【事例】富士通の「体操競技向け採点サポートシステム」は、いかに国際大会に導入されたのか?

富士通株式会社は、体操競技の採点を支えるJudging Support System(JSS)の開発を進めてきた。国際大会での実績を積み重ね、2023年にはベルギーで開催された世界体操競技選手権大会(世界体操)において、体操競技の全10種目でJSSが利用された。

自社のテクノロジーがいかに国際大会に導入されるに至ったのか?スポーツ庁による日本のスポーツ産業の国際展開を支援するプラットフォーム「JSPIN」事務局が、同社に伺った。(初出=JSPIN

富士通の技術力を体操競技に注ぎ込む

体操競技は、男子6種目、女子4種目で構成されており、複数の審判員が、技の難易度・美しさ・雄大さ・安定性等の観点で採点する。採点は、具体的には演技の難しさ等構成内容を評価するDスコア(演技価値点)と、演技の出来映えを評価するEスコア(実施点、10点満点)によって行われ、両者を加算して計算する。

富士通が開発したJSSは、Dスコアに対応して採点をサポートするシステムである。競技者の動作をセンシングし数値データとして分析することで、AIが技を自動判定し、その結果を3Dで画面に表示したり、関節の角度など審判が正確な体の動きを見たい場面の数値情報を表示したりすることで、同一基準による正確な判定を支援している。

これは、従来のセンサー方式をカメラ画像による画像分析に置き換え、かつ富士通が開発したAI技術をさらに強化することによって実現されている。

JSS画面

JSS開発のきっかけとなった「ひとこと」

これまで体操競技の課題として、採点の難しさが認識されてきた。マンパワーによる目視と速記を前提に、審判員は大会となれば1日中採点をし続けることになる。

さらに、体操競技はルールの変更も多く、選手の技も日々進化している中で、新しい知識を入れることも求められてきた。それゆえ、体操競技に採点支援システムが導入されるのは、必然であったようにも思われる。

しかし、富士通が体操競技に乗り出した直接の理由はひょんなことだった。富士通が東京2020オリンピック競技大会のゴールドパートナーとなった2015年当時、現在の体操プロジェクト責任者がスポーツxICTで何かレガシーを残したいと考え、オリンピック競技の各団体にヒアリングを行っていた。

その中で、第9代国際体操連盟会長であり2018年より国際オリンピック委員会委員である渡邊守成氏から「将来的に体操はロボットが採点できるようになるのではないか」と言われ、担当者がJSSの開発を始めたのだという。

後々の話では、当時、渡邊氏は冗談のつもりで先の発言をしていたことが発覚するが、ともあれ、その一言がきっかけとなってJSSの開発が始まったのだった。富士通のチャレンジャー精神が垣間見えるエピソードだ。

実績を積み重ねて実現した「全競技でのJSS導入」

担当者の熱意もあって推し進められたJSSのシステム開発は、日本体操協会との共同研究開始、国際体操連盟総会でのデモ実施など、2016年から本格的に始まった。

続く2017年には、モントリオール世界選手権で初のデータ取得を行い、国際体操連盟との業務提携も実現した。開発にあたっては体操競技に関わってきた社員も巻き込み、システム利用者の目線に立って開発することを心掛けた。

しかし、よいシステムを開発しても、使ってくれる人・場所がなければ意味がない。今までマンパワーで対応していたものをシステムに切り替えることに選手や審判員から抵抗も受けることも想定された。

そこで、富士通はJSSのターゲットを国際大会に絞り、実績を積み上げることを考えた。国際大会は競技ルールに最も厳密に則っており、システムの洗練化に適している。そして、国際大会への導入を目指していけば、競技ルールを規定する国際体操連盟を巻き込むことができ、ルールの一部に存在する定性的な採点規則(例えば、上半身に「アーチがあること」と定義されている場合は何度以上をアーチがあると認定するのか等の規則)をデジタルで定義するプロセスにも参画することができる。

さらに、国際大会には各国の競技連盟、トップレベルの選手、監督といった競技関係者が集まるため、その場で議論やネットワークを進めることができるのである。

もちろん、それでも現場からの反対の声もあった。審判からは高速で複雑な演技がAIで正確に判定できるのかといった懐疑的な意見や、このシステムによって自分の職が失われるのではないかといった懸念の声が聞かれた。

しかし、担当者の情熱はまったく衰えず、その都度議論を重ね、答えを見つけてきた。既存のルールを単純にシステム化できることはない。国際体操連盟の技術委員会に技を数値で詳細に定義してもらい、丁寧に確認しながらシステムに実装するというプロセスを取り、公平な採点ができる環境を整えていった。

戦略的に国際大会に焦点を絞った富士通は、2018年にはドーハ世界選手権で初の運用テストを実施した。その後、シュツットガルト世界選手権における4種目での利用から始まり、北九州世界選手権、リヴァプール世界選手権と徐々にJSSの利用種目数を増やしながら、着実に国際大会への導入を進めた。

そして、2023年9月には、ベルギー・アントワープでの「第52回世界体操競技選手権大会」において、ついに全10種目でJSSが利用された。多数の国際大会で実績を積み上げてきたことが実を結び、JSSの正確性・利便性が審判をエンパワーするツールとして認められたのだ。

海外展開におけるトラブル

国際大会をターゲットとしていたため、必然的に毎回のように異なる国でJSSを使用することになる。海外では、想定しないトラブルが起こることもあった。供給電力の不足、停電といった電気関係のトラブルや雨漏りの発生といった自然災害によるトラブルに苦労したという。

富士通チームは、トラブルに遭遇するたびに、運用改善や大会関係者との連絡・調整方法の見直しなど、対策を講じてきた。現地運用メンバーは十数人だが、トラブルが発生した際には迅速に対応できるように日本側にもバックアップ体制を設けるなどリスクヘッジを強化した。

今後の展望

富士通はこれまでJSSの開発・導入を目下のゴールとして、体操競技の採点に焦点を絞って事業を進めてきた。今まで、審判員を「支える」役割を果たすJSSの開発を進めてきた富士通の次の目標は、JSSの技術を用いながら、選手の競技力向上(「する」)や観戦の魅力向上(「観る」)にも取り組むことだという。

さらに、富士通は体操競技以外の分野にも目を向けている。例えば、各競技のデータ活用を進めることで、学校部活動の地域移行といった社会課題に対するアプローチができないかと検討しているところだ。

また、スポーツに限らず、ヘルスケアやエンタメの分野にもJSSで培った技術が活用できると考え、他の企業との協力も視野に入れて検討を進めている。

富士通株式会社 グローバルソリューションビジネスグループ Human Digital Twin事業部 鈴木和音氏は次のように話す。

「スポーツ界においてアスリートの記録は更新をし続けていますが、その一因として道具や用具に用いられるテクノロジーも急速に進化をしています。コンピュータの世界においてもAIをはじめとしたテクノロジーが飛躍的な進化をしており、富士通としてもアスリートをエンパワーメントできるよう邁進してまいります」

JSSを活かした富士通の新たな事業展開に期待したい。

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