崩壊寸前の危機的状況から、劇的なV字回復へ。日本のバスケットボール界は、世界的にも珍しい成功モデルとなった。その転機となったBリーグは、何を断行し、どこを変えたのか。躍進を支え続ける、日本初の新たなアーキテクチャを検証する。
前回コラム:【福田拓哉#3】世界をリードするBリーグのデータ・権益統合システムとは何か?
米国スポーツを研究したBリーグのビジネスモデル
Bリーグの「キワ」のアーキテクチャは、国内外のプロスポーツリーグを参考にして構築されている。
前回のコラムで触れたとおり、日本で最も歴史のあるNPBは、永くクラブ権益型で運営されてきた。これに対し、リーグ権益型を推し進めたのが1993年創設のJリーグである。初代チェアマンの川淵三郎氏によれば、Jリーグは、クラブ個別ではなく、リーグ全体の利益を追求するMLB、NFL、NBAをモデルに制度設計を行ったという[1]。
社会的な経済環境の相違が大きいとはいえ、この「リーグ権益型」モデルへの切り替えは、1990年代初頭までほぼ同規模であった日米プロスポーツの成長度の違いをもたらしたとする指摘は多い[2][3]。現に日本では、パ・リーグが球団合同事業会社であるPLMを2007年に設立。以降、新規ビジネスの開拓、業務効率化やノウハウの共有化を通じ、急速に発展している。
このモデルをさらに発展させたのが米国MLSである。10年以上に渡りそのビジネスに携わっている中村武彦氏によれば、アメリカのサッカー界は、前年から2チーム減となるほどクラブ経営の悪化が問題となった2002年、起死回生をかけて全オーナー共同出資による事業会社「サッカー・ユナイテッド・マーケティング(SUM)社」を設立し、MLSの営業・マーケティング・権利関連ビジネスを移管した[4]。
これはMLSとSUM双方の組織にとってもメリットが大きかった。まず、SUMは営業・マーケティング部門としてリーグ本体から独立したことにより、アメリカ代表戦、海外ビッグクラブのアメリカツアー、ワールドカップなどのビッグビジネスを取り扱えるようになり、大きく売上を伸ばした。
一方でMLSは、運営、競技、育成、広報といったリーグ運営機能に集中できるようになった。またSUMが人気イベントと抱き合わせで自らの権利を販売してくれるため、収入増加につながるというメリットも享受しているのだ。
ワールドカップ、そして2020東京五輪への出場を決めた日本バスケットボール界でも、B.MARKETINGがSUMと同じような機能を果たすことができれば、Bリーグも、MLS同様、大きく発展できる可能性がある。
成長余地の大きい「アリーナ」「SNS」
「キワ」のアーキテクチャ以外にも、Bリーグには成長の可能性がある。その中核が、アリーナとSNSである。
現在、日本各地ではB1基準の5,000人以上の収容人数となる新アリーナが、構想段階のものも含め次々と生まれている[5]。また、スマホの普及率は20〜30代で90%以上と極めて高く、それ以外の年代ではまだ成長の余地が大きい[6]。従って、スマホ市場とそこを主戦場とするSNSビジネスは今後も継続的な発展が見込まれる。
その中で、Bリーグでは2年目から開始した無料LINEスタンプ施策が奏効し[7]、SNSのフォロワー数は、2017年5月時点の約40万人から、2018年5月時点では約470万人と、10倍以上に急増し、オンライン上での存在感も増している[8]。
もともと、「キワ」のアーキテクチャが優れていること、さらには新アリーナという「リアルの場」と、その体験を共有するSNSという「バーチャルな場」の両方が揃ったことで、Bリーグはさらなる成長可能性を手に入れたと言える。
千葉ジェッツが示したポテンシャル
このように、かつては眠れる資源であった日本のバスケットボールを有効活用するために、内外の環境が一気に整ってきた。前述の通り、リーグ全体を俯瞰した場合のビジネスは非常に好調であり、クラブレベルで見ても1試合平均5,000人以上、年間動員数15.6万人、売上14.3億円という驚異的な数字を残した、千葉ジェッツというモデルケースも生まれている[9]。
千葉ジェッツ同様、大資本に依らない経営ながら10億円近い売上を記録している琉球ゴールデンキングスや、リーグトップクラスの観客数を誇るレバンガ北海道などをみると、日本各地でバスケットボールビジネスが着実に成長していることが理解できる。
なお、千葉ジェッツは4月15日に株式会社ミクシィとの資本提携および1万人規模の新アリーナ建設構想を発表した。地方でも適切なクラブ経営を行うことで、大企業に依存するのではなく、新たな「攻めの投資」を呼び込めることを証明した。
先述した特徴的なアーキテクチャと成長可能性のほか、サッカーや野球と比較して、運営資金が少額であること、小規模なアリーナで試合ができること、天候の影響を受けにくいこと、試合数が多いこと、ゴールシーンやプレー中の間合いが多く、エンターテイメントを提供しやすいことなども経営面の追い風になるだろう。
しかし、もちろん克服しなければならない課題も多い。次のコラムではその点に触れることとする。
◇参照
1. 川淵三郎『「J」の履歴書 日本サッカーとともに』(2009年)
2. 佐野慎輔「【スポーツbiz】高額年俸を生むMLBビジネス」(2015年12月9日、産経新聞)
3. 笠井正基「パのリーグビジネス、50億円到達 単体事業のセと違い」(2018年12月27日、朝日新聞)
4. 中村武彦『MLSから学ぶスポーツマネジメント』(2018年)
5. スポーツ庁「スタジアム・アリーナ改革の推進~2025年までの新たなスタジアム・アリーナ20拠点の実現に向けて~」(2018年)
7. 田中一成「「Bリーグをメディアカンパニーに」大河チェアマンが仕掛けるSNS戦略」(2018年4月20日、Forbes JAPAN)
9. B.LEAGUE「クラブ決算概要 発表資料(2017-18シーズン)(2018年11月)
▶︎九州産業大学 福田拓哉准教授が解説する「Bリーグのアーキテクチャ」連載一覧は〈こちら〉