数字をしっかり示すことができたし、計画性のある数字が出てきたということで、あの手この手の要求に落ち着いて対応することができました」

立石氏を支える右腕、飯塚氏のキャリア

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Akio Iizuka
シント=トロイデンVVの飯塚晃央CFO(左)

欧州スポーツビジネスサミットにはおよそ20名が参加したが、社会人と学生が占める割合は半々。その学生たちが知りたいのは「いかにしてスポーツビジネス業界に入ることができるか」である。

立石氏は現役選手時代にベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)や東京ガス(後のFC東京)、大分トリニータで活躍し、引退後はFC東京でGMを務めた経歴を持つ。このためSTVVで現職を務めていることも理解しやすい。むしろ参加者が知りたがったのは、飯塚氏がSTVVに参加するまでのバッググラウンドだった。

大学で教鞭を執る福田氏が「飯塚さんは、そもそもファイナンスの知識や経験をスポーツの世界で活かそうと思って、最初から勉強してきたんですか?」と飯塚氏に投げかけると、意外な答えが返ってくる。

「いえ。私は少中高とサッカーをして社会人でもプレーしていましたが、サッカー業界に入ろうなんて全く思っていなかったんです」

そんな飯塚氏にとって、転機となったのが楽天入社後のとある出来事だった。

「楽天に新卒で入り、経理部に配属されましたが、別に経理をやりたいわけでもなかったので、異動届けを会社に出しました。」奇遇にも、飯塚氏が異動届けを出したのは、楽天のヴィッセル神戸買収が決まった頃。楽天のグループ企業となった以上、ヴィッセル神戸は決算を連結する必要がある。「それならお前が行って来い」と白羽の矢が立ったのが飯塚氏だった。

「感動の近くで働きたい」情熱と実務能力の相乗効果

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STVV
写真提供=STVV

「自分みたいな人間がサッカー業界で働くということは、(サッカーを自分でもやってきただけに、逆に)敷居が高いというか、恐れ多いと思っていたぐらいです。『憧れの世界だ』と思って足を踏み入れてみたら、意外と『あれ!?  実際に働いている世界の実情は、こんなにも違うのか』と感じる部分もありましたし。ヴィッセル神戸での2年間は、自分の力不足を感じたときもありました。

一度は、経理を離れようと思ったこともありましたが、仕事をしているうちに、経理の奥深さに気づき始めて。そこで『もう1回勉強し直そう』と思って、(楽天)本社に戻りました。それが30歳ぐらいのときでしたね。また30歳を超えてから、『自分自身が本当にやりたいことはなんだろう』と考える機会もありました。

自分はサッカーに育ててもらいましたし、なによりもヴィッセル神戸にいたときに、スタジアムで毎回試合を観ながら実感できる、感情の爆発や興奮は素晴らしいものがあった。『感動が生まれたり、人々の感情が動いたりする近くで働きたい』という思いはずっとありましたし、自分自身が持っている能力やキャリアの延長線上で、何ができるんだろうとも思っていました。そんな中で(STVVと関わる)きっかけがあり、サッカーの世界に戻ってきたんです」

前オーナーの「クラブ愛」を受け継ぎながら、ロジカルな舵取りを進めた立石氏。スタジアムで目の当たりにする感情の爆発と興奮に心揺さぶられてサッカーの世界に戻り、立石氏の右腕として活躍する飯塚氏。この2人のエピソードは、サッカーへの情熱と実務能力が融合することで、さらに大きな相乗効果を生んでいく好例だとも言える。この化学反応こそ、スポーツが好きな者が、スポーツ業界で働くことの醍醐味ではないだろうか。

次回は、STVVの立石敬之CEOと飯塚晃央CFOによるパネルディスカッションの質疑応答の模様をお届けする。


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