市販車部門だけでなく、モータースポーツでも世界に君臨するトヨタ。そんな彼らが日本に新たなブームを起こそうとしている。ラリーの現場で人と技術と組織を鍛え、新たなGRブランドを磨き上げていく。「巨人」の戦略とビジョン、そして情熱の源泉を、FIA世界ラリー選手権(WRC)の舞台、フィンランドに探った。
トヨタが仕掛け人になっていた、かつてのラリーブーム
日本にラリーを浸透させていくためには、競技の凄さや醍醐味、ラリードライバーの超人的な能力を伝えるだけでは十分ではない。市井の関心を広く集めた上で、ラリーが長く愛されるような土壌を作り、「サステイナブル(継続的)」に競技を普及させていかなければならない。
一つの参考になるのが、かつて日本で起きた現象だ。
1980年代中盤、日本では各メーカーが続々とWRCに参戦。好成績を残しただけでなく、市販車のカテゴリーにおいてもWRCの派生モデルが登場するなど、ラリーが大きな注目を集めるようになる。
実はこの伏線を張ったのがトヨタであり、大ヒットした映画作品、「私をスキーに連れてって」だった。
トヨタはすでに1973年からWRCに参戦していたが、「私をスキーに連れてって」の制作に際して、WRCのベース車両であるセリカGT-FOURを提供。劇中の登場人物がスキー場の急斜面や、除雪がされていない場所を華麗に走り抜けていく場面などを通して、驚異的な走破性の高さと4WDという単語自体を、日本の人々の脳裏にすり込むことに成功している。
様々な角度から、ラリー人気の裾野を広げていくための試み
マーケティングやブランディングの観点から述べるなら、かつてのラリーブームは、「ハードウェア(魅力的な自動車)」と「ヒューマンウェア(競技者やスポーツファン)」、そして一種の「ソフトウェア(カルチャーやライフスタイル、ストーリー性)」の3要素から構成されていたといえる。
現にTOYOTA GAZOO Racing (TGR)の友山茂樹氏は、再びラリー人気の裾野を広げていくために、様々な新機軸に着手している。その一つ目は「ハードウェア」、TGR が送り出すGRブランドというスポーツカーのラインナップ拡充だ。
「先日、とある会議で企画書を出した時に、最初のページに『ラリー王国を目指す』と大きく書いたんです。
もともとWRCで使用するマシンには、25,000台生産された市販車両であるという条件が課せられる。その点では、マニュファクチャラーの総合力が問われるレースだとも言われているんです。
ただしトヨタが『ラリー王国』と言われるようになるためには、WRCで勝つだけでは十分ではない。WRCにはWRC2を始めとする下のカテゴリーがあるし、さらには下には全日本ラリーとか、ラリーチャレンジというカテゴリーが続いていきますから。
だから我々もGRスープラのような高級スポーツカーだけではなく、WRCで鍛えた人とノウハウを用いて、誰でも身近に持てるようなスポーツカーをグローバルに出していきたい。それができてこそ『ラリー王国トヨタ』といえるのではないかと思いますね」
一方、友山氏は「ヒューマンウエア」、次世代を担うドライバーの育成にも取り組んでいる。ラリー人気を継続的に定着させていくためには、ラリーファンを増やすことはもとより、将来ラリードライバーになりたいと願う競技者を醸成していくことが求められるからだ。その試みの一つが、TGRラリーチャレンジプログラムというプロジェクトである。
「まずは日本人のラリーストを育てていきながら、裾野から登っていくと最終的には世界最高のWRCへの道もあるという筋道を作れればと思います。
登竜門のようなものができれば、若い世代がレースを身近に感じると同時に、大きな夢を持つことができるようになりますから」
日本メーカー+日本人ドライバーという組み合わせが持つインパクト
このプロジェクトの一環として、2016年からフィンランドで活動しているのが勝田貴元選手である。彼はもともとフォーミュラレースで活躍していたが、トヨタの支援を受けてラリードライバーに転身。現在はWRC2というカテゴリーに参戦している。インタビューにおいては、こんなふうに述べていた。
――日本でラリー人気を高めていくためには、勝田選手に憧れるような後継者を育てることも不可欠になります。自分が大きな使命を担っているという実感は?
「そこは正直、強く思っていて。僕が走っているときだけ盛り上がっても意味はないですし、僕自身、祖父や父の代からのラリー一家で育ってきたので、自分の息子が生まれたら息子の世代、そしてさらには次の世代とずっと続いていって欲しいんです。
でも、そのためにはまずは日本人が盛り上げていかなければならない。
たとえばテニスでは、錦織圭選手が活躍し始めた途端にファンが増えた。これはゴルフもそうなんですけど、同じ国の選手を応援しようという気持ちを盛り上げていくことが非常に大切になってくると思うんです。
今はトヨタさんがWRCにマニュファクチャラーとして参戦していて、結果も非常にいいじゃないですか。でも、そこにプラスして日本人ドライバーが走っているという状況がないと、盛り上がるものも盛り上がらない。だからトップカテゴリーに日本人が出ていって、まずはチャンピオンを争うことが近い未来では大事かなと。僕はそういう使命を背負っているつもりでやっています」
彼の指摘は極めて正しい。友山氏やチーム代表のトミ・マキネンが強調したのも、日本人ドライバーが参戦し、WRCを盛り上げていくことの必要性だった。ただしラリー人気を高めていくためには、モータースポーツそのものの人気を盛り上げていく必要がある。
――TGRやトヨタは、モータースポーツ自体を日本でもう一度盛り上げていこうとしています。この鍵となるのは何でしょう?
「そこは僕の中でも不思議なんですね。日本にはこれだけ自動車のメーカーがあるし、日本国内でもレースをやっているのに、ヨーロッパに比べると、ラリーだけでなくてモータースポーツ全体の人気が低いじゃないですか。
だからさっきも言ったように、ラリーの場合は僕がまず活躍し、他のレースでは同世代の選手が活躍していかなければならない。そうすればニュースにも取り上げられるようになるし、免許を取って自分も自動車を買ってみようと思う人を増やせると思うんです。
たしかに時間はかかりますけど、僕はクルマがスポーツとして残っていくと信じているので。少しずつ積み上げていけば、10年後には大きく変わっているんじゃないかと思います」
――WRCが日本で開催されれば、日本でラリー人気を高める大きなきっかけになります。勝田選手はアンバサダーとして、ライトなモータースポーツファンや、それこそ日本の一般の人にもレースの面白さを伝えていく役割も担わなければならない。
「正直、ラリーはサーキットでのレースと違って、ルールの違いが難しいんですよね。
サーキットでのレースの場合は、サーキットに行けばレースが見られますけど、ラリーの場合はいろんなところでタイムアタックのステージが行われるし、その間は普通のスピードで走って移動していくことになる。そういう独特なルールも、最初はわからないと思うんです。
だから僕はメイン会場にまず来てもらって、たくさんのクルマがものすごいスピードと音で近くのスペシャルステージを全開で走るのを生で見ながら、ラリーというのはこんなにすごいんだなということを実感してもらう。そして次には、じゃあ山道はどうやって走るんだろうというように、関心を持ってもらえればと思っています。
とにかく、一つのスポーツとして認めてもらえるような伝え方ができたらなあと思いますね。そこはまだ、僕自身も考えていかなければならないところですね」
(TOP写真提供=TOYOTA GAZOO Racing)
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