今回はスポーツアスリートの「デュアルキャリア」について解説します。広く一般には、社会人が本業の他に、副業を行なうという意も含まれますが、ここではスポーツアスリートが複数のキャリアを、いずれも本業として考えるデュアルキャリアならではの考えとして捉えます。
デュアルキャリアとは
デュアルキャリアとは、英語で「デュアル=二重、二者」と「キャリア=経歴、職歴、仕事」から、並行して仕事を行うこと、二つの経歴を持ち人生を歩むことを意味します。
従来の学歴重視・新卒採用・終身雇用の日本社会では、スポーツアスリートは、アスリートとしてのキャリア引退後に、就職等のセカンドキャリアを迎えるという「単線型」のキャリアが主流でした。
しかし最近は、近年スポーツ科学の進歩や社会環境の変化もあって、スポーツアスリートとしてのキャリアや活動期間も長くなってきたことから、デュアルキャリアという、2つのキャリアを並行して「複線型」に活動することにシフトされつつあります。
例えば、複線型キャリアでは、アスリートとして第一線で活躍しながら、企業で働いたり、自分で会社を起こしたり、資格を取得したり、または、NPO法人などを立ち上げて社会的な活動への取り組みを行います。
今「デュアルキャリア」が注目される理由
従来の「単線型」のセカンドキャリア(ここでは、引退後の第二の人生)には以下の3つの課題があると言われています。
競技を通じて身に付けた経験やスキルの活かし方が分からない
選手には、自分の持っている能力や経験を企業にアピールすることが苦手な人もいます。一方企業側も、スポーツ選手の特殊な経験やスキルを評価しにくく、また企業内でそれを活かす場を提供できない、または見つけられないこともあります。
競技以外のやりたいことが分からない
競技一筋でジュニア時代から生活してきた選手本人にとって、自らを客観視することが難しかったり、社会生活の仕組みや仕事についての知識や人脈が足りず、狭い選択肢の中から仕事を選ぶしかない場合も少なくありません。
引退後の経済的な不安から短期的な選択をしがちである
一部のトップアスリートを除いては、引退後に潤沢な資産や収入源を持つ選手は少なく、とりあえず働ける場所で働くと言う、短期的な視点でセカンドキャリアをスタートさせてしまうことも少なくありません。
アスリート活動が長くなるほど、引退後に事業や就職を始める時には、年齢が高くなっていることもあり得ます。これら引退後の課題を克服するために、アスリートの現役中にセカンドキャリアを実施しようというデュアルキャリアならではの考え方が、海外の国や日本においても提唱されています。
デュアルキャリアを実践するメリット
デュアルキャリアでは、選手時代からもう一つのキャリア・仕事を始めるために、以下のメリットが考えられます。
長期的な視点で人生を考えることができる
アスリートにとって競技のピーク期間は短く、その期間内で十分な資金を稼ぐことができる選手はトップアスリートだけです。また引退後も自らのスポーツの功績だけで生活をしていける選手は全体の3%と言われています。現役中に引退後も考えた長期的な視点を持つことで、引退後の人生も有意義に過ごすチャンスが生まれます。
競技に集中する環境が作れる
競技以外のキャリアを持つことは、限られた時間内に2つのキャリアを実行していかなくてはならない反面、競技にかける時間での集中やモチベーションが高まります。その結果、競技でのよい結果が得られる可能性が高まります。
業界以外での人脈の獲得
競技以外の活動(中には社会貢献活動もあります)に取り組むことで業界以外の人脈や情報が得られますし、就職や目標とするやりたいことについての選択肢が広がります。また、競技以外の人との交流から、新たな価値観や考え方を学ぶことで人間力を磨くこともできるでしょう。
収入源の確保
収入源を複数持つことで、競技者時代から活動費用の捻出および引退後の経済的な不安を解消できる可能性が高まります。
引退後の「燃え尽き症候群」の緩和に期待
スポーツでの目標に熱心なあまり「燃え尽き症候群」に陥る選手が多い中、もう一つの仕事があることで、いくらか緩和できる期待が持てます。つまり、競技とは別に「居場所」を作ることで、自分の気持ちを安定させ、引退後の将来の不安を軽減する効果も期待できます。
デュアルキャリアを実践するには
デュアルキャリアを実践するには、まずは自分の競技環境を踏まえた上で、無理せずに2つのキャリアが行えるような目標と環境を組み立ててみることが必要です。それには、過去に行ってきた先輩選手たちのアドバイスや、就職のプロたちの意見を聞くことが大切です。
例えば、サッカーの本田圭佑選手は自ら選手として活躍しつつ、現役時代から複数のサッカーチームの実質的なオーナーを務め、日本のサッカースクールの運営や、サッカー以外の分野のベンチャー企業に出資するなどのビジネスを行なっています。サッカーをしながら、時間を見つけて外国語の習得やプログラミングを学び、ビジネスを行うためのスキルアップを行なっていたと言われています。
次でも東京都の例を解説しますが、国や地公体でも、オリンピックやパラリンピックをきっかけにアスリートのキャリアサポート事業を行なっている場合がありますので、これらも参考にするとよいでしょう。
アスリート・キャリアサポート事業などの活用
東京都スポーツ文化事業団は東京都からの委託事業として、オリ・パラなどの国際大会を目指すトップアスリートが、安心して競技を続けることができるよう、現役アスリートの就職・採用をサポートする事業を行なっています。
競技者と指導者に対しては、アスリートとして就職するための履歴書の書き方、面接の受け答えの仕方についてのセミナーや、先輩アスリートとの交流会を開催しています。一方企業に対しては、JOCと協力しアスリート雇用の実情とメリットについてのセミナーを行い、マッチング役を担っています。
起業をするということ
選手寿命が短く、競技のみでは生活していけない選手であれば、なおさらデュアルキャリアは必須です。アスリートがデュアルキャリアを実践するには、現実的には起業やパーソナルトレーナー、WEB関連職などのフリーランスであれば、自由に時間をコントロールでき、プロジェクトベースで活動できるため、向いているのではないでしょうか。
パーソナルトレーナーを行う会社を起業した選手によると、起業には、引退後の不安が軽減されたり、取引先や顧客がファンになってくれることもあるそうです。また、時間給でないことから都合よく練習時間が確保できたり、試合前後では周りの社員がカバーしてくれたりしますし、経済的にも余裕ができる、などのメリットがあるとの意見がありました。
まとめ
本記事では、スポーツアスリートのデュアルキャリアについて説明しました。スポーツ選手としてのピークと一般的な就職の時期が重なることから、今までは希望の職業につきながらスポーツ競技を行なうことが困難でしたが、デュアルキャリアによって、より多くの選手が、引退後もより有意義な人生を送ることができるようになるでしょう。
(TOP写真提供 = Andriyko Podilnyk / Unsplash.com)
《参考記事一覧》
デュアルキャリアとは?なぜ今デュアルキャリアが注目されるのか? (note)
「デュアルキャリア」がスポーツ界、そしてビジネス界に与えるインパクト (日経クロステック)
~これからはデュアルキャリアの時代~「アスリートのデュアルキャリアセミナー」を開催 (スポーツTOKYOインフォメーション)